第九十五話
両親と言っても俺が思い出せるのは母の言葉だけだ。
俺は父の声を聞いたことがない。
だから勿論俺の中に父の言葉はない。
「俺の父はゼリー症候群だったんです。知りませんよね。あんまりメジャーな病気でもないので」
「すみません。知らないです・・・」
「体がゼリーになっちゃうんです」
俺はスケッチブックに手を伸ばす。
俺の行っていた高校は国立大学の予備校のようなものだったので芸術と言う授業はなかったから絵を書くのは小学校以来だ。
描けるだろうか。
でも、何故だろう。
描いてみたい。
父はハロウィンの布オバケのように丸い二つの目のような穴があり、小さな口のような穴があった。
指はついていなかったけど、腕を思わせる二本の短い出っ張りがあった。
体は緑色で触ったらプルプルしてたけど、冷たくはなかった。
「上手く書けませんね。やっぱり笹森さんは凄いです」
「お父様、ですか?」
「はい。全身緑色でした」
「そうですか・・・」
「元は普通の体だったんですよ。俺が生まれてすぐに発症しました。三十の時です。そして、俺が五歳の時に亡くなりました」
俺は笹森さんの顔も見ないで手を動かす。
二体、三体と書いていくと少しづつマシになっていく気がする。
「母が医者に言われたそうです。このままだと間違いなく俺も父と同じくらいの年になったら発症すると。
ゼリー症候群は発症したら五年以内に確実に死にます。
だからその日母は俺を国立科学研究所に入れることに決めたんだそうです。
サイボーグにするために。だからずっと勉強してきました。母にお父さんのようになりたくないでしょうって言われながら。死にたくないし。なりたくなかった。父が嫌いだったわけじゃありません。父が働けなくなったから母が働きに出て、父は掃除とか洗濯とか、食事の用意以外は何でもしてました。会話はできなかったけど、いつも笑っている様に見えました。勝手な思い込みかもしれないですけど」
俺はスケッチブックを閉じたけど、まだ彼女の顔が見れない。
彼女が真っ直ぐに俺を見つめていてくれていることを知っているのに。
「俺は兎に角勉強しました。勉強して国立科学研究所に入らなければ俺に未来はないからです。勉強だけじゃなくて体力も付けなくちゃいけないから水泳に行って、雨と雪の日以外は走り込みもしてました。
友達と遊んだこともありません。そもそも友達もできなかった。でも何とも思っていませんでした。
貴方に会うまでは」




