この家は事故物件?
不動産屋の案内人、アッカーマンが私達を案内したのは、玄関ドアが消え去り、玄関前には大きな焚火の跡がある事故物件だった。
五月二十八日の魔都壊滅以来、魔人は狩られる対象となっている。
新聞広告であれほどまでに正義の貴族と銘打っているのは、ヤン・ヘルツォークに寄付金を差し出した貴族が、血の贖罪を求める民衆の目から逃れる事が出来るだろうと伝えているのだ。
さあ、軍資金を寄こせ。
人生を変えたくは無いだろう?
あの糞野郎、エドガー・バールの考えそうなことだ。
そしてあの男は、魔都に身内など一人もいないはずの遠方の人達が、事件のあらましを知って当事者よりも義憤に駆られた行動を取ると知っている。
集団心理という犯罪心理だ。
今まで何の悪事も働いた事のない魔人が、魔人というだけで家から引き出されて、集団によって乱暴を受けて殺されているのだ。
私が目にしている焚火の跡も、魔人だったこの家の住人が燃やされた後なの?
「ここで前の住人に何があったか正確に話してくれ。嘘偽りもなく。」
私を抱き締めるオスカーが低い声を出した。
彼は私への悪意や当てこすり、それらには酷く敏感だ。
私は自分の両手を見下ろして、私が手袋をしていることにも彼は怒りを抱いている、と悲しく思った。
貴婦人は外出時には手袋をしているものだが、今までの私は手袋が嫌いだからとつけていなかった。
でも、あの馬車であの女性から魔女の指先だと指摘をされてから、外出時には手袋をしているのである。
「前の住人の話だけでいいのですか?」
「え?」
「え?」
私とオスカーは同時に声をあげて、アッカーマンを見返した。
「ええと、前の、というか、この家を建てた方は、若い奥さんを貰ったばかりの裕福な方でした。仲が良い夫婦に見えたのですけどねえ。年の差ですかねえ。出張から帰って来たら、奥さんが浮気していたみたいで、玄関ドアを打ち破って、間男と奥さん二人を引っ張り出しての大騒ぎですよ。旦那さんはそのまま故郷に帰られて、それで、家は売り出し中の空き家ですね。」
「あの。では玄関前の焚火の跡は、一体何が起きて、なのですか?」
「ああ。普通に焚火ですよ。観光客が勝手に漁をした海の物を、あそこで焼いて食べていたんですよ。この家はいい家ですが、隣り近所と離れて寂しい場所でしょう?それで侵入されて焚火ですよ。迷惑な話です。」
オスカーの私を抱く腕はゆるみ、私はオスカーの腕から出ると、陰惨な歴史など無かった家を見返した。
焚火の跡さえ綺麗にすれば、何もなくてがらんどうでもある前庭は、白い砂利が敷かれているので手入れいらずなのに瀟洒に見える。
砂利の無い所には緑が見えるが、それは生垣代わりに植えられたブルーベリーの木々の連なりだった。
白い壁の家は平面的な前面となっているが、ミラの町特有の急高配な切妻屋根に人形の家のような飾りにも見える装飾がされてもいる。
ドアがあれば可愛いくて住みやすくもなる家なのだろう。
「どうして売りに出すのにドアを直さなかったのですか?」
「せっかく付けた扉を、その無法者達が薪に使ったからです。中もかなり荒らされていましてね、それでこの家は破格なんですよ。」
オスカーは案内人ににっこりと微笑んだ。
そして、中も見せてください、なんて言ったのだ。
「ちょ、ちょっと。中も凄く荒れているんじゃなくて?」
「私の大事なペルレ。私に直せるようだったらここを買って、私がここに住みながら直す。安心して。君はホテルで伸び伸びしていればいいから。」
私はオスカーから腕を外すと、えいやっ、という風にオスカーの胸を両手で勢いよく押した。
全く揺るがなかったが。
「ペルレ?」
「私も中を見ます!あなたが直せるようならば、私もここに住みます。家を修理している間、あなたのご飯はどうなるの?」
「君のいるホテルに戻ってランチはいいかなってね。」
「あら。」
「あの、ウッツ様。日が暮れる前に家の中をどうぞ。ここは周りに防風林もありますから、日が遮られて暗くなるのは早いんですよ。」
私達は休戦の印の様に手を繋ぎ合い、案内人の後を続いて家の中に入った。
それでもって、繋いだ手に同時に力が籠った。
いける!
だって、荒らされたと言っても、室内を空っぽにされただけだった。
無教養な野蛮人達は、薪の材料になる棚やソファなどを壊して室内を乱雑なものにしていたが、使い方もわからない上に、ガスボンベが接続されていないガスコンロには見向きもしていなかった。
また、お湯が出る水道でも、ガスボンベが接続されていなければ、普通の水が出るだけのものでしかない。
そして、汚れ物を片付ける習慣など無い人達ならば、汚れた皿を台所に運ぶ事など無い。
台所は全くの新品同様だ。
そうよね。
外で焚火をして魚を焼いていた人達だものね。
さらに、これこそ大事なことだが、バスルームとトイレにはバスタブどころかシャワーヘッドも便器も無いという、単なる空間となっているだけだった。
ここが誰かに汚されていたら、私はその時点で駄目だった。
でも、未踏の場所だったみたい。
なぜか何にもないけれど!
「バスタブと便器は前の住人が拘ったものだそうで、それだけは家から引っぺがして持って行ってしまったのですよ。」
「そうか。では君、ここを買おう。それで相談だが、バスタブと便器はすぐに手に入るものでいいから、出来る限り早く手配して設置してくれるかな。それと、ガスボンベも。出来る限り早く。」
アッカーマンはあんなにも勧めていた癖に、この家が売れるとは思っていなかったのだろうか。
あるいは、正直すぎて営業が下手な人だったのかもしれない。
感極まる、という顔で、ありがとうございます、と叫んだのだ。
それから、オスカーに手を差し出した。
握手は契約が成立した時にするものだ。
「扉は今日中に職人に付けさせますからご安心を。ただし、この家に似合う特注品もありましてね、そちらになさるなら扉代がかかります。あ、別料金で室内清掃もつけますよ。」
私とオスカーは同時に、あ、と言っており、案内人のアッカーマンさんは、今後も何でも相談に乗りますよ、とコンラートを思い出す笑みを見せた。
もしかして、実はやり手な二代目の方?




