第55話 運命のダイスロール
旅館屋上に作られた神社。その境内にいる太っちょは、今まで苦楽を共にした円蒐のようでいて、円蒐ではない。その魂に居座り、操りし者の名は『天津甕星』。僕は逆張りの神と揶揄していたが、本質は星という概念そのものを擬人化した神だ。日本神話の新旧交代に直面し、旧側として最後まで逆らっていたのは有名なエピソードだが、こいつの神格を説明するにはそれだけじゃあ足りない。
「天津……なに? 強いの?」
雪女は持っていた牛乳瓶を地面に置き、戦闘に備えて身構えつつ、端的な質問を飛ばす。一から十まで説明する猶予はなさそうだったが、ちょうど言及しようと思っていた事柄だ。この際だから、敵の脅威を必要最小限で全員に共有しておこう。
「明けの明星……堕天使ルシファーと同格だと考えていい。同一人物かどうかは諸説あるが、星に関連した能力を扱えるという点は共通している。半端に関われば、消し炭にされるぞ。接触には細心の注意を払え」
「いやでも、旅館内って暴力NGだよね? 円蒐が何かに乗っ取られていたとしても、命の取り合いに発展することはないんじゃ……」
「大浴場でお前が暴力を振るわれたのに、暴力を振るった本人はスルーされていたのを忘れたか? あんなもんは百害あって一利なしのハウスルールだ。恐らく、女将が目撃したら黒。女将が目撃しなければ白という扱いになるはずだ」
「……じゃ、じゃあ、地獄を統べる王クラスと戦えと?」
「そういうことだな。悪いが、策を思いつくまで時間を稼いでくれ」
僕は雪女とのやり取りを通して、思惑を周知させる。耳が良ければ相手にも聞こえてしまっているのだろうが、どちらにしてもやることは変わらない。
「各々のダイスロールの準備をしろ。ゲームマスター」
この声はアイツらには聞こえない。目の前にはこの場にいる行動可能なメンバー分のダイス四つが用意されていた。
『突如現れた悪神……天津甕星に対する行動を決めよ。なお、敏捷性が高い順番からダイスロールを開始する。具体的な行動順は夜助、熟女、雪女、常闇の王とする』
僕の声に従い、聞き馴染みのある童女っぽい音声が場を進行する。TRPGなら胸躍る展開だが、これは俺の中だと現実だ。浮かれてはいられない。長らく黒幕に選ばれていた常闇の王という立場と肩書きから考えれば、天津を応援する立場だったが、僕は変わった。混沌に誘う側ではなく、混沌に光を照らす側だ。正直言って、ダイスが四つあっても足りない気がするが、ここでおくびを引いては王の名折れ。相手が同格だろうが格上だろうが関係ない。僕の口先八丁で切り抜けてやる。
◇◇◇
諸々の事情を考慮して、常闇の王の勝率は三割弱といったところか。決して有利な状況とは言えず、誰かしらを犠牲に払った上でようやく五分に持ち込めるぐらいの難易度のように思える。
その絶妙なバランスを作っているのは、他でもないミネルバだ。社の設定、ルール、イベントなどは彼女が担当しており、そこに旧き神々と迷い込んだ者たちという元々あった要素を上手く溶け込ませておる。
常闇の王の目線だと展開が雑で無能なように見えるが、常闇の王パーティ対天津甕星というマッチアップを作れるなら、道中の粗なんぞどうでもよくなる。
それに気付こうが気付かまいが、勝率には直結せんが、ミネルバの存在自体は極めて重要だ。対戦を左右するキーマンだと言ってもいい。使いようによって毒にも薬にも変わるが、そもそもとして彼女の居場所は不明。回数制限のある行動の中で見つけ出すのは困難であり、運よく連れてこられても思い通りに動くとは限らない。
だからこそ、興味がそそる。奴の一挙手一投足から目が離せん。
「さて……手腕を見せてもらおうか。TRPGの王」
◇◇◇
黒幕との接触イベントは、TRPGから切り離すことはできない。必ずと言っていいほど仕込まれており、ゲームマスターもあらゆるパターンを想定しているはずだ。生半可な選択肢を提示すれば、突き返されることになるだろう。
だが、この一点に関して言えば、僕は誰よりも造詣が深い自信がある。TRPGの黒幕側として登場した回数は尋常じゃなく、プレイヤー側の定石も攻略法も骨身に染みている。
奴らがどの段階から企画していたのかは分からんが、TRPGの経験と知識だけで言えば、僕が圧倒的に上のはずだ。ゲームマスターの思い付きで物語を紡ぐ才能は認めざるを得ないが、その場の機転だけで乗り切られるほど落ちぶれた覚えはない。
