ミラで物件探したい
ミラは漁師町で観光地でもあるからか、活気があってよそ者も簡単に受け入れてくれる打ち解けた雰囲気があった。
そこでこの町をしばしの隠れ家にするかと私達は決めたが、ここに住むための家がなかなか決まらない。
貸家として出されている空き家を何軒か見て回ったが、私ではなくオスカーが首を縦にしないのだ。
「何が気に入らないの?ぜんぶこじんまりして綺麗な家ばかりよ?」
「君がトイレの心配をする家は嫌だ。お風呂に毎日入れないと騒ぐことになるのも嫌だ。」
確かに!
今の私達はホテル住まいだが、私は毎日お風呂に入っている。
魔都からの脱出と汽車の旅、その七日間、いえ、八日間お風呂に入れなかった鬱憤を取り戻すがごとく、私はお風呂に入っている!
そこでようやく気が付いた。
ホテル代、かなりかさんでいない?
王城から盗んできた金貨は足りているかしら?と。
「それに裏が海という家ばかりだった。」
「ええ?裏が海だったら、海に入って遊べるじゃない!最高でしょ?」
「海水って乾くとべとべとよねって、君はお風呂に入っているよね。潮風で髪の毛がぺたぺたするって騒いでもいる。それに、海辺に行くと君の理性が消える。家は海が見えても走って海に行けないぐらいの距離がいい。」
私は何も言い返せない。
ミラに辿り着いた翌日、まだ海水浴には早い時期にも関わらず、オスカーが言う通りに、私は浜辺に出た途端に理性が吹き飛んでしまったのである。
海だーと叫び、手袋をまず腕から外して、ぽ~んと放り投げた。
さらに靴も靴下も脱ぎ棄て、ドレスの裾を腿まで引き上げたそのまま、私は海に突進したのである。
ざばざばざばと私は海に分け入っていく!
もちろん、はしゃぐ私を押しとどめる理性の人はいた。
そんな理性の人に、理性が飛んでた私は、そうれと足で思いっきり波を蹴って海水をひっかけた。
そこはかなり反省している。
オスカーは元軍人という実に体育会系の人であるから、ノリが良い人だってことは知っていたじゃないのって。
そう、海水をかけられた彼は、それ以上の仕返しを私にしてきた、のだ。
結果、私達は気が付けば着衣水泳をしており、気が付けば浜辺で寒さに震え、びしょびしょのままホテルに戻って嫌がられる、それを体験していた。
「では次の家はお気に召しますよ!昨年建ったばかりなんです。」
私達を案内する不動産屋の案内人、金髪に青い目という私が嫌いな組み合わせをした若きフランツ・アッカーマンは、私達の会話を聞いていたようで、この先の家は水道回りやコンロが最新式だと胸を張ったのである。
「そんな最新式の家が空き家なのですか?では賃料もお高いでしょう?」
あ、オスカーの聞き返しに案内人が思いっ切り口ごもった。
事故物件だ!
事故物件に違いない!
前世の記憶がある私はピンと来た。
だから、その家が空き家になった理由を聞けと伝えるために、私はオスカーの腕をぎゅうと抱きしめて、コクコクと首を上げ下げした。
だが、オスカーがアッカーマンに尋ね返す前に、アッカーマンがさらに私の不穏を呼ぶ台詞を言い放ったのである。
「貸家じゃなくて、本当は売り家なんです。あの、なかなか買い手がいなくって。それで、あ、あの。家賃の様に毎月分割で代金を払っていただいて、もし、ミラを出られる事になった時にお支払いが完了していなければ、あの、こちらからいくばくかのお金も出しますので、それで権利をこちらに戻して頂く、という事も出来ますが。」
アッカーマンをやり手と見るべきか、それとも、そこまでして不動産屋が手放したい物件と見るべきか?
やっぱり事故物件?
幽霊とか出るの?
私はオスカーを見上げた。
彼はアッカーマンの申し出に考え深そうな表情となっていた。
「その条件はいいな。」
おもくそ同調している。
アッカーマンはやはりやり手か?
じ~と見つめていると、彼の胸のあたりにクリップボードが現れた。
フランツ・アッカーマン(26)
ミラの大手不動産屋の二代目
二代目か!
やり手か?それともぼんくらな二代目か?
確かに、前世でも不動産屋は、借りるより買う方が住宅費が安くなりますよ、なんて言って客を唆すよな、と思い出していた。
固定資産税とか、マンションだったら修繕積立金に管理費に役員仕事に総会出席、一戸建てでは町内会費に町内活動と、賃貸の方が楽だったはずなのに、と。
まあ、ぜんぶ前世の従姉に聞かされた愚痴なんだけど。
そう唆されて夫がマンションを買っちゃったよ~!という愚痴風自慢ね。
そんな事を思い出しながら私は歩いていたのだが、そんな私のもの思いをがっつーんと打ち壊すものが前方に見えた。
大きな焚火の跡である。
どうして、と足が止まったそこで、アッカーマンの営業人らしい声が響いた。
「こちらです。我がアッカーマン不動産の破格の目玉物件です。」
彼が案内したかった家には生垣らしきものがあっても、金属の門は無いオープンテラス風の広い前庭が広がるというものだった.
焚火は、その家の玄関前という場所を大きく焦がしていた。
白い砂利をそこだけ黒々と煤けさせている。
そして、案内された家の扉は、打ち破られて無くなっていた。
私は魔都のタウンハウスで起きた我が家での惨劇を思い出し、自分の腕を絡めているオスカーの腕を命綱のようにしてぎゅうとしがみ付いた。
オスカーは彼の腕にしがみつく私の気持が分かっていると教えるようにして、私を自分の体で守るように抱き寄せた。




