第61話 終着
10月1日正午過ぎ。私はレジデンツ宮殿の皇帝の間に呼び出されていた。ここではVtuber鬼龍院みやびと775プロダクションの権利をかけて『ドミネーター』というカードゲームを行った。勝てば資金援助を得られる手筈だったけど、結果は惨敗。その敵として立ちはだかったのは、メイド服を着た赤髪ツインテールの女性。魔術商社『リーガル』代表取締役社長セレーナ・シーゲルだった。
「「……」」
私たちは大理石の机を介して再び向き合っている。互いの手元に存在するのは、十枚の山札。内訳は銅貨7枚のマナ3枚のカード。シャッフルされた状態で5枚引き、使うか使わないかにかかわらず、ターン終了時には手札を全て捨て札に送る。それを先攻と後攻で交互に繰り返すのが一連の流れ。
銅貨を使えば、アクションカードやミニオンや硬貨やマナを購入でき、マナを使用すれば、マナ数に応じた様々な魔法を発動することができる。初めから完成したデッキを使うのではなく、購入を繰り返してデッキの枚数を増やしていくタイプ。最終的に強化したミニオンで相手のライフを20削った方が勝ちというルール。山札がなくなれば捨て札に送られたカードが山札に戻るので、いかに効率のいいデッキを構築できるかが勝利の鍵を握っていた。カードを揃える条件は同じなため、対戦相手の癖や性格が構築されるデッキに反映されるのがこのゲームの面白いところ。さらに言えば、流れと状況によって仕入れるカードが変わるため、同じ構成のデッキを二度と使うことができないという点も奥深い。
突き詰めれば山ほど戦略はあるけど、おおまかに分類するなら二つ。『速攻型』か『後半型』だ。序盤で銀貨や金貨を最優先で集め、中盤で強力なミニオンを購入し、押し切るのが前者。強力なアクションカードを最優先に集め、デッキの回りをよくし、後半で強力なミニオンを安定して購入し、並べ立てるのが後者になる。
前回対戦した時は、私が『速攻型』でセレーナが『後半型』だった。中盤で強力なミニオンを出したけど、最高効率のマナ消費で上手く処理され、後半で息切れして負けたのが敗因だった。本来なら前回の反省を活かしたいところだけど……。
「銅貨3枚で銀貨を購入し、2マナを消費して、あなたのライフを2減らし、ターンエンド」
私はあえて同じ戦法を取った。『速攻型』が性に合っていると信じ、中盤で倒し切ることを見据えて、先攻の1ターン目を終了する。それに対し、セレーナは口端をわずかに上げている。もはや言葉を交わずとも、心は通じ合っていた。
◇◇◇
ゲームは中盤。ターンは私。場には薙刀を持った紅白の袴を着る女ミニオンが立っている。相手のフィールドには両開きの扉を盾にしたような男ミニオンがおり、セレーナのアバターを守るように立っていた。
本来、ミニオンの行動は1ターンにつき1回。挑発持ちのミニオンがいた場合、セレーナを直接殴ることはできず、ミニオン同士が衝突し、両者の体力から両者の攻撃力を差し引いて、体力が残っていれば生存。体力が尽きれば破壊される。
そのミニオンの仕様を考えれば、どうあがいても決着はつかない。挑発持ちのミニオンを破壊しようとしなかろうと、私のミニオンの攻撃は残りライフ1のセレーナまで届かない。彼女にターンを回してしまえば、『後半型』の恩恵を活かし、グッと差を縮められるのが目に見えていた。
運命の分かれ目となっているのが、このターン。『速攻型』の私は何がなんでもここで決着をつける必要があった。
「手札から祭礼を使用。山札から3枚カードを引き、引いた硬貨カードをゲームから廃棄することで、様々な恩恵を得る」
