第九十四話
笹森さんは俺のスウェットを益々引っ張った。
もういっそスウェットごと俺をあげたいと思った。
「ずっと諦めていました。普通に誰かと付き合うとか。だって私は感染させちゃうし、死なせちゃうんです。鱗が生えてくるくらい我慢できます。鱗とりあるし、食後に薬飲めばいいだけだし」
「今日ちゃんと飲みました?」
確か朝と夜、食後に一錠飲まなきゃならないはずだが、笹森さんが薬を飲んでいるところを見ていない。
「お風呂に入る前に飲みました。大丈夫です」
「そうですか。薬さえ飲んでいたら大丈夫ですよ」
「お医者さんと同じこと言いますね」
「医者でもありますから。国立出ると医師免許取れるので」
「そうでしたか。竹宮さん」
「はい」
「私怖いんです」
「病気がですか?」
「いえ、自分の強運が、です」
「強運?」
「だってそうじゃないですか。結婚も出産も諦めていて、誰も好きにならないし、好きになれなかったのに。初めて好きになった人は私が唯一恋愛対象にできる人で、結婚できる人で、感染させなくても済むサイボーグなんて、出来過ぎですよ」
「そうですか?」
「出来過ぎです。怖いくらいです。漫画だったら都合のいい展開すぎますよ」
「皆が幸せになれるような展開だったらいいのでは?」
「わたしだけが幸せじゃないですか。私なんか何にも頑張ってないのに」
「頑張ってますよ。毎日漫画書いてケーキ屋にも行って。それに、私だけって言うけど、その展開なら俺も幸せです」
「幸せすぎて怖いです。明日の朝起きたら竹宮さん泡になって消えちゃいません?」
「そう言う例は今のところないですけど、それこそ漫画みたいですね」
「自分がそうだから漫画で怖くてヒュドラー感染症書けないんです。だから小毬さんどうしようって。死なせるのできないんですよ、漫画でも。新藤さん泣かせたいのに」
「いいじゃないですか。自分が生み出したキャラクターなんだから簡単に死なせられないの当然じゃないですか。そう言うのいいと思います」
「でもプロじゃないなって思うんです。もっと思い切れないと。眠り姫症候群とかヴァンパイア症候群とか漫画に使いたいようなヒュドラー感染症いっぱいあるじゃないですか。でもできないです。だって私のだって死ぬようなものじゃないけど実際罹っている人は苦しんでいるんですよね。なのにロマンチックだとか全部そうやって昇華しちゃっていいのかなって。だから描きたくないんですよね。人が死ぬの。でも書かなきゃ。二次創作でも駄目なんです。死って大昔から物語における一大イベントなのに。でもできません。本当に何やっても中途半端。小毬さん死なせなきゃってわかってるんです。担当さんにも言われました。でもやっぱり出来ないなって。だって漫画なんだから小毬さんは新藤さんを泣かすための装置でしかないんですけど、そこには小毬さんのかけがえのない人生があって、そう思うと・・・」
「それは優しさですよ。いいと思います」
「そうでしょうか・・・」
笹森さんは涙をポロポロと零した。
肌が白すぎるため目元の赤が一層引き立つ。
「笹森さん。俺の話も聞いてもらえますか?」
「はい・・・」
俺は彼女の彼女の目元を親指の腹で拭う。
他人の涙に触れたのは初めてだ。
涙って暖かいんだ。
それはそうか。
彼女の体から出てきたんだもんな。
「俺の話って言うより、俺の両親の話です」




