第五話
四百年ほど前、日本に日本だけに地球外生命体が襲来した。
それにより日本は世界から切り離され、日本中の英知を結集して対地球外生命体に当たることを余儀なくされた。
地球外生命体はヒュドラ―と名付けられ、幾多の犠牲と研究成果によりヒュドラ―の体液が貴重なエネルギー資源であることが確認され、これにより世界から孤立した日本のエネルギー事情も解決された。
かつては国宝の城があったらしい跡地に建てられたヒュドラ―対策本部である国立科学研究所はいつしか城塞と呼ばれる様になった。
城塞で働くのはこの国唯一の大学を出た全国から選ばれしエリート。
そしてサイボーグ。
彼女が運んできてくれたミルクレープと苺のショートケーキを食べコーヒーをゆっくり飲む。
できるだけ長く居座りたい。
貴重な音声を手に入れるために。
その甲斐があってか、今日とんでもないことが起きた。
「ちーちゃん」
家に帰ってからずっと聞いている。
いつもなら彼女以外の音声は消すのだが、これは消さないでおくことにしよう。
記念だ。
俺がちびちびとコーヒーを飲んでいると、俺の向かいの席に小さな女の子とお婆さんが座った。
彼女がメニューを持っていくと大きな声で小さな女の子が言ったのだ。
「ちーちゃん」
ちーちゃん。
彼女はちーちゃんと言うのだ。
これだけ通い詰めても、店員さん同士名前で呼び合わないようにしているのか、一度も聞いたことがなかった。
なのにこんなにも簡単に。
俺は崩れ落ちそうになりながら、見ず知らずの幼女と老婆のケーキ代を払いたくて立ち上がりそうになった。
幼女と老婆に店中のケーキを食べさせてあげたい。
もういっそこの店買い取れないかな。
そこそこ金ならあるし。
まだ幼女から何か飛び出すかもしれないと思い、俺はコーヒーをもう一杯頼み、ついでにナポレオンパイも頼み、粘ったが爆弾は一発だけだった。
でもこれだけで当分生きていける。
あの幼女が名字で呼ぶとは思えないので、彼女はちのつく名前に違いないのだ。
俺は記念にマカロンとフロランタンを買い、家に帰ると早速ちのつく名前を調べ始めた。
こんなにあるのかと驚いた。
「いらっしゃい、ななちゃん」
ちーちゃんに彼女が返したいらっしゃいが暖かすぎる。
どういう関係なんだろう。
老婆と幼女は祖母と孫だろうけど、近所の人だろうか。
彼氏のお婆さん、とか。
彼氏。
彼氏。
彼氏。
彼氏は彼女をちーちゃんと呼ぶのだろうか。
それとも彼氏だから、呼び捨てだろうか。
ちーちゃん。
これから俺は毎朝この名を唱えるだろう。
朝だけじゃない、俺の意識がある間、絶えず、ずっと、ずっと。




