◆0007 蘇芳 若月
屋敷の裏口が近いのでそちらに回ると、ちょうど駐車場に250ccのバイクが乱暴に入って来た。
真っ赤なボディに細目のライダースーツの女性が乗っている。
俺は足を止め、その人物がヘルメットを取るのを見ていた。
同じ赤のヘルメットを取り、彼女は叫んだ。
「蘇芳っ!」
「げっ!」
「会いたかったわ!」
俺は露骨に嫌な顔を心がけた。
彼女は嫌いじゃないが、会いたくなかった。
親父の決めた俺の四番目の、元婚約者である。
このずうずうしい婚約者は、俺が手酷く振ったのに対し、笑顔でこう切り返した。
「私はあなたなんか好きじゃないわよ。あなたの相続する財産が欲しいの。当たり前じゃない」
俺個人としてはその性格がかわいくないように感じた一方、正直でいいとも思った。
まだ若く、確か二十歳。萌葱のひとつ下だったが、破談になったにもかかわらず俺に会いに来るのだ。まだ俺の相続する財産というものに未練があるのだろう。
身体にぴったりのライダースーツで彼女、紺野紗矢は近づいて来ると、俺の肩に腕を回した。
「屋敷に帰ってるって聞いたから来ちゃった」
「どうでもいいけど、離れてくれよ」
紗矢は嫌がる俺を見ると、面白そうな笑みを浮かべて、もっと身体を押しつけてきた。
「再会のハグしてよ」
「な、何考えてんだ。俺は親父の会社も財産も継ぐ気ないぞ」
「そんなこと訊いてないわよ?」
紗矢が爪先立ちでチュッと頬に口づけし、知り尽くした人様の屋敷を先に歩き出す。
「おい、今日はちょっとまずいんだ。今すぐ帰った方がいい」
「なんて言い訳しても無駄よ。滅多に帰って来ないんだから。久しぶりに会った婚約者に言うセリフとは思えないわね」
「もう婚約者じゃない」
「それもそうね、元婚約者か」
彼女には何を言っても馬の耳に念仏。
俺は早々に諦めて物置の鍵を取ってくることにした。悠基が遅いから苛立っているはずだ。
一階にいた女中の一人に鍵のことを訊くと、当番の飯田さんが持っているというので今度はそっちを捜すことになった。
厨房で金井の手伝いをしているらしい。
物置小屋の四方を見回り、窓がないこと、戸は入口の引き戸だけであることなどを確認すると、後は背面の古臭い土壁、辺りの地面を見渡して悠基は一息ついた。
酒井は一度睨んだせいか大人しくしている。
「酒井さん」
「ん?」
悠基はジーンズのポケットから煙草を取り出し、酒井に勧めた。
嬉しそうに受け取り、酒井もライターを借り火を点ける。
「いつからこの屋敷で働いてるんですか?」
酒井の鼻から白煙が昇る。
「俺は四年前かな。ここは随分長くいる人ばかりだから、四年でも新米に入らぁ」
トントン、と指先で灰を地面に落とし、酒井は悠基を見上げた。
「あんたは坊ちゃんの親友だろう。だったら早くここを出た方がいいかもなぁ」
「どういう意味です?」
「坊ちゃんやあんたが関係ないと思っていても、他人はそうは思っちゃくれねぇ。この屋敷は怨念が渦巻いてる場だからな」
「怨念というと」
「もちろん東雲に喰われた人達のよ」
「喰われた?」
「俺が言ったって言うなよ。これでも口は堅い方なんだ。あんたにはコレ一本分の貸しがあるからな」
酒井は吸いかけの煙草を上げて示した。
「ふん、東雲はそんなに恨まれているのか。興味深いな」
悠基の独り言に酒井はもう応えなかった。
二人のいる物置小屋の前を、冷たい風が吹き抜けていった。
「それでは、お嬢はあれが、その、あの廃棄物が屋敷の犬だと言うんですか?」
「そう言ってたもの、浜が」
「浜?」
「浜はうちの女中よ」
「それで、その浜さんはどうして犬だと?」
「犬小屋が荒らされていて、一匹もいないんだって」
「・・・・・・ではお嬢の、お嬢のキースは」
「その小屋にいたの」
「・・・・・・」
私はキースを思い出してみたが、うまくいかなかった。
五年前でも小犬ではなかったように思う。
「若月、キースを探して。もう殺されてるかもしれないけど、ちゃんとお別れしたいの」
「ですが・・・・・・」
「あたしは動かないわ。それを若月も望んでるんでしょ? だからあたしの代わりにキースを見つけて欲しいの」
大きなソファにぐったりと横たわったお嬢は動けるわけはなく、私は頷いた。
私は犯人を見つけて早く屋敷を出て行きたい。その過程で、キースぐらい見つかるだろう。
「だけど無茶はしないでよ。犯人を捕まえようとか、そんなことは警察に任せておけばいいんだから」
しかし、その警察もいつ来るかわからない以上、当てにはできない。
ここ最近、都内では凶悪なバラバラ殺人事件が起きていて、新聞やテレビではその報道合戦が過熱している。
それに加えて東雲屋敷でのこの手の事件は、年に何度かある恒例行事化しているのだ。
悪質な嫌がらせの類が多いのだ。にしても、今回はやり過ぎだが。
「では、お嬢よく休んでください」
「ありがとう」
まだ顔色の悪いお嬢は、私と目を合わせて微笑んだ。
「やっぱり若月を呼んでよかったわ」
私としては良くない状況なのだが・・・・・・。
苦笑いの私に気づいているのかいないのか。
お嬢が目を閉じると、その顔にはまだ子供の頃の面影が色濃く残っていた。
私は足音も静かに部屋を出ると、これからどうしたものかと思案した。




