第49話 常闇
視界に広がるのは常闇。巨大生物の喉奥に流し込まれたはずなのに、生暖かさや生臭さを一切感じなかった。それどころか、無限に奥行きが広がっているとすら思え、宇宙のど真ん中にポンと放置された気がした。
仮にその予想が正しいなら息もできないし、自由に動けないし、放射線も……と一瞬考えたけど、そんなことはなかった。呼吸はできるし、身体には適度な重力が働いてその場に立てている。放射線に関しては分からないけど、この感じなら見せかけの可能性が高い。
「すぅ……はぁ……」
深く息を吸い、吐く。猛毒を吸い込む可能性があったけど、私は鬼だ。人並み外れた耐久力があり、人間に比べれば無理が効く体だった。どんな病もへっちゃら……というわけではないけど、私の身体は上変化草の副作用によって、10年前の状態に戻っている。健康体そのものと言え、生半可な状態異常には打ち勝てる自信があった。
(落ち着け、私……。まだ負けたわけじゃない)
震える両手をグッと握り込み、生きていることを実感する。唯一の得物は外に置き去りにしたままだけど、身体が動くならいくらでもやりようはあった。
まずは所持品の確認。使えそうなものがないか、自分の身体を手で探る。一通り調べた上で最後に触れたのは、胸元に装着した肩掛けのホルスター。そこに収納される携帯を取り出し、画面を覗き込んだ。
そこに映し出されるのは不安や絶望を表現するコメントの数々。どうやら電波は繋がっているらしく、奇跡的に生配信は継続されているらしい。同時接続数や高評価の数を気にしている余裕はなく、私の頭は配信者モードに切り替わっていた。
「もう諦めてしまうのですか? 最前線に立たず、自らに危険が及んだわけでもなく、安全圏で画面越しに見ているだけだというのに」
面白いか、面白くないか。そんなものはどうだっていい。人類の存亡がかかった戦いにエンタメは必要ない。ありのままを実況すること。それが私に課された役割だと信じ、言葉を選ぶことなく、思ったことを素直に告げる。
あれだけ流れていたコメントがピタリと止まった。勢いが明らかに弱まり、私の声が多かれ少なかれ届いたのが目に見えて分かった。視聴者が何を考え、どう思っているのかは分からないけど、聞き入る体勢になっているのは確か。Vtuber『鬼龍院みやび』ではなく、何者でもない私が注目を浴び、何を発信するかを良くも悪くも心待ちにしている。
心地いいプレッシャーを感じる。何人に私の言葉が届くか分からないけど、事件の規模を考えれば、『みやびフェス』の比じゃない人数が視聴している気がした。だってこれは、アイドルが歌って踊るだけで済む話じゃなく、全人類に関係するコンテンツだ。大規模な地震が起きた場合や、戦争が始まったレベルの注目度があり、アイドルの垣根を越えて老若男女問わず幅広い人を惹きつけているはず。恐らく、世界人口の半数以上から見られていると思っていいだろう。だけど、それを誇らしいとは全く思わない。自分の実績だと誇示したくはない。他人の不幸で人を集めて、それをあたかも自分の手柄かのように振る舞うのは鬼畜のすることだ。自力で掴み取ったものとは口が裂けても言えず、私が目を向けるべきは数字でなく、視聴者の心だった。
「見ての通り、私は生きています。化け物に飲み込まれようと、こうして生配信をしています。まだ勝負は終わったわけではありません。人類が滅亡したわけでもありません。今後の人生を諦めてしまうにはまだ早い」
カメラを内向きに設定し、ライトで照らし、私の存命を報告する。画面に映し出される自分の姿を見た限り、幸い目立った怪我はなく、四肢が欠損しているわけでもない。あのタコ型の化け物が何を目的としているのか分からないけど、ここから出られそうにない以外は何もかもが私にとって都合がいい環境だった。
だからこそ考えるべきは、説得力のある次の一手。配信者は口が回ってなんぼの世界だけど、行動が伴わなければビッグマウスで終わる。成功に終わろうが失敗に終わろうが、目標を達成しようとする姿勢を問われており、そこをおろそかにする人は総じて伸びなかったのを肌感覚で知っている。
今の私は配信者として何の実績もない。一度ボヤ騒ぎを起こしたぐらいで、世間の大半の注目を集める器ではない。爪痕を残せるかどうかは運が絡むから深く考えても意味ないけど、苦境に立たされた時の立ち居振る舞いは見られている。ここで背を向けては、配信者として一生見向きもされなくなるだろう。配信開始ボタンを自分の手で押した時点で、関係なかったでは済まされない。
その上で何をするか。どんな行動を起こし、今の状況を立て直すのか。正直言って、私一人の力じゃ足りない。視聴者の声を力に変える……なんて都合のいい能力は開発していない。ここで頼るべきはたった一人。インターネットで繋がっているのなら、私の声はきっと届く。
「反撃の狼煙を上げましょう。ここは頼みましたよ、ユースタス!!!」
◇◇◇
テレージエンヴィーゼ上空。そこには、白を基調とした拘束着を身に纏う白髪白眼の少年の姿が小結界の上に立っていた。両手両足の拘束は解除されており、手元には携帯があり、広場の惨劇には一瞥もくれず、画面に夢中になっていた。
「名指しされたなら仕方ない。頼まれてあげるか」
密かに高評価ボタンを押し、手元の邪魔になる携帯を小結界の地面に置く。両腕を突き出し、白いセンスを纏い、ユースタスは詠唱を開始した。
「天地神明にあまねく悪行、旧き神々に終焉をもたらし、全知全能を恐れ戦かせた災厄をここに具現せん。――来い、テュポーン!!」
少年の眼前に生じるのは、数百メートル級の巨躯。上半身は野性味溢れた人間、下半身は蛇の形をしており、右手には禍々しい斧が装備されている。そんな人並み外れた化け物は広場に投下され、タコ型の化け物に対し、容赦なく斧を振り落とした。




