第一話
名前も知らない女の子に恋をしている。
名前も年も何も知らない。
でも毎日見ることはできる。
俺の職場の丁度帰り道にあるケーキ屋さんで彼女は働いている。
就職してすぐにこの店を見つけた。
元々甘いものが好きなのとその日は酷く疲れていて、ケーキでも買って帰ろうと思い、店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
彼女はそう言った。
音声が残っている。
ただ最初に彼女が言ってくれた「いらっしゃいませ」の表情の動画がない。
これが今だに悔やまれる。
何で下を向いていたのだろう。
悔しい。
どれだけ可愛かったのだろう。
本当に残念だ。
今思うと何故彼女の顔を見てしまったのだろう。
いつものように見なければこんな風にこじらせることもなかっただろう。
だけどこの充足感もなかっただろう。
今俺は人生において生まれて初めて楽しいと思っている。
それは間違いなく彼女のおかげだ。
その日から毎日仕事が終わるとケーキを二つ買って帰った。
彼女のいない日もあったけれど売り上げに貢献したほうがいいと思い毎日買った。
ストーカーだと思われていないかと心配にもなるが、結構繁盛している店のようなのでお客さんはたくさん来るだろうから、俺のような冴えない眼鏡男のことなど何とも思わないだろう。
それにきっと彼氏がいるんだ。
あんな可愛い子に彼氏がいないわけがないのだ。
彼女はとても可愛い女の子だ。
天使と言っていいだろう。
色白で透明感のある血色のいい肌。
一本一本繊細に作られた黒髪は後ろで一つに綺麗に纏められている。
黒くて大きな瞳はいつも健やかで星を見ているようだ。
そしてなんといっても、制服が似合うのだ。
黒いワンピースに白いフリルエプロンに白いヘッドドレスは彼女のためにデザインされたかのように似合っている。
もう制服着て生まれてきたんじゃないかなっていうくらい完璧に。
小柄なところも可愛い。
恐らく百五十センチないだろう。
なのに出てるところは出ている。
思い切りそこだけ主張している。
正面からは恥ずかしくてあまり見ないようにしているが、ケーキを箱に入れてくれて箱にシールを貼る時背を向ける。
その後ろ姿と言ったら、どれほど言葉を尽くしても完全に言語化できない。
俺は生まれて初めて俺達人間は神が作ったのかもしれないと思ったほどだった。
彼女は本当に世界一可愛いのだ。
レシートも大分溜まって来た。
彼女が休みの日のレシートは勿論捨てているが、彼女がレジをしてくれた日のは全て取ってある。
四百年ほど前はレシートに店員の名前が印字されたらしい。
今では制服に名札を付けることすら個人情報ゆえ禁じられている。
ケーキの箱も取っておきたいが、生クリームが付いてたりするのでこれは諦め、代わりに箱に彼女が貼ってくれるシールだけは取ってある。
これも大分溜まった。
いい年をして何をやっているのだろうと思う。
こう言うのは十代のうちに普通の人間なら済ませているものなのだろう。
だが俺は十代の頃は死ぬほど勉強していたし、おかげで首席で卒業することができた。
だから何だと言う話だ。
国立主席で出てたって、城塞に就職できたって、年収二億あったって、一緒だ。
彼女は俺なんか眼中にない。
こんなつまらない眼鏡男のことなんか。




