第七十八話
「笹森さん、ひょっとして眠いですか?」
「うーん、何かふわふわします」
笹森さんは先ほどまでの勢いを急に萎ませ、ぽつりぽつりと断片的に話すようになったので、新たなるジャンルとして出現した百合に何の知識もない俺では判読するのは不可能に近かった。
「寝てないんですか?」
「寝てますよ。規則正しい生活がしたいので夜はちゃんと寝て、朝早く起きて漫画書く様にしているんですけど、今日は眠いです。暖かいし、安心したから」
「そうですか、少し眠ったらどうですか?起こしますし」
「この体勢気持ちいいです」
「そうですか」
「髪気に入ったんですか?」
「さらさらしてますね、気持ちいいです」
「髪はいいですよー。自信あるので」
「肌も白くて綺麗ですよ。ツルツルしてます」
「してませんよー。あー。もう駄目ですね。このままじゃ本当に寝ちゃう」
「そうですね。俺も何だか眠くなってきた気がします」
笹森さんはゆっくりと身を起こした。
俺はソファに倒れたまま彼女を見上げた。
もう彼女と触れ合う個所は何処にもない。
彼女の黒いスカートだけがわずかな名残でお情けのように俺の脚に触れている。
「夜ご飯どうします?何か作りましょうか?」
「え?」
「こう見えてもお料理できますよ。何か食べたいものないですか?」
「あー、あの、家何にも調理器具ないので」
「え?」
「すみません。電子レンジと冷蔵庫しかないです」
「フライパンもないんですか?」
「ないです。料理しないので」
「えっと、じゃあ毎日何を食べてるんですか?」
「社員食堂とコンビニで」
「何でもスーパーのが安いですよ」
「でも広くて探すのが面倒なので、それにうちの社員食堂美味しいので」
「らしいですね」
「今度いらっしゃいませんか?本当に美味しいんです」
「うーん、何か敷居高いです」
「え?」
「キャッスルロードの信号を渡ったらそこは別世界って感じです。見えない壁があるというか、石橋渡っても石垣があるので、容易に入れない感じするじゃないですか」
「します?」
「小さい頃から見ているからですかね。越えられない壁を感じます」
「そうですか」
「でも、そんなことないですね」
「え?」
「今私達一緒にいますもんね」
「そうですね」
「どうします?取りあえず出かけましょうか?寝ちゃいそうだし」
「そうですね」
マンションから出ると笹森さんは俺の手を取った。
繋いだ指先から体温が溢れてしまいそうで逃がさないように閉じ込めるように包帯でぐるぐる巻きにしてしまいたいと思った。




