いつもいい人の二番手な男ですが
乗合馬車に乗ってから日付が変わる頃に、オスカーとアルビーナはようやく目的である駅に辿り着いた。
いくら大きな駅でも、そんな時間では宿屋は閉まっている上に部屋など無い。
そこで駅の切符販売の窓口前にある待合室の小汚いベンチに、オスカーは嫌でもアルビーナを座らせるしかなかった。
オスカーはアルビーナの横に座りながら彼女には笑顔を作って向けていたが、内心では、大事な人をこんな状況に遭わせてしまった自分の弱さを呪っていた。
彼の弱さ、それは、アルビーナに駄目だと彼が言えないこと、だ。
ここまでの道中、アルビーナは心配する彼の治療の手を拒むだけではなく、途中下車をして安宿に泊まる彼の提案も拒否し、新天地へと出発できる駅まで乗合馬車に乗り続ける事を譲らなかったのだ。
そしてアルビーナに嫌われたくない彼は、いや、愛されたいからこそ、何でも彼女の言う通りにするだろうジャンのようにして、彼女の主張を通した。
心配でたまらない自分を歯噛みしながら押さえつけて。
「なんて綺麗なんだろう。」
「アルビーナ?」
「ほら、見て。オスカー。空がローズ色に輝いているわ。朝日が昇るのを見られるなんて、そう言えば初めてかも。」
横に座るアルビーナは、待合室のガラス窓から見通せる外の風景に、目を輝かせてうっとりと見入っていた。
ステンドグラスで飾り立てそこかしこに装飾のある魔都の駅とは違い、大きいが単純な造りの田舎の駅構内は、殺風景な風景でしかない。
だが、建物の屋根の上には空が見えた。
彼も彼女が見るように、彼女が見ている方角に顔を向け、大きく息を吐いた。
彼女が纏う紅色に、空の一角が染まっている。
星の輝く紺色だった空は、彼女の色を纏う太陽が顔を出したところから水色の明るい空にと変化していく。
「きれいですね。」
「うふふ。この後は汽車に乗るだけ、じゃない。汽車にはベッドもあるのよね。絶対にベッドに入ったら私は目的地に着くまで寝たままでしょうから、こんな風な綺麗な思い出が出来て良かった。」
綺麗な思い出。
その一言だけで、今まで自分を責めていたオスカーは完全に報われた。
アルビーナは喜んでいる。
それどころか、二人は同じ空を見て、同じ思い出を共有しているのだ、と。
日が完全に昇り、切符売り場が開けばオスカーは急いで一等客室のチケットを手に入れた。
そして二人で汽車に乗り込んで、彼女が自分で言っていた通りにベッドに潜り込んで眠ってしまったそこで、彼は強行軍をして良かったと思った。
今まで彼女に安宿に泊まろうと提案していた過去の自分を罵るほどに。
「まったく俺は!虱だらけの安宿のシーツに潜り込ませるつもりだったのか?」
見てみろ。
一等車両の客室の清潔さを。
真っ白なシーツに横になる、美しき彼女の安らかな寝姿を、と。
「オスカーは奥と手前のどちらにする?」
アルビーナの寝顔を見つめているうちに、オスカーはアルビーナがベッドに入る寸前に言い放った言葉を思い出した。
言葉だけでなく、情景を思い出して顔を赤らめた。
夫婦として借りたこの客室のベッドは、大きめでもたった一台きりだ。
今までも同じ部屋で一緒に寝ていたが、ベッドが二台ある部屋をオスカーは常に手配できていたのである。
それなのに今回に限り、ベッドが二つある部屋のチケットを手配出来なかった。
同じ部屋にいて、大切な彼女を守ることができる、それだけが彼の大事だった。
だから、客室を二つに分ける事など論外であり、アルビーナの体の負担を考えれば、次の汽車を待つこともオスカーの選択肢にはない。
彼は自分が床に寝ればいいと思っていた。
ところが、想い人は一緒に寝る提案をオスカーにしてきたのである。
彼は動揺しながら、自分はまだ起きている、と答えにならない答えをした。
「では、私が奥に行くわ。」
アルビーナはそう答えるや、無造作にドレスを脱ぎ棄てて下着になり、宣言通りに布団に潜り込んだ。
大怪我してすぐの彼女の着替えを彼は手伝っていたからか、彼女は彼の前でドレスを脱ぐことに無頓着になっている。
そこを彼は悲しく思いながらも、真っ白のシミーズドレスが彼女の肉体の曲線を隠しながらも見せつけている風景からは目を逸らすことが出来なかった。
見つめている彼の視界の中で、下着姿のアルビーナは無邪気にもぞもぞと動く。
「毛布を真ん中に置けばいいわよね。うーん。三つもある余計な枕の方がいいかしらね。毛布は二枚しかないようだし。」
彼女は決断すれば行動は早い。
毛布を被って横になると、自分の体に余計な一個の枕を立てかけた。
その数十秒後に、動けなくなったオスカーが唖然と見守る中、簡単に寝息を立て始めたのである。
今やすでに夢の中の彼女に対し、オスカーは苦笑していた。
私こそあなたには危険な野獣なのだと、全く考えも無いのですね。
オスカーは胸のうちでそう呟やき、虚しさが胸に広がった事を感じた。
彼女が自分に無防備なのは、自分を男として意識していないからだ。
彼女が愛したジャンの様に、自分を愛する事など無いからだ、と。
「アルビーナ様は魔法陣を回す生贄だった。優しき彼女は雇われ人の身を案じたがために、自ら王の言うがままに魔法陣の間に入られた。そこで自分がどんな目に遭うか知っていながら!」
オスカーは元上司の言葉を思い出しながら歯噛みをした。
自分もジャンもその言葉を信じた。
そしてジャンは復讐に走った。
それで自分はどうしたか。
上司とジャンの後ろを金魚の糞の様にすごすごとついて行き、まともに戦えるどころか、彼は戦いを眺めているだけという全くの役立たずだったのだ。
だが、動けないまま立ち尽くしていて良かったと、今の彼は思う。
ジャンは王の攻撃魔法を受けた。
仲間の何人かが受けた、回復魔法でも治せない致命傷を負う衝撃波だ。
王の放つ魔法の波動は、一瞬で体中の骨や内蔵を粉々にしてしまうのだ。
しかし、ジャンには守り手があった。
アルビーナだ。
オスカーは死んだと聞かされていたアルビーナの息吹を感じ、そして、気が付けば彼女の放った魔法の波動を彼は追いかけていた。
仲間の死闘も何もかも捨て去って、彼は無我夢中となってアルビーナの元へと駆け出していたのである。
彼は眠るアルビーナの頬にそっと触れた。
柔らかく温かい肌を彼の指先が感じ、彼の体の芯が熱く燃え、彼は全身が締め付けられた感覚となった。
「本当に危険なんだよ、君。」
オスカーは床に寝なければならない。
彼女を守るためではなく、自分のプライドの為である。
同じベットで寝たとしても、彼女は彼に汚される事は無いだろう。
彼が絶対に自分自身を戒めるからだ。
けれども、絶対に安全だと彼女に安心されるだけなのは、彼が彼女には恋愛対象の男と認められていないと彼に突きつけるだけなのだ。
「いい人って褒め言葉は、どうでもいい人と同義だと思うよ、君。」




