海の見える世界に辿り着いたら
私達が乗った汽車は、二日目に北部の駅ロアストクに着いた。
新幹線だったら五時間だっただろうに、汽車は本当に速度が遅い。
全ての駅で停車して燃料の入れ替えなんかあれば、そうね、時間がかかるわね。
停車時間だって二時間ぐらいは軽くあるのだもの。
そうしてようやく到着したロアストクであるのだが、駅に停車するまでにキラキラと青く輝くトーブ海を窓から眺められたことで全て報われた気がした。
だが、海辺の町でも北部である。
ルビータ南部の魔都や侯爵領よりも気温が低く、潮の匂いつきの冷たい空気の中でぶるっと震える、そんな感じだった。
「まだ春先だものね。来月の中ごろには海に入れるわよね?」
「海水浴場があるミラを目指すなら、あと四時間は馬車に揺られる事になりますけれどね。」
「ああ、そうだった。」
うわ~。
それでもミラ行きを断念しようとは思わないのは、このオスカーとの汽車の旅が、安全な二日間でとても楽しかったからであろう。
汽車が駅に着いて停車するたびに、私達は知らない街並みを喜んで探索した。
それがもう楽しくて、私達はくだらない小物やお土産を無駄に買い、あんまり美味しくなかった地方の食べ物リストが作れるぐらいに買い食いもした。
そうしてお互いの好みが少しだけでもわかった。
オスカーは辛い物が苦手。
お菓子はクッキーよりも歯が染みる程に甘くしたパイの方が好き。
「あなたはクッキーもパイも、それどころか、ケーキだってそんなにお好きじゃ無いんですね。果物の缶詰がとにかくお好きなんですね。」
私達の着替えの詰まった大きな旅行バッグだけでなく、私達が買った色々が詰まったもう一つの鞄を持ち上げて、オスカーは大きく溜息を吐いた。
その新たな鞄の中身の重量の大部分は、私が大量買いした桃缶である。
ロアストクに一歩手前の駅、ヴァーネビュネは、名産物が桃だった。
前世で食べていた大好きな桃とは違うが、この世界において甘酸っぱい味わいを持つ食べ物は私には貴重である。
ルビータ国の料理がドイツ風なせいか、お菓子は私には重くて甘すぎるのだ。
「桃は大好きよ。あなただって桃のパイに夢中だったじゃないの。」
「少し甘みが足りませんでしたが。」
「確かに。シロップをかけていたわね。そんなんじゃすぐにおデブになるわよ。」
私はオスカーの腕を軽く叩いており、オスカーは叩かれた事が嬉しいという風に笑みを作った。
私は胸を押さえた。
堅物オスカーは無職な今を楽しむと決めたのか、この二日間は祭を楽しむ子供みたいに私と一緒にはしゃいでくれて、そして、ますます魅力的になって仕舞われたのである。
彼は笑顔になるととてつもなく輝くのだ。
目立ってはいけない逃亡者なのにね、あなた、輝き過ぎよ?
あ、また表情を硬くした。
私はもう一度オスカーの腕を叩いた。
拳で軽く殴る、という叩き方だったが。
「だ~か~ら~。身体が痛かったり辛かったりで胸を押さえたわけじゃないから。全くあなたは自分がカッコイイ男の人だって意識が無さすぎる!」
「仕方がありませんよ。望んでも私に愛は返ってこない。」
半分冗談に聞こえる言葉と口調だったが、自嘲するような笑みを一緒に付け加えた事で、私の胸をずきっと痛ませた。
彼が自分の外見に自信が無いのは、恋した人への恋が破れたからなのね。
そんでもって、私に付き合ったばかりに、彼は新たな恋どころじゃない状況にされているって事じゃないの。
ああ、周囲の人を不幸にするアルビーナ。
そんな設定ばかりがなんて生き生き仕事をするのよ!
「アルビーナ?」
ああああ、心配この上ない顔をしてきた!
オスカーは本当に洋犬系の人だ。
常に、常に、相手の気持ちを大事にして、相手の希望を叶えようとする。
自分の気持ちを一番に大事にして、自分の希望を叶えようと突っかかってくるという、適当に放っておいても良い柴犬様とは違う。
オスカーのいじらしさは嬉しい。
でも時々面倒になるのは、私が根っからの柴犬飼いであるからだろうか。
柴犬は海外でも人気の犬種だったけど、犬の毛皮を被った猫とか言われてしまうような犬なんだもの。
「アルビーナ。すいません、笑えない冗談を言ってしまって。」
「謝るなあ!私こそ人の気持ちを考えない言葉をつるっと言っちゃうの。だから、そんな冗談を言わせてごめんなさいよ!」
私は言うや、重たい土産鞄をオスカーから奪い取った。
う、重い。
「筋肉を傷めますよ!」
「そんなにやわじゃないって。で、とりあえず動きましょうよ。ミラに向かいましょう。そこが素敵な町だったら、しばらくそこに住むのはどう?」
私の手から土産鞄は取り上げられ、取り上げた男はにっこりと笑った。
「果物の木が植えてある庭のある家にしましょう。」
「果物の木は虫がつくわよ。って、きゃあ。」
鞄を持った腕で、オスカーが私を抱き寄せたのである。
真面目腐った顔を作った彼は、私を真っ直ぐに見つめて私に囁いた。
「あなたを悩ます虫退治こそ、私の本分でございます。」
私は笑い声をあげた。
実際に毛虫と戦うオスカーを想像して、私はおかしくなっていた。
だって、オスカーは蜘蛛が嫌いじゃないのって。
蜘蛛が肩に落ちて来た時、ひゃあって叫んでその場をぴょんと飛びのいた人なのよ。
蜘蛛に負ける癖にって。
「やっと笑ってくれた。」
「いつだって笑っているわよ。あなたとの生活は楽しいもの。」
「本当の兄妹みたいで?」
「全くね。」
オスカーは、私を腕から解放すると、くるっと向きを変えた。
そして客室を出て行こうと歩きだしたのだ。
「オスカー?」
「行きましょう。明日にはいい日があると望んでの一歩です。」
「そうね。」
私はオスカーの後姿を追った。
オスカーの逞しく大きな背中は、ジャンの背中に変わらなかった。
それはオスカーの背中でしかない。
ジャンはいつも私の横を歩いた、から。




