第二話
家に帰るとケーキを食べながら今日の彼女を振り返る。
至福の時だ。
このために生きていたと思える。
働いていて良かったと思う。
ケーキ買い放題だ。
毎日二個しか買わなくてケチだと思われているだろうか。
でも三つは多い。
二つが丁度いい。
「ポイントカードはお持ちでしょうか?」
最初の日の彼女だ。
今日の分を振り返ると必ず聞く。
やはり最初に戻る。
何も変わっていないはずなのに何度聞いても新鮮だ。
今でも十分可愛いんだが、やはり初日の初々しさは格別だ。
地上に舞い降りた天使感が半端ない。
永遠に聞いていたい。
「お待たせいたしました」
可愛い。
天使。
人類の宝。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
こうやっていると機械の身体になったのは悪くないと思う。
悪いも何もない。
このために勉強してきた。
機械の身体になって人類の敵と戦うために。
「バイバーイ」
これはレアだ。
この日は珍しく彼女が店の外に出ていた。
小さな男の子が母親であろう女性に手を引かれ、ケーキの箱を嬉しそうに抱えていて、彼女は前かがみになり視線を子供に合わせ右手を振っていた。
「いらっしゃいませ」
そして俺に気づくと慌てて言った。
そしてドアを開けてくれたのだ、俺のために。
あの日が一番近かった。
彼女が実在しているのだと感じた。
同じ世界にいるのだと。
「バイバーイ」
何百万回聞いたかわからないが、いつ聞いてもいい。
死ぬまで聞いていたい。
この音を永遠に繰り返してほしい。
表情もいい。
丸みのある頬をした子供に向ける柔らかな蕩けるような視線。
子供が好きなのだろうか。
彼女のような子が母親なら子供は幸せだろう。
子供だけじゃない。
その亭主も。
想像だけで年を取れる気がする。
考えたくない。
どんな男だろう。
彼女と付き合えるなんていう人間は。
彼女が働いているケーキ屋は毎月第三火曜日が定休日で、それ以外の彼女の休みはバラバラで、二日連続いない日もあれば、土日両日とも出ていることもある。
ケーキ屋はアルバイトだろうから、彼女はどうやって生活しているのだろう。
実家暮らしで親も生きているなら問題ないだろうが、もし生活に困っているのなら、なんとかしてあげたい。
匿名の寄付とかできないだろうか。
でも名前も知らない。
一番可愛い店員さんへでどうだろう。
警察に届けられてしまうか。
それは困る。
そもそも独身だろうか。
小柄だが、幼い顔ではない。
十代ではないだろう。
自分とそうは変わらないと思われる。
結婚しているかもしれない。
ひょっとしたら、あの「バイバーイ」の母親はママ友というやつだったのではないか。
子供か。
子供を抱っこする彼女を想像すると、余りの神々しさに震えた。
素晴らしい。
聖母か。
「はい、営業しております」
ああ、これは俺がお盆もこの店やってるんですかと聞いたときだ。
俺の精細じゃない抑揚のない声が聞こえる。
何という棒声。
俺は声までつまらない。
俺のだけ消そうかな。
でも会話、会話した記念に、もうしばらく取っておく。




