第48話 魔眼
『魔眼には基本的に呪いと加護の二種類が存在する。発動条件には個人差があるけど、問いかけもなしに発動するタイプが呪い、相手の同意を得ることで発動するタイプが加護という印象ね』
脳裏に思い浮かぶのは、魔眼の使い手リーチェの発言。長い銀髪に尖った耳をした黒いロングコートを着た姿で講義をしている。場所は超常現象対策局が管理するブリーフィングルーム内だった。
『基本的にということはつまり、例外があるのでしょうか? リーチェ様』
あたしは黒服姿で席に座り、片手を上げて質問している。他に生徒はおらず、マンツーマンで指導を受けていた。
『いい質問ね。何事にも例外はつきもの。魔眼に備わる能力によって二種類の枠に収まらないケースも当然存在する。私の反転の魔眼なんてまさにそうで、その性質上、能力が呪いに該当したとしても、結果的に加護に変わる。私個人が世界を呪っても、結果的に世界は幸福になるって感じね』
『なるほど。それで言語が……』
『ただまぁ、話しておきたいのは私個人の話じゃない。今のは前置きと言うか、呪いと加護の延長線上でもあるし、厳密に言えば三種類目には該当しない。本当のレアケースは、ある特定条件が揃った時に発動する』
『というのは?』
『魔眼同士が睨み合った時、呪いと加護の概念は湾曲する』
◇◇◇
純血種以外で異世界人の血を引く者は、褐色肌、赤髪、黄髪、青髪などの奇抜な色味に現れるらしい。世界人口から考えれば少数派に位置しているものの、今となっては珍しくなく、『混色人種』と呼ばれ、人々に浸透しつつあった。
受け入れられているかどうかは国や個人の思想によるとして、重要なのは赤髪のあたしは異世界人の血を引いているという点。真偽や経緯はさておいて、あのクソったれな両親に今日ばかりは感謝しなければいけなかった。
「「――――!!!!!」」
魔眼は拮抗する。生じた呪いは可視化された物理的なエネルギーとなり、周囲に散乱し、陥没された道路を更に深く抉っていった。色味は紫。赤と青を混ぜ合わせた結果、光の色相が変化する現象……加法混色に似ていた。
魔眼同士が衝突することで性質が変化し、リーチェ様の言う三種類目が生じる結果となった。呪いと加護という概念には縛られず、あたしたちの戦いには新たなエッセンスが加えられていた。
偏光。光が特定の方向に振動する状態を示す用語。リーチェ様曰く、魔眼は見えない光子を飛ばすことで発動し、魔眼同士が睨み合った場合、光子が結合し、可視化され、周囲に散乱して、物理的な破壊をもたらすらしい。レーザービーム同士をぶつけて、それが散らばる感覚。いわゆる、瞳術の押し引きが発生する。
対象指定型の呪いなら、先に当てた方が有利。ただ、それに抗う術を互いに持っており、魔眼を有していることによって、攻防と読み合いが発生する。結局のところ魔眼ってのは、呪いや加護がどうこう以前に『光子を操る能力』なのかもね。おかげで見られたら終わり、みたいな理不尽な要素はなく、同じ土俵で同じルール。極めてフェアな状態であり、これで負けては言い訳ができなかった。
「類まれな意思能力に加え、魔眼も発現させたか。……見事」
「褒めても何も出ないから。それより自分の心配をしたら? 性悪男!」
魔眼の拮抗は激しさを増し、散乱した偏光は陥没した道路を突き抜け、周囲の建物を次々と貫通し、マンションやビルが倒壊していくのが横目で見えた。被害者のことを考えれば居た堪れない気持ちになるけど、ここで戦うのをやめれば、更に大勢の人が死ぬことになる。それは何が何でも阻止しなければならない。後でパパに殺される運命が待ち受けているのだとしても、歯を食いしばって、気張るしかなかった。
そんな中、抗いようのない生理現象があたしたちを襲う。開き続けた目が乾き、見る見ると閉じようとしているのがルドルフを通して理解できた。その際にわずかな隙が生まれる