「夜助に説得させる。相手の動機を探らせるようにしろ」
地面にあるダイスを転がし、僕は要望を伝える。ここからは動作が簡略化されるはずだ。ゲームマスターの気分次第で変わるんだろうが、起こした行動に対する結果だけ淡々と伝えられるはず。問題は……運に恵まれるかどうか。
『出目は84。失敗。夜助は説得を試みたが、天津甕星は聞く耳をもたない。一歩ずつ着々と境内から迫っており、いつでも接敵できる状態を保っている』
一度目のダイスは空振りに終わり、状況は悪化する。とはいえ、最悪というわけでもなく、致命的な失敗を引かなかっただけ有難いな。もし、96~100を引いていれば、即戦闘に持ち込まれていただろう。
行動可能回数は残り三回。それまでの間に、天津甕星の突破口を見つけなければならない。今までの経験と知識が活きる展開に変わりないが、皮肉にもゲームマスターお得意の機転を利かせる能力を試されていた。
「だったら次は熟女を説得する。意味はそっちで勝手に判断しろ!」
半ば投げやりのように見える状態で僕はダイスを振るう。明確な意図はあったが、どうせ出目に左右される。口に出すだけ無駄だ。運と流れに身を任せるしかない。
『出目は35。成功。常闇の王の説得により、熟女は『原初の混沌』出身の旧き神だと明らかになる。女湯での出来事と同様に、命令に従う姿勢を見せている』
読み通りと言うべきか、熟女の正体が明らかとなり、行動できる幅が一気に広がる。身内ならおおよその能力は理解している。それをどう活かすかが問われており、僕に最終判断は委ねられていた。追加のダイスロールは恐らく行われず、35という出目がそのまま成功か失敗かを左右するはずだ。
「雪女を触手で拘束しろ。身動きを取らせるな」
指示に従い、熟女は雪女を拘束する。この場合、雪女のダイスロールがなくなり、行動可能回数は残り一回となる。その間にも天津甕星は迫っており、どこからどう見ても追い込まれているように見える。
だが、その計算に含まれていないものが存在していた。
「僕は社のシナリオを進行させる」
迫り来る窮地を肌で感じながら、僕はダイスを転がす。可能か不可能かは置いといて、試してみたいことがあった。
『出目12。成功。常闇の王は地面に置かれた牛乳瓶を床に転がし、流れ落ちる白い液体をペロリと舐めた。それを意に返さない天津甕星は、チワワの体を成す常闇の王に右拳を振るっている。常闇の王一行は行動回数を使い果たしており、天津甕星の凶行に対処することができない』
だが、予想は外れた。僕が期待していた逆説の接続詞は聞こえてこない。天津の拳は見る見ると迫っており、僕の取った行動は大失敗に終わる。気付けば、拳が鼻先をかすめるかどうかの距離まで近付いており、今の僕に成す術はない。
「――――」
そこに煌めいたのは、黒い斬閃。女将が身の丈に迫る黒い大剣を目の前の地面に突き刺し、盾のように扱っている。直後、ガキンという甲高い音が鳴り響き、拳は防がれているのが分かった。
粋な演出をしてくれるねぇ。いちいち説明しなくとも、見れば分かるでしょってことか。台詞口調で説明するかどうかはゲームマスターの塩梅にかかっており、このシーンだけは当人同士に任せると判断したはずだ。残るは……。
「社内の暴力はNG。罰として、神格を没収する」
女将はパチンの右手中指を鳴らし、指示を送る。請負は社に住まう全ての旧き神々。天津甕星の神格が高かろうと、一等星の如き輝きを放っていようと、関係がない。彼単体で宇宙は成り立たず、周囲を取り巻く星々があってこそ完成する。
「チワワ……如きに……」
「逆張るところを間違えたな。セーブ・ザ・キャットの法則から外れたものを世間は受け入れない。奇抜さと引き換えに道徳心に欠いた存在を僕は認めない。か弱い動物を平気で痛めつけるような野郎を……神々は決して許しやしないんだ!!!」
罰則の判定は旧き神々の同意のもと行われる。どれだけの支持者がいるかで成否は変わるが、僕は結果を確信していた。
「――――!!!!!」
天津甕星の足元に展開されるのは、無数の魔法円。もはや、造詣のある僕でも解読不能なほど入り組んでおり、古今東西に広まったあらゆる幾何学模様が重なっている。どんな効果を及ぼすか分からないが、それは黄金色の輝きを伴った。




