第59話 リアライブ
『セーブをするか?』
温泉街で起こったイベントのピークを迎えた後、頭にはゲームマスターの声が響いた。次第に目の前の景色は移り変わり、ここまで苦楽を共にした仲間が空間の狭間に消えていくのが分かる。……いや、どちらかというと、僕だけが消えた。ゲームで何らかの進行不可能なバグが発生した場合に飛ばされる部屋、いわゆる『アイテムルーム』にいるような感覚だ。
視界には夜のウユニ塩湖じみた世界が広がっており、そこには白のカッターシャツに軍服っぽいグレーのボトムを履いた幼い女悪魔が立っている。僕を独創世界に誘った者の人相と一致し、赤霊山攻略も大詰めの状態で制作者と顔を合わせることになっていた。色々と言いたいことはあるが、会話のキャッチボールが終わってない。問いかけられた話題に対し、僕は答える義務があった。
「それは脅しか?」
相変わらずチワワの低い視点から、相手を見上げる形で言った。自分でも分かるほど声には怒気が乗っていた。まず間違いなく、奴は僕の心情変化を察している。断れないと分かった上で接している。だからこそこれは、『セーブするか』『セーブをしないか』の二択じゃなく、『セーブしろ』という半強制的な一択なんだ。
「そうとも言えるな。逆らえば奴らのデータを削除することは可能。ハマりつつあるゲームの続きを二度とプレイできなくなる。逆に吾輩の指示に従うなら、パーティのデータを保存し、いつでも続きをやらせてやってもよいぞい」
「よほど切羽詰まっている状況らしいな。奴らを人質にして、僕に首輪とリードをつけるってわけか」
「ご所望とあらば、用意してやらんこともない。どうだ? 受けるか?」
相手の要求に関して言えば、特に掘り下げる必要はなく、意図は十分伝わった。否定しなかったところを見るに、外の世界がゲームを中断せざるを得ない状況にあるのは間違いないらしい。結論を急がせている点も考慮すれば、外の危険度はMAX。10段階評価なら9か10の修羅場が待ち受けているだろう。
以前の僕なら絶対に受けることはないだろうが、僕は変わった。善良な心を取り戻した。聞く耳を持たず、一方的に切り捨てたりはしないし、受けてやらんこともない。戦闘力は多少落ちたかもしれないが、常闇の王の肩書きは健在のはずだ。仮想敵が同胞なら僕の存在はジョーカーになり得る。さらに言えば、独創世界を維持する必要もなくなり、第一級悪魔三体+αを戦場に投下できる。
ただ……。
「僕の株はストップ高だ。それ相応の見返りはあるんだろうな」
◇◇◇
水瀬ひかるのフォローのおかげでBメロとサビは終わった。残すところはCメロとサビ。本来なら1番『AメロBメロ+サビ1』→2番『AメロBメロ+サビ2』→落ち『Cメロ+サビ3』という流れが鉄板だけど、私はその法則を少しずらした。1番『Aメロ+サビ1』と2番『Bメロ+サビ2』と各々の曲調とメロディを独立させ、サビだけが共通項になっている。それは期せずして、私とひかるの関係性を表していた。775プロダクションという事務所が私たちを結び付け、互いに社長を経験した。鬼+Vtuber+歌い手という共通項も存在するけど、私たちは同じであって同じではない。特に音楽の場合、一括りにはできず、得意とする音域や曲調やテンポやジャンルが異なり、ハッキリ言ってしまえば、私は2番が苦手だった。あえて不得意な部分を採用し、得意な1番と重ね合わせて、ある種の芸術に昇華させようとした。
それが不思議と噛み合った。ひかるの得意な高音域のアップテンポがピタリとハマり、やみつきになるような独特な声音が苦手だったはずのメロディに彩りを与えていた。今思えば、最初から彼女のために用意されたかのような曲調と歌詞。予想していたわけじゃないけど、未来を逆算して作られた楽曲とさえ思えてくる。
もう恐れることは何もない。私を束縛するものはなくなった。物理的にも精神的にも解き放たれた。残すところは……。
「「―――」」
Cメロが始まる。私たち二人の異なる声を重ね合わせ、『Southern Cross』は終わりに向かう。それに応じて装衣の出力が跳ね上がるのを感じた。高まった歌唱力が、今までとは異なる副次効果を発生させる。
目の前に生じたのは、柄の先端にマイクが搭載された一対の刀。鞘は存在せず、黒い刀身が露わとなっており、私とひかるは即座に手に取り、予期せぬ展開に対応する。これは科学なのか、魔術なのか、意思能力なのかは分からない。一般人に見えているかどうかも判別がつかない。ホログラフィックであるはずのひかるが実体であるかのように振る舞えている理由も分からない。ただ、刀が使えと言っている。本能が歌えと叫んでいる。ここからは防御に徹しなくてもいい。今は攻撃あるのみだ。
「「――――!!!」」
ラストのサビに入ると同時に、私たちは跳躍する。視界の先には、甲殻型とイヌ型の化け物。アメーバ型は義足の男が対応しており、それぞれ一匹ずつ倒せば、化け物襲来の第一陣は私たちの勝利に終わる。ワームホールの解決策があったとしても、自由に動ける時間と空間確保は必須で、戦闘は避けて通れなかった。
『『――――』』
とはいえ、敵もタダで倒れてはくれない。各々の前脚を伸ばし、迎撃を試みているのが見えた。位置的にも角度的にも、私が甲殻型、ひかるがイヌ型を担当することになり、なおかつ、リアライブも成功に導かなければならない。歌唱に意識を割けばライブは成り立つけど、恐らく倒し切れない。かといって、戦闘に意識を割けば、ライブは失敗するような状況。
つまり、戦闘と歌唱……その両方を完璧にこなすことでようやく突破できる難易度。私だけでも駄目だし、ひかるだけでも駄目だし、義足の男だけでも駄目。口裏を合わせることなく、各々が最高のパフォーマンスを発揮し、ようやく到達する領域。その先にどんな景色が広がっているかは分からない。私の心情によって描写される映像が変わる仕様上、まだ起きてもいないことを予想することはできない。
ただ私は未来にワクワクしている。これから起こるであろうイベントの数々に胸を躍らせている。ワームホールを閉じることができなければ、バッドエンドに直行するかもしれないけど、最善は尽くしたい。残り十年の命だったとしても、夢を見続けられる世界であって欲しい。だから――!!!
