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ナナコChannel  作者: 木山碧人
第十一章 オクトーバーフェスト

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第51話 情報収集

挿絵(By みてみん)





「それで……わざわざ温泉を堪能しに来たわけではあるまい? 用件を言え」


 ざっくりとした自己紹介も終え、大浴場の湯舟に浸かる白髪髭面の巨人クロノスは話を進める。湯舟の底が尋常じゃなく深いのか、本来なら絶望的な身長差があるはずだが、チワワの状態の僕と顔を合わせて話し合える構図になっていた。


「三本指の化け物について知っていることがあれば教えてくれ」


 冗談を言い合えるような関係性でもなく、僕はここへ来た用途をそのまま口にする。知りたいことは山ほどあるが、最優先は円蒐をさらった化け物を把握することだ。仮に脱出する条件が揃っていたとしても、仲間が欠けた状態で先に進むわけにはいかない。旅館のギミックも気になるが、後回しでもいいだろう。


「教えてやらんこともないが、タダでとは言わんだろうな」


「僕に一つ貸しならどうだ?」


「丸くなり、力の大半を失ったお前さんのか? 冗談も大概にせい」


 いつもなら通る交渉だったが、なかなかに痛いところを突いてくる。クロノスの仰る通りで、恐らく今の僕に大したパワーはない。現実世界に戻ったところで全盛期と同じ状態に戻る保証はなく、貸しとしての価値は極めて低かった。今の僕にできること言えば、同族に命令を下せることぐらいだろう。他はチワワの延長線上でしかなく、神目線からすればゴミ以下だった。


「だったら、何が欲しい。否定するなら対案を出せ」


「であれば、女湯にいる仲間と引き換えというのはどうだ?」


 息を吐くように提示された条件は、邪悪そのものだった。僕が言えた義理じゃないが、道徳心の欠片もない取引と言える。その代わり、一度交わした約束は律儀に守るはずだ。口振りから考えて、何らかの答えを知っているようだし、雪女さえ差し出せば、円蒐を取り戻せる確率は高いと言えた。


 受けるにせよ断るにせよ、取引の土俵に立ちたいなら欲しいものと釣り合う何かを差し出せということだろう。代償を支払わなければ対価を得られないのは当然の摂理であり、神同士であっても変わらない。その前提条件の上で何を提示するかが重要であり、チワワとなった僕の唯一と言っていい腕の見せ所だった。


「雪女は差し出せない。代わりと言ってはなんだが、それと同等か、それ以上のものならどうだ?」


「言ってみろ」


「僕が攻略した独創世界二つの所有権。一つは和風、もう一つは洋風。具体的な中身は開けてみてのお楽しみってところだな。言うまでもなく、一般的な人間サイズの舞台だが、あんたなら体格に合わせて調整できるんじゃないか」


 提示した条件に対し、クロノスは顎髭を手で触り、思案している。これでも駄目なら今すぐ差し出せる手札がなくなるが、そん時はそん時だ。なくても自力で探すという選択肢もあるし、雪女が手掛かりを見つけるかもしれない。


「……乗った。それがしの知っていることであれば、嘘偽りなく教えてしんぜよう。口にできぬものもあるが、出来る限りのことはしてやる」


 ただ、意外にもクロノスは快い反応を示し、取引は前向きな方向に進む。


「じゃあ、早速だが――」


 これでなんの憂いもなくさっきの情報を聞き出せると思っていったが、そう簡単にはいかなかった。


「きゃああああああ!!!!」


 隣の女湯から響き渡るのは聞き覚えのある悲鳴。雪女が前もって忠告していた通りの展開が起きようとしていた。


 ◇◇◇

 

 クロノスに一言断りを入れ、僕はチワワの容姿を盾に使い、女湯に直行。そこには予想通りと言うべきか、女神たちが湯舟に浸かっている姿が真っ先に目に入った。正直言って、そんなものはどうでもよく、雪女の安否が心配だった。


 ただ、どこを見回しても、あの奇抜な雪男スーツを着る女性の姿は目に入らない。というか、浴場に入るんだから、服を脱ぐのは当たり前か。だとしたら、最悪の状況と言えるな。僕は雪女の中身を知らない。姿形で一致させることはできず、唯一判別可能なのは声ぐらいだった。


「は、放してっ!!」


 そこで耳にしたのは紛れもない雪女の声だった。すぐさま声のした方へ振り向き、考えるよりも先に身体が動く。見えてきたのは、短い銀髪に赤い瞳をした少女と、触手っぽいものを無数に伸ばしている黒塗りの化け物の姿。雪女がどちらなんていうまでもなく、周囲の女神たちは見て見ぬ振りを続けていた。


「説得を試みる。ダイスの準備をしろ」


 僕はあらゆる可能性を考慮し、良い出目が出せる前提で保険をかける。ダイス無しで話を進めることも可能だろうが、それは言葉が通じればの話だ。即戦闘に発展する可能性も高く、行動できる回数には多かれ少なかれ制限がある。一発で決めるなら良い出目を引き、説得にバフをかけるしかなかった。


 そうこう考えているうちに周囲の時間は停止。目の前には100面ダイスが現れ、僕はもったいぶることなく、チワワの手で賽を転がした。


『出目は16。成功。常闇の王は相手が同郷であることを思い出し、言葉ではなく精神に問いかけた』


『手を放せ、痴れ者。誰の御前だと心得る』


 優秀なガイドに従い、僕は相手の精神に感応し、かつての威厳を心置きなく発揮する。それに応じて、黒塗りの化け物の触手は止まり、引っ込めていった。目的は不明だが、敵意はなくなったようで大浴場の隅の方へそそくさと移動している。


「……災難だったな。どうやら僕の姿にビビったようだ」


「冗談にしか聞こえないけど、不思議と冗談とは思えない」


「まぁ、なんにしても、今みたいな奴が来たら気兼ねなく呼べ。いくらか役に立てるはずだ」


「それって……」


 何かを口にしようとするが、雪女は頭を左右に振り、余計な思考を振り払っているのが見えた。


「いや、なんでもない。遠慮なくそうするね」


「ああ、そうしてくれ。こっちは手掛かりを見つけたから、お前は温泉を満喫しろ。旅館攻略のヒントになるかもしれないからな」


 情報収集しないと駄目だ……なんて後ろめたい気持ちがなくなるよう必要最低限の気配りをし、僕は女湯を去る。特に気にかける心配もなかったようで、雪女はすぐに湯舟に浸かり、登山の疲れを癒そうとしていた。


「…………」


 その去り際に感じるのは鋭い視線。先ほどの黒塗りの化け物が、大浴場の隅っこからこちらを睨みつけていたのを僕は見逃さなかった。

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