バルタザール十三世
魔都ミザナは王城から扇状に街並みが広がっている。
王城は市街地の反対側となる裏側には広い湖を有し、湖に沿って断崖とさせた陸地に城壁を立てて囲んでいる。
市街地と王城の位置関係を単純な絵にして見れば、逆さまにした持ち手のない扇の上に小さな手毬が乗っている、そんな図になるだろう。
そして、私が今回回す魔法陣は、扇のまん中のものだと思ったが、実は王城敷地いっぱいに広がる大きさの小円の方だった。
図として考えると、王城が頭で市街地が体部分となる円という、雪だるまが描かれるということだ。
「なぜ二つの円が存在するの。」
「歯車は一つだけでは動かないだろ?」
「歯車?」
「本来は一つだったが、欲を掻いた人間が自分独自の展開を見せたんだよ。願いが大きくなればなるほど生贄の数は多く必要となる。市街地側の円は心置きなく生贄達を処刑する円となる。」
「だから、運命の輪ではなく単なる車輪と。」
「人を無惨にひき殺す暴走車輪だ。」
バールは私に腕を差し出し、行こう、と言った。
五月二十八日という、六月六日までまだ早い日付であるため、当日の段取りを教える為なのかと私は黙ってバールに案内されるままにした。
勿論、私は高慢ちきな侯爵然として、バールの腕は邪魔なもののように軽く叩き、彼の腕など取ることはしなかったが。
さて、バールが私の先に歩いて私が誘導した先は、王城の庭の奥まったところにあった霊廟のような石造りの小さな建物である。
王の寝所がある場所が円の中心とするならば、ここは円の中心地からはかなり外れた場所となる。
「これが?」
「そう。こここそ秘密の入り口だ。王城を守る近衛兵士だってここから潜れば王の寝所の真下にあたる場所に作られた秘密の部屋が存在する事を知らない。」
「どうして!」
「そういうお約束だから。興味を持ってはいけない。覗いてはいけない。君の人生を壊したくはないのならば。そう囁かれても探りを入れる様な兵士はこの世にはいらない、そんな結果となる。」
「公然の秘密だったのね。そして、何がある場所なのか知っていても口を噤んでいなければいけない、なんて。良心がある人には、なんて!」
「安心して。ここに変な小屋があることは知っていても、これが地下に通じるものだとも、地下で何がされていたのか、なんて近衛の誰も考えてもいない。」
「でもあなたは知っているのね。」
「私は近衛なんかじゃないし。」
バールは鼻を鳴らして、話はこれで終わりという風に鍵を取り出した。
カチリと鍵の嵌った音が小さく鳴り、石にしか見えない扉が開いた。
開いた裏側は木で、普通の扉にしか見えない。
「どうして?」
「板にコンクリートを固めてそれっぽくしただけ。金属の扉ならば目立って注意を引くが、コンクリートで石にしか見えなければ、暇つぶしにでも開けようとは思わない。まあ、それは単なる結果だったけれど。」
「結果?」
「もとは本物の金の扉が嵌っていたんだ。それが簡単に盗まれてしまったからね、応急処置で板の扉を嵌め込み、中を本当は封印するつもりでコンクリで固めた。」
「でも、扉は開くわね?」
「人の欲望は留まることを知らない。最初で最後の魔法だったはずなのに、彼はもっとと欲しがってしまったようなんだ。」
私は裏側が板の扉を眺めながら、王そのものだと感じていた。
最初は金に値する人だったかもしれない。
でも、生贄を必要する魔法によって自らの正当性を失った哀れな存在となり、それでも内に残った人間性で再びの魔法を自分に禁じた。
ところが、の今である。
人間狩りという最低の所業を、恍惚としながら人に命じることができる薄っぺらい人となった。
「ここの扉はそのまま王の人生なのね。」
「可愛い皮肉屋は辛らつだ。」
バールは笑いながら私の腕を無造作に掴み、私を扉の中に引き込むと、重たい扉をもう一度閉めた。
世界は真っ暗になり、そこで私が灯りとなる炎を生み出したのだが、私の手の平に魔法の炎が揺らめくのとマッチを擦る音は一緒に起きた。
「あら、不要だった?」
「いいや。気が付く相棒で嬉しいよ。」
バールは指に持つマッチの先を、壁、それも天使のような子供の顔をした金属のオブジェの口の中に放り込んだ。
ぽう。
ぽうぽうぽう。
天使の目は炎で明るくなり、そしてそれが種火であったかのようにして、次々に壁に付いていたオブジェが輝きだしたのである。
天使以外は普通の、吊るされてるランタンは壁に嵌め込まれている形状だが、炎をカバーするグローブがそれぞれ色違いのガラスである為に、漆黒だった世界を明るくはあっても毒々しい虹色に染め上げていた。
地下に続く階段は長く深い。
色ガラスによる灯りは、地下世界を彩っていても、閉塞感こそ与えてくる。
「さあ、降りよう。悪趣味な人間が悪趣味である理由を考えても仕方がない。」
私達は、いえ、私は無言で地下への階段を降りて行った。
私達の足音は階段の中で虚しく響き、そうして数分が過ぎた頃には、私達は目的地である地下にとうとう辿り着いていた。
「ま……あ。」
辿り着いた私は世界を一目見て、バールの二の腕の辺りの布を掴んでいた。
大理石が敷き詰められた白い世界。
天井の中心には金色の金属でできた巨大な天使の顔が嵌め込まれ、世界に足を踏み入れた人間を嘲り笑っているようだ。
白い大理石の壁には、そこが白いからこそという風に、様々な文様が描かれて彩色されている。
そこは完全に今の私達の美意識や宗教観とは違う、誰かの混乱した頭の中を再現したかのような情景でしかなかった。
「これは一体?」
「バルタザール十三世様の秘密の部屋で、彼が彼たる存在になられた彼の研究の集大成、という場所だ。もちろん、ここまで混乱した部屋にして見せたのは、彼に追従し誘惑し、魔に引き込んだ魔導士の存在あってこそだがね。」
「あなた?」
「ありがとう。それは褒め言葉なのか、蔑みの上の言葉なのか図りかねるが、アルバート・クロウリーと同等に見做して貰えたのだから感謝するべきなのかな?」
私は息を呑んで慄くどころではない。
アルバート・クロウリーだと?
ルビータ国どころかこの世界では有名な大昔の過去の人であるが、化学に通じた錬金術師にして、様々な悪魔を召喚したと有名な魔法使いでもある。
「で、でも、アルバート・クロウリーは五百年前は昔の人だわ!」
「そう。お偉きバルタザール十三世様は五百年は生きている。途中から戴冠式もどうせ同一人物だからと止めてしまい、十三世で止まってしまったが、彼は五百年前に十四歳で玉座に着いたそのまま、ご君臨為されているね。いや、いた、か。」
どうして過去形?とバールを見返すと、バールは身を屈めた。
私の右頬と彼の右頬が触れ合うぐらいに顔を寄せて来て、私の右耳に毒でしかない情報を囁きかけてきたのである。
「窮鼠猫を噛む。殺されるならば殺してしまえ。クーデターだよ。」