「「「――――!!!!!!」」」
ラストのサビを熱唱しつつ、重力に引かれ始めた私たち三名は同時に動き出す。各々に迫る敵の腕部を足場にして、それぞれが対応する相手の懐に迫っていく。四方八方に展開される攻撃をかいくぐり、私たちは螺旋を描くようにして、数十メートル級の化け物が待ち受ける地上に向かった。接敵も終奏も近い。
一撃で倒し切れる保証はない。でも、一撃で倒し切らなければ敵の増援が到着する。並々ならない責任がのしかかり、甲殻型の腕を踏みしめる足が震える。あと一歩、思い切って踏み込めば届く距離にいるのに、心が歯止めをかける。
これだけお膳立てしてもらったのに、何が足りない。触手の束縛から解放され、ひかるに背中を押されて、何を私は欲している。前代未聞のプレッシャーのせいと思えば単純だけど、足が竦んだ原因はもっと根深い気がする。とはいえ、それを特定するだけの時間は残されていない。前に進めと曲と世界は言っている。
「――っっ!!!」
恐怖と違和感を頭の片隅に追いやり、私は二名に半歩遅れて行動を開始する。最後の踏み込みによって距離を詰め、甲殻型の化け物の頭部がすぐそこまで迫る。刀を振るえばどんな切り口を選ぼうと切っ先は届く。脳天を真っ二つに切り裂くビジョンを頭に思い浮かべ、身体を動かそうとするも、強烈な既視感を覚える。私は似たような出来事を体験している。ほんの数分前に恐怖のどん底に叩き落とされている。そのトラウマを克服できていない。場と流れに誤魔化されていたけど、私は巨大生物と出くわした時に発症する精神疾患を抱えている。
サビを締めくくり、斬撃を浴びせる理想のビジョンが消える。私のせいで足並みが揃わず、失敗に終わる光景がありありと見える。
時間を巻き戻すことはできない。いや、巻き戻せたとしても、結果は変わらない。どうあがいても私は……私たち人類は悪い化け物に蹂躙される運命を辿る。
「――――」
そこに飛来したのは、一匹のチワワ。黒と白が入り混じったような毛並みで、悪魔の羽根をモチーフにしたようなデザインの首輪をつけている。本来は可愛らしい小動物のはずなのに、その鋭い眼光から別の生物であるように感じてしまう。なんにしても、明らかに異物。私の脳内が巨大生物に反発して生み出したビジョンなのかもしれない。仮に私の予想が正しく、ひかるのように実体が伴っていたとしても、戦況を覆す性能があるとは到底思えない。敵とのサイズ差を考えれば、埃が舞っているのと同じレベル。危害を与えることはできず、ほぼ空気だった。
人類の存亡がかかった戦いのオチがこれとは思いもしなかった。毒にも薬にもならない残念な発想力に自分のことながら笑えてくる。せめて、鬼とか龍なら良かったのにと思うものの、時すでに遅し。ラストのサビを歌い切れず、化け物に食われるという最悪の中の最悪が目の前まで迫っていた。
「……運に恵まれたな」
妄想かもしれない。頭がおかしくなかったのかもしれない。ただ、チワワは確かに人の言葉を口にした。私に味方してくれるようなニュアンスに聞こえるけど、具体的に何をしてくれるかは明らかじゃない。ただ、甲殻型の化け物の動きはピタリと止まった。小動物は殺せないという正常な感性を持っているかのように手をこまねていた。残る動作は二つに一つ。刀を振るい、サビを締めくくるのみ。
「……っっ」
しかし、私はここぞとばかりの場面でドジを踏む。握っていたマイク刀を落としてしまう。私らしいと言えば私らしい。ツバキ様に拾われてから今まで、主に日常生活において迷惑をかけてばかりだった。どれだけネットでキャリアを積もうと、Vtuberの仮面を被ろうとも、本質は変わらない。どこまでいっても私はドジで駄目な従者だ。主人公にはなれないし、矢面に立つ資格はない。
『――――』
次の瞬間、視界に入ったのは長い白髪。赤を基調とした十二単に身を包み、両腕を伸ばしている。その先にはマイク刀があり、刀身を両手で握り込み、柄の先にあるマイク部分を私の口元に寄せている。この際、筋道がどうとか、理屈がどうとかはどうだっていい。ただ私は掴み取った。大物Vtuberとの最初で最後のコラボの機会。
「『――――』」
響き渡る音色が周囲に蔓延る不協和音を調律する。倒すのではなく、心を動かすことで無力化する。こんな幸運はきっと後にも先にもない。私の人生の頂上だ。




