第七十七話
「だって蘭ちゃんえぐいくらい可愛いじゃないですかー」
えぐいと可愛いが結びつかないが、笹森さんがそう言うならそうなんだろう、異論はない。
蘭ちゃんとは笹森さんがはまっている女の子のアイドルを育てるゲームのキャラクターで、笹森さんの推しだ。
俺もやり始めたが、笹森さんの言うえぐいほどの可愛さを未だに感じたことはなく、笹森さんいわく推しが出来たら楽しいと言うが、その推しが未だに決まっていないので、どうにもこうにも持て余し気味のゲームである。
だけどゲーム自体はリズムゲームなので単純に曲が増えていくのは楽しいし、パーフェクト・コンボできた時はそれなりに嬉しいし、容易に達成感を得られる優れた娯楽だと思う。
「本当に可愛いし、いい子だし、優しいし、声最高に可愛いしー、見た目はもう本当にこんな彼女欲しいって言う見本みたいな子じゃないですかー」
「そうですか?」
「そーうーでーすーよー」
「弟と二人暮らしとか弟に恥ずかしい思いさせたくないとかー、そんな古風なとこがまた最高なんですよー」
「そうですか」
「でもそれでもやっぱり柚希ちゃんと一緒にいたいからとかー、もうやめてー、泣いちゃう」
「そうですか」
俺は今なら咎められないだろうと調子に乗ったわけではなく、無意識に彼女の長い髪を指で梳いた。
触れていることが信じられない程軽くて細く、しっかり捕まえないと指に少しも残ってくれない黒髪の感触は夢に誘われそうだった。
「いいですね、こういうの」
「こういうの?」
「誰かとこんな風にくっついてみたかったんです。夢みたい」
「そうですか、俺もです」
「本当は女の子書く方が好きなんです。でも女の子泣かすのはできなくて」
「小毬さんも宮下さんも泣かないですね」
「あの二人は強いですから。新藤さんは弱いんですよ。浮気するのはそういうことなんです。でも、皆新藤さんがどうしようもないから好きなんでしょうね。そういうつもりで書いてます。百合も大好きなんです。でも描きたいんですけど描けなくて。あの静謐で壊れやすそうな息もできないようなきしきしする感じ」
「すみません、ゆりって?」
「ああ、あの女の子同士の恋愛のことです。読んでほしい漫画いっぱいあります。竹宮さん男の人だからBLよりはまるかも」
「じゃあ又教えてください」
「はい」
「笹森さんは凄いです」
「凄くないですよー」
「凄いですよ。好きなことがちゃんとあって。楽しいこと、面白いこと沢山知ってて、わかってて。自分でもそれを生み出してて。俺笹森さんと出会ってから毎日が楽しいです」
「生み出せているかはわからないですけど。それは良かったです。でも竹宮さんお勉強嫌いじゃなかったんじゃないですか?嫌いだったら続けられないですよ」
「嫌いではなかったです」
「じゃあ、好きなものちゃんとあったんですよ」
「そうでしょうか」
「そうですよ」
笹森さんに言われるとそうだったような気がしてきた。
毎日机に向かうことができたのは未来への不安ではなく、単純に楽しかったのかもしれない。
自分の中にふつふつと何かが貯まっていくのが。




