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あなたへの想いは

 私は侯爵家のタウンハウスに戻るや、召使いに命じてお風呂の準備をさせた。

 謁見室で受けた汚辱感、バールとの密会で受けた敗北感、それらを全部綺麗に洗い流してしまいたかったのだ。


 ジャンが戻って来るまでに。


 私が王城に向かおうとした時、ジャンは私に付き添いたがった。

 だが私はけんもほろろに断った。

 ジャンを人質に取られたら私は終わりだもの。


 だから、彼にはオスカーと行動してもらえるように頼んだ。

 オスカーはこの都において、絶対的に信頼できる人である。

 だって四年前は、上司に向かってホルスターの銃を抜こうとしたのよ。


 私を守るために。


 でもジャンには私の頼みは侮辱にしか感じなかったようだ。

 彼は目を眇めて私を睨んだ。


「俺が信用できない?」


「信用できるからこそ頼んでいるのよ!私が王城から出られなくなったら、一体誰が外から私を助け出してくれるの?」


 私は卑屈な物言いのジャンに対して、カッとしたまま怒鳴っていた。

 ジャンは、物分かりの良い顔を作ると、ごめんと言って私を抱き締めた。


 でも、キスもしてくれなかった。

 そう、私達はキスの一つもまだしていないのだ。


 どうしてアルビーナは七月生まれなのか。


「それなのに、ぜんぶを今すぐに与えようとしているなんて。」


 私は湯船の中で丸くなった。

 ブクブクと沈み、でも、日本の湯船のように深くは無いから、完全に自分の体をお湯の中に沈める事は出来なかった。


 でも、涙はお湯の中に流せた。


 ジャンとの暮らしは今日までにする。

 自分の全部を彼に上げて、ここで彼との道を違えるのだ。

 そうよ、ここまで彼にしがみ付いていた事こそ間違っている。

 私はアルビーナであり、この世の人々に恐怖と混乱と死を与える魔女なのだ。


 ハハ。


 私がどう生きようと、ちゃんとシナリオ通りの流れになっているじゃないか。


 王に命令された一万人の虐殺。

 私は執行せねばならないのだ。


 ざばん!


 私の両側に二本の腕が突き出され、その腕は私を抱え込んで持ち上げた。


「おい!何をしているんだ!」


 真っ黒い瞳は怒りを見せながら私を見据え、私はこんなにも私だけのジャンが嬉しくて、たとえようなく切なくて、彼の首に両腕を回していた。


「どうした!何があった。」


「うっく。」


 情けない事に私は嗚咽しか出せなかった。

 そんな私をジャンは優しく抱きしめ、彼の右手は私の後頭部を優しく撫でる。

 私は彼に回した腕にさらに力を籠め、服を着たままの彼が濡れていくことも構わずに、彼の胸の中に入りこめるだけ体を寄せた。


「どうしたんだ?辛いんだったら帰ろう。いや、逃げよう。君の為ならばどこまでも逃げるよ。君が望むところ、どこまでも一緒に走って行くよ。」


「あああ!ジャン!ああああ!」


「いいんだよ。お前はまだ十五じゃないか!お前はまだ子供じゃないか!」


 子供じゃない!

 中の人は二十六歳になっているわ。

 それでも子供ぐらいにしか現実に対処できないのよ!


 辛くて辛くて堪らないの。

 だって、あなたを道連れには出来ないのだもの!


「アルビーナ。いいんだよ。君はいいんだ。俺が全部やるから。人間狩りぐらい、俺が陣頭指揮を執ってやる。」


「い、いいえ。いいえ!あなたは人を助けて!あなたは悪人にならないで!」


「それでお前が悪人になるのか?」


 いつもと違い、ジャンは落ち着いた優しい声を出した。

 私の後頭部は彼の大きな手で優しく包まれている。

 子供をあやすようなジャンの所作に、今までの私達の関係性が逆転してしまったような気がした。


 そして脅えた。


 彼が私を守っていたのは、純粋に年上の男の子が年下の女の子を守るという、兄か父親のような感覚だった?


 彼を抱き締める手の指先に力が籠った。

 いやだ、それは嫌だ。


「私はあなたを愛しているわ。男の人として愛しているのよ!」


 ジャンははふっと吐息を吐いた。

 そして抱きしめていた私をそっと手放した。

 その行為は、彼が私の顔を見たかったからであり、彼が、ああ!私に口づけたかったからである。


 私は前世でも、そしてアルビーナとなって生きてきたこの世でも、体験した事などない初めてのキスを、ジャンと、していた。


 マウストウマウスでしか無いものだったが、私の頭はぼうっとしていた。


 だからぼうっとした頭のまま、ジャンのうっとりしている顔をうっとりと眺めながら、彼にお願いをしていたのだ。


「本当の意味での恋人にして欲しいの。」


 ジャンの瞳は真っ黒の癖に、瞳孔が開いたとわかる表情をして見せた。

 それから彼は、私の鼻の頭にキスをした。


「ジャン?」


「君を貰うのは結婚式の夜だ。俺は君を大事にしたいんだ。」


 その結婚式がもうあり得ないのよ?


 私は彼を掴むと自分から口づけていた。

 十五歳の少女には出来ないだろう、二十六歳の女がするキスを。


 結果、私はその夜に大人となった。


 私は温かなジャンの体に寄り添いながら、明日は彼の裏切り者になるんだからと、彼の温かさに必死に溶け込もうとしていた。

 ジャンだけはこの魔都から脱出させなければならない。



お読みいただきありがとうございます。

肉体年齢的に注意入りそうな設定ですが、中の人は26歳の意識しか無いんです!

七歳の女の子の中で目覚めた十八歳の意識から年を重ねているのです。

そう考えると、母性的感覚を持っていた大人の女性が年下の男のに!

……流して頂けると幸いでございます。

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