ここぞという場面で、私は賭けに出る。事故れば終わりだし、溜め込んだ硬貨を廃棄すれば後半戦に響く。安定してミニオンを購入することが出来なくなり、単純なミニオン同士の殴り合いで不利になるのが目に見えていた。『後半型』のセレーナなら絶対に導入しないカード。だからこそ、私はこれを切り札に選んだ。
「――――」
引いたのは金貨金貨銀貨。銅貨を1とするなら、銀貨は2、金貨は3の価値があり、全て硬貨カードだったおかげで無駄引きが存在せず、中身も理想に近い構成となっている。ポーカーで例えるなら、ストレートフラッシュ。ロイヤルストレートフラッシュには劣るものの、他の役に比べれば上位に数えられる。
その恩恵を受けた私のミニオンは動き出す。薙刀の先端部分は七色の輝きを放ち、挑発型のミニオンを貫いている。勢いはそこで止まらず、突き立てられた刃は、その先にいるセレーナのアバターにまで届いていた。
「今度は私の勝ち……のようですね」
砕け散る彼女の分身を横目で見ながら、私は言い放つ。『ドミネーター』のルールに則り、ズルをすることなく、正々堂々とセレーナを打ち破った。これで前回の雪辱を果たせたわけだけど、主目的は別にあった。
「これであたしの煉獄行きは確定か。さっさと送ったら?」
敗北を素直に受け入れるセレーナは視線を飛ばす。その先にはリュックを背負ったリアの姿があり、右手には丸められたポスターを持っていた。中身は『人外魔境曼荼羅』と呼ばれた代物。人ならざる者が曼荼羅に触れた場合、煉獄内に存在する魔境に飛ばす効果がある。鬼になったセレーナは人外の条件を満たしており、魔境に送ることが可能になっていた。ただ重要なのは、送る理屈でなく、送る理由。
「オタク君……いいえ、支配の騎士との決着はお任せしました。私は残りの騎士とどうにか決着をつけます」
「いちいち言われなくても分かってる。話はそれだけ?」
「私の勘違いでなければ、あなたはわざと負けたのでは?」
「あたしは真剣にやったよ。あんたの引きと戦略が上手くハマっただけ」
「……そういうことにしておきます。リアさん、準備を」
短いやり取りを交わし、遺恨を残すことなく、勝負の感想を終える。指示に従ったリアは、大理石のテーブルの上にポスターを開き、描かれた曼荼羅を露わにしていた。後はセレーナが絵の中央に手を乗せれば清算が終わる。
特にためらう素振りも見せず、セレーナは右手の掌を曼荼羅に迫らせるも、触れるか触れないかのところでピタリと止める。ここにきて待ったをかけるような性格とも思えず、何か言い残したことがあると考えるのが自然。
「あぁ、そうそう。もし、あたしがおかしくなったら、あんたが止めてね」
「ええ、もちろん。責任をもって同胞の私が――」
「化け物を倒すのは人間でなくてはならない。意味は分かるよね?」
目を細め、私の正体を見抜くようにして、セレーナは告げる。深読みするようなことではなく、言葉通りの意味だった。返事を待つことなく、彼女は曼荼羅に触れる。見覚えのある大太刀とメリケンサックを携え、別の世界に送られる。
やはり彼女はわざと負けた。どちらが煉獄に行くか。その前提条件が満たされていないことを察していた。彼女が勝ったところで無意味だと悟っていた。
「この恩義はいずれ……」
私は特殊メイクだった鬼の角を手で握り潰し、後ろを振り向く。そこには、宮廷衣装風の赤いドレスを着た女性……戦争の騎士ヴァルブルガの姿が見えた。彼女がいれば、飢餓の騎士と死の騎士は芋づる式に見つかる。ひいては、『聖人の血』を分け与えてくれたイブに行き着く。世界を救ったとは言っても、やるべきことは山積みだ。鬼から人間に戻ったとはいっても、私の本質は戦獄時代から何一つ変わらなかった。




