せんべつ
オスカーとジャンがカンターレ侯爵領へ旅立った三日後、私は人間狩り本部となる陸軍のバールの執務室を訪れていた。
私はカンターレ侯爵として、侯爵家の色である深紅のドレスを纏っていた。
着たくも無い歴代の上着は封印し、その代わりとして背中と右胸に侯爵家の紋章を刺繍させてある。
襟元はチャイナドレスみたいな縦襟にしてあるからか、細身のドレス姿はどこから見ても悪役に相応しい。
この私の姿を見たバールは、品定めをする眼つきをして私を上から下まで見る、という嫌がらせをしてくれた。
「似合うよ。美しい。君は女っぷりが上がったと褒めてあげよう。だが、君は少し軽率だ。大事な処女を簡単に捨ててしまうとは!悪い男の口車に乗せられ過ぎるのは考えものだと思うよ。」
私は侯爵として下々の人にするようにして、手袋を嵌めた手の甲でバールの肩をぴしゃりと叩いた。
そしてバールは怒りを見せるどころか、ごうかく、と口パクした。
「ごうかく?」
「合格だね。当てこすりに一々ぴいぴい泣くようではこの先は生きてはいけない。どうしてどうして。君は出会った時から見た目の年齢じゃ無いようだ。」
中の人は二十六歳になりましたもの。
私はバールを小馬鹿にするようにして鼻を鳴らした。
私は何となく学んでいる。
バールは弱々しさが嫌いなのだ。
彼から暴力を受けたくないならば、いついかなる時でも、私は凛として虚勢を張っていればよいのである。
それが正解という風に、バールはフフッと嬉しそうに笑った。
そして私に見せつけるべく、彼は大きく右手を動かして、十九号ぐらいのテレビの大きさのモニターを宙に作り出した。
そこに映し出されるのは、荒野を走る何台もの輸送馬車。
「君の提案通りに、続々と地方の牢屋に収監されていた囚人が輸送されている。」
私のせいで死刑が決まった人々。
私は痛む胸を押さえるようにして右手の拳を胸に当てた。
「近従がほざいた不治の病の病人も。これで合計四千弱は稼げた計算となる」
「それでもあと六千人。」
「四千人分は幸運を手に入れられたと考えればいい。この魔都にしがみ付かねば生きていけないからこそ、魔都の住人はここにいるんだ。」
「え?」
パチン。
私が彼に問い返す前に、彼が指を鳴した。
途端に、画面は別のものに変化した。
魔都から出て行こうとしてる人々の群れである。
服装からみすぼらしく、どこかの女中や下男をしていたが、急な解雇で職を失った人達に見えた。
「君が心配する罪のない働き者は取りあえず避難させている。貴族に気まぐれに解雇されたとしか思ってはいないだろうけどね。」
「解雇?」
「最近の貴族の家はボイラー完備にトイレは水洗だ。下女や下男が疫病を媒介するという噂が起きれば、設備が最新化している家では気兼ねなく首を切れる。」
「そう。それで一斉に職を失ってのこの行進なのね。」
「そう。それから安心しようか。現在農村地帯の春の作付けは終わりかけと言えども、まだまだ人手が欲しい状態だ。彼らが喰い詰めて餓死する事は無いだろう。」
「ま、まあ!素晴らしいわ。でも、そうしたら、下男や下女を失った貴族の館は困るのでは無くて?誰が台所で皿を洗ったり、洗濯をしたり、重たい荷物を運んだりゴミを片付けるの?」
「そこが考えられなくなるぐらいに怖い疫病らしいよ?それでも彼等を連れ戻さなきゃならないぐらいに本格的に困る頃には、ふふ。」
バールは右手で爆弾が弾ける様な手ぶりをして見せた。
私は笑みを崩さなかったが、彼の目的は人助けなんかではく、これから起こる人間狩りの達成のような気がして背筋が凍った。
それも、彼が屠りたいのは王の親衛隊であろう人々、王が何歳になったのか忘れたのと同じように、訃報も代替わりも聞いた事が無い上級貴族。
だって、水回りの工事は一朝一夕で出来るものじゃない。
王が人間狩りを思いつくよりも早く、バールこそ思いついていた?
推薦して良かったと、バールは以前に言ってのけた。
王が人間狩りを言い出したことこそ、全てこの男の計画だった?
パチン。
再び指が鳴らされた。
モニターに映るのは、何も起きてはいない今の魔都を上空から見たものだ。
王の近従が見せた人の目の記憶に頼ったものではなく、航空写真のように上空から地上を見下ろさねば作り出せない映像だった。
「どうしたの?この映像は?」
「君は鳥って存在を知っている?」
「鳥?あなたは鳥を使ってこんな風に世界を見る事が出来るのね。」
「ああ。君にだけは教えてあげる秘密だよ。それでこの図を君に見せたのはね、しっかりと魔都に描かれている魔法陣を覚えて貰うためだ。」
「魔界を開くという、魔法陣ね。」
「違う。単なる車輪だ。運命の輪という名のハンドルだ。右回り左回りで意味が変わる。ねじを回すのと一緒だよ。時計回りはねじを締め、反対周りはねじを開ける。」
「意味が分からない。」
「わかるよ。君がこの魔法陣を君の魔力で発動させる。ただ発動させて終わりにしてはいけない。まずは左回りに回すんだ。」
私はモニターではなくバールを見返した。
バールは笑みを作った顔を私の頬と彼の頬が触れ合うぐらいに近づけて、私の耳に囁き声で命令を伝えたのだ。
「王に変化が現れたそこで一気に閉めろ。」
私は死者同然だった王を思い出していた。
王は生きながらえるために魔界の力を欲していた。
それを許容超える量を注ぎ込み、王の体に限界が来た時に魔界の門を閉めろと言う事か。
どうせ止められない人殺しならば、バールはそれを逆手に取ってクーデターを起こすつもりなのだろう。
私は、コクリと頷いた。
「いい子だ。賢い子は好きだよ。」
「その賢さは、あなたに従順に従えられる賢さね。」
「卑屈はいけないけないって、素晴らしきウッツに教え込んだ君が卑屈になるのか?君はあの輝けるヤン君を守るためなら私利私欲を捨てられる。一途に私が敷いた道を歩いていくれる。そうだろう?だから君は私に選ばれた。汚れない人間として。光栄に思うべきだよ。」
「殺される人達も私とあなたに選ばれているわよ?彼らにもあなたは光栄だって言えるの?」
「そうだね。だが人として死ねるんだ。幸福だよ。」
私は拳にした右手をさらに胸に押し当てた。
私が小説通りにヤン・ヘルツォークに殺される時、私は幸福と思いながら死ぬことはできるのだろうか?と思いながら。




