第60話 報告書6B5
オクトーバーフェストでの一連の騒動は全世界に生配信された。虚像か現実かの論争は尽きないものの、カメラに収められた映像の結果だけは揺るがない。
人類は化け物の軍勢に勝利した。
ナナコを始めとした数名の活躍は某配信サイトのアーカイブに残り続け、配信タイトルは『リアライブ』という名に変更され、騒動が収束した今もなお、再生数を回し続けている。大手SNSにおいては全世界トレンド1位を獲得し、あらゆるメディアは一部規制をかけた映像をニュースで取り上げ続けた。それを見てどう思うかは個人の自由であり、ポジティブとネガティブが乱立した反応が見られるも、世間の注目を浴びたことにより、閲覧された母数がそもそもとして多かった。その結果。
高評価数1億を突破。
ナナコが某配信サイトのお偉方とナナコChannelの存続をかけた交渉をし、提示された条件がクリアされたことになる。達成報酬として鬼を含んだ化け物の露出を許され、チャンネルの収益化が公に認められることになった。鬼が世界を救ったという事実は彼女たちの活動を後押しするに足る十分な成果と言えた。
それに呼応するように、マルタ共和国は模造世界の存在を世間に発表。化け物の永住が許される土地として開放し、マルタ騎士団の管理下に置くことを条件に受け入れ態勢を整えた。入居には厳しい審査があるものの、『リアライブ』以前に比べれば破格の待遇が与えられることになった。一般市民の反応は賛否あったが、どこに潜んでいるか分からない化け物に怯えるより、一か所に集まっている方が安心という心理的安全性が確保されるため、暴動が起きるほどの事件には発展しなかった。
次にアメリカ合衆国は、超法規的な捜査機関『超常現象対策局』の存在を世間に公表。化け物を含めた通常ならざる事件の対処を担当する立場を示し、国内のみならず国外の活動が条件付きで認められた。今までは超常現象というオカルトじみたものを取り扱っていたため、秘密裏に活動することを余儀なくされていたが、各国の承認を得られれば自由に行動できる形となる。
時を同じくして、大日本帝国は隠密部隊『滅葬志士』の存在を公表。主に化け物を倒す専門家集団という立場を明確にし、『超常現象局』とは違い、国内の防衛にのみ運用するという方針を示した。表向きの理由はもっともらしく聞こえるが、その内実は人手不足。動かせる数に限りがあるため、全世界を見据えた進出ができるほどの組織化がなされておらず、国内で回すのが精一杯の状態と言えた。とはいえ、国内で化け物が出た場合の抑止力兼アンサーとしては十分であり、『滅葬志士』の公表に対する帝国民からの反応はポジティブなものが多かった。
『リアライブ』の舞台となったドイツは魔術商社『リーガル』の功績を認め、公認市場の上場を決定。組織の透明性を保つため、活動実績を四半期ごとの決算で報告することを義務付け、事実上、魔術は国家公認の商材として扱われた。使用上のリスクとリターンに関しては大々的に取り上げられ、法体制は整っていないものの、害のない魔術に関しては使用が公に認められつつあった。
トルクメニスタンでは、『地獄の門』の存在を世間に公表。地獄との出入りが可能であることを明らかにし、悪魔の存在が世間に伝わった。それだけだと市民の暴動が起きてもおかしくなかったが、世界最大の宗教団体『白教』が悪魔を管理していることが同時に明かされ、世論の反発は閾値を超えることはなかった。
ロシアでは、『巨大生物ナロト』と『凍土の魔女』の存在を公表。これまでは超常現象に関連する好意的な部分が取り沙汰されていたが、この件は否定的な意味合いが強い。『ナロト』は駆除対象であり、『魔女』は指名手配犯であることを明らかにして、それぞれの首には懸賞金がかけられた。一攫千金を夢見る者にとっては夢のある数字が提示され、腕に覚えのある者たちはこぞってロシアを目指した。
これらは序章であり、国家はナナコが起こしたムーブメントを無視することはできない。もはや、超常現象に関連する公表ができない国家は下火扱いとなり、化け物には対処不能だと暗に認めているのと同じだった。
【火】の概念が消失し、重火器や核兵器のない今、世界は即戦力を常に欲しており、力ある者への需要が高まり続けている。弱肉強食という極端な時代は訪れていないが、人類の存続を危ぶむ化け物の存在が『強さ』の価値を高めたのは確か。趣味や競技の範疇を超え、資産や権力に並ぶほどのステータスと化している。
一般人が『強さ』を可視化することは難しいが、イタリアの大手眼鏡メーカーから非日常拡張型デバイス『バトルグラス』が発表され、総合戦闘力の数値化が可能となった。販売はイタリアのみならず、全世界的に販売することが決定し、携帯と同じレベルで普及することが見込まれる。
これらはオクトーバーフェストが行われた9月20日から9月30日までの間に起きた出来事であり、秘密裏に超常的な兵器を保有していた国家は協議の上で公表するかどうかを決めるだろう。どちらにせよ、世間が未知の技術や存在に対して受け入れる土壌ができたのは間違いない。例え異星人がいると明かしたところで、動揺しないほどの体制ができているのは疑いようもなかった。
世界に新常識が根付いた上で訪れるのは、10月1日。この日に超常現象に関連する発表を控えていた国家が存在していた。
矢面に上がったのはフランス。その首相が発表した情報は、耐性がついたはずの全世界に波紋を生んだ。
パリの地下墓地『カタコンベ』の封鎖依頼。
政府は公にしていなかったが、『カタコンベ』に眠る幽霊がパリの住民に牙を剥き、数万人規模の犠牲者が出たとの報告があった。公的機関ではお手上げ状態であり、超常現象に対する見識がないことを認め、専門家に救いを求めた形になる。それに応じて動いたのは、『超常現象対策局』と『滅葬志士』。前者はフランスの承認を得て現地入りし、後者は少数精鋭で秘密裏に潜入することとなっていた。
事後処理としては至極当然の流れだが、問題は幽霊による被害が拡大する前に自国で対処できなかった点にある。本来、幽霊を祓う最も効果的な方法は『遺体を焼き払う』ことだが、【火】の概念消失によって火葬が不可能なため、現代の幽霊は無敵に近い存在と言えた。しかも、理性を保てず狂気に染まる者がほとんどであり、法律を適用することはできず、話し合いに持ち込むことも難しい。だからこそ、フランスが求めるのは墓地の封鎖であり、幽霊の討伐ではない。根本的な解決を望むことはできず、この問題はフランスのみならず全世界に及ぶ。後世の歴史学者がいるのだとすれば、本日10月1日以降の不運な世界をこう呼ぶだろう。
幽霊全盛の時代と。




