第九十八話
「足固くないですか?」
「ピカピカに光って綺麗ですよ。透明な結晶みたいです」
ベッドに横たわったままの笹森さんの左のふくらはぎを俺は撫でている。
昨日の夜はツルツルすべすべで柔らかかったが、今は透明な鎧を身に纏い高貴な感じがする。
こんな風に気軽に触れるのが躊躇われるほど。
「お風呂場で鱗落としていいですか?」
「いいですよ。見てもいいですか?」
「そう言うと思っていました」
「じゃあ行きましょうか。運びますよ」
「お願いします。ボストンバッグからポーチ出してください」
お風呂場の椅子に座らせると笹森さんはポーチから白いシュシュを出しポニーテールにした。
ルームワンピースの裾をたくし上げ、太腿の付け根近くまで露わにする。
左手でシャワーを持って右手には銀色の鱗とりを持つ。
「シャワー俺やりましょうか?」
「じゃあお願いします」
「お湯じゃなくていいんですか?」
「水のがいいです」
笹森さんは右の足首から銀色の鱗とりを上へ上へと滑らせた。
「痛くないんですか?」
「人間用なので柔らかい素材でできてるんですよ」
「すみません。一回でいいのでやらせてください」
「言うと思いました。じゃあ左足やってください」
俺は彼女の前に執事のような恭しさで傅く。
「痛くないですか?」
「全然。人にやってもらうの案外気持ちいいですね」
「笹森さん、昨日俺のお腹ばっかり触ってましたよね」
「だってあんなに筋肉ついてると思わなくて。しょうがないじゃないですか。男の人の体触ったの初めてだったんですよ。城塞の人って皆あんなに鍛えているんですか?」
「はい。漫画にしたくなります?」
「漫画には向いてると思いますけどね。人類の敵と戦うスーパーエリート。次席の人すごく綺麗でしたよね」
「三席もイケメンです。水野っていって、ただしノンケですよ。十歳年上の彼女がいて、二人の出会いは仁和寺の山門で雨宿りしている彼女に声を掛けて、だそうです。水野が十五歳の時です」
「未成年じゃないですか。犯罪ですよ」
「付き合うようになったのは大学入ってからなので大丈夫です。漫画にできそうですか?」
「わたしなら男同士にしますけどね。でもその場合でも攻めは水野君ですよ。年下攻めにしたいです」
「すみません。話変わりますけど、この鱗貰ってもいいですか?」
排水溝に流れていく透明な鱗が何だか桜の花弁を思わせ勿体なく思わず手で掴んだ。
「嫌ですよ。どうせ毎日生えるんですよ。やめてください」
「綺麗だし。記念に」
「嫌です」
「一枚だけ」
「一枚だけですよ?」
「はい」
「本当におかしな人ですね」
「すみません」
「でも、私達お互いのために存在してるんでしょうね?」
「そう思いますよ。俺には貴方しかいません」
「私がこの見た目じゃなくなっても?」
「ナマズみたいな髭が生えてきても好きです」
「全身毛むくじゃらでも?」
「好きですよ。絵で泣かされるとは思いもしませんでした。だから死なせないで泣かせる方法きっとあると思います。俺も頑張って考えますから、頑張りましょう」
「私どうしようもないですよ」
「そのどうしようもないとこも好きです。今俺は貴方の名前も知らなくてただ可愛いいと思っていたあの頃より今の貴方がずっと好きです」
「それは私もです。私達こんな風にずっと一緒に生きていけたらいいですね」
唐突に俺は今日見た夢を思い出した。
ああ、きっと夢の中の俺もこんな瞬間だったんだ。
彼女が微笑んで俺を見ていたんだ。
まるで新しいドアが開く様に。
「あの、笹森さん。千尋さん」
「はい」
「あの、いつかでいいです。できたらで。千尋さんの都合のいい時でいいです。一生そう言う気持ちにならなかったらそれでもいいですから」
「はい・・・」
「いつか、いつか俺と結婚して貰えますか」
映画ならここで音楽が鳴り始めるのだろうか。
余り見たことがないのでわからない。
「いつかと言わず、今すぐにでも」
音楽は今鳴り始める。
ヒロインが駆け出し、主人公の胸に飛び込んで青空が映るんだろうけど、生憎ここは風呂場で俺達はお互いパジャマで、だけどひたすら顔を見合わせ笑い合った。
俺が見た夢は正夢にはならなかった。
年が明け二月になると俺達は結婚した。
千尋さんの描いていた「夢ですら逢えない」は彼女の作品で最大のヒット作となりドラマCD化が決まり、大晦日に生まれた子は双子の男の子で、二人とも俺の赤ん坊の頃にそっくりだった。




