第2話
「何回呼んだと思ってるの! いつまで経っても降りてこないんだから!」
「うわっ! 母さん!」
転生した影響なのか、俺はポート・トールの記憶まで引き継いでいるらしい。
そして今、目の前にいるこの女性が俺の母親だということも分かっている。
「今日は入学初日でしょう! なんでまだ着替えてないの! 早く着替えて朝ご飯を食べに来なさい!」
そう言い残すと、母さんは怒った様子で扉を閉め、そのまま階下へ降りていった。
「入学……」
机の上に置かれたカレンダーを見ると、今日の日付に印がつけられていた。
そうか。
今日は入学式の日なのか!
ということは、ゲームの物語が始まる日じゃないか!
『ヘルメス学園』のストーリーは、入学から始まる。
そして入学試験を迎える前に、シス・ヴィノは転生者としての知識を利用し、このゲームにおける序盤最強クラスの神器を手に入れる。
――《影神剣》。
ぶっちゃけて言えば、チュートリアルを終えた時点で手に入る神器みたいなものだ。
その後ヴィノは、自身が得意とする影魔法を駆使し、入学試験の各項目で圧倒的な成績を叩き出す。
つまり――。
今から俺が神器を探しに行ったところで、もう遅いということだ。
「はぁ……」
なんだよ、このハードモードなスタートは。
それより問題なのは、トールの実力がどれくらいなのか、俺自身がまったく知らないことだ。
顔は別に悪くない。
ただ、ヴィノやレインスみたいに整った顔立ちをしているわけでもない。
「さすがモブNPC……見事なまでの普通顔だな……」
「トール! いつまでかかってるの!」
どうやら鏡を眺めたり、現在のゲーム状況を整理したりするのに時間をかけすぎたらしい。
母さんの苛立った声が、再び階下から響いてきた。
***
『ヘルメス学園』は、異世界転生をテーマにした魔法学園育成ゲームだ。
主人公シス・ヴィノは転生者としてこの世界のことをある程度知っており、入学前から影魔法を鍛え、伝説級の神器まで手に入れている。
そして入学試験では次々と好成績を残し、一年生の中でも一躍注目を集める存在となる。
……うん。
今のところ、ストーリーの流れにおかしなところはない。
俺は校門前に張り出されたクラス分けの表を眺めながら、心の中で呟いた。
入学試験を受けたことで、トール……いや、今の俺自身の実力もある程度把握できた。
俺が使えるのは雷魔法。
魔力量は平均程度で、少しでも使い方を間違えれば、あっという間に魔力切れになる。
ただ、この世界では魔力量を増やすこと自体はそこまで難しくなかったはずだ。
確か、身体を動かして鍛えていれば自然と増えていく。
……どういう原理なのかは、公式からも特に説明されていなかった。
たぶんゲームを進めやすくするために、細かい設定までは作ってなかったんだろう。
「それより、俺のクラスは……一組か……」
案内に従って、自分の教室へ向かう。
そして扉を開けた瞬間、中が騒がしい理由はすぐに分かった。
「あれ、シス・ヴィノだよな?」
「なんで魔法の才能がないタラク・レインスがここにいるんだ?」
シス・ヴィノ。
そしてタラク・レインス。
話題性しかない二人が、同じクラスにいるのだ。
驚くなというほうが無理だろう。
元々の設定では、シス・ヴィノは気性が荒く、気に入らないことがあればすぐに影魔法を使う不良少年。
一方のタラク・レインスは剣術しか取り柄がなく、魔法の才能にも恵まれていない少年だった。
悪名高い天才と、才能に恵まれない平凡な少年。
そんな二人が同じクラスになったのだから、周囲がざわつくのも当然だ。
うん。
実にありがちな設定だ。
ただし、今のシス・ヴィノはすでに転生者。
本来進むはずだった不良少年ルートなんて、とっくの昔に回避している。
……外伝では相変わらず不良扱いされていたけど、本人はまったく気にしていなかった。
そして、このクラスにいる重要人物は二人だけじゃない。
俺は教室の中をぐるりと見回した。
本作のヒロインの一人、花咲・ルルアン。
明るい茶色のショートヘアに、ほどよく女性らしい体つき。
そして同じくヒロインの一人である、長い黒髪が特徴的なミルフィ・ドロシー。
二人とも、このクラスにいる。
「…………」
やっぱりだ。
今のところ――。
ゲームとまったく同じだ。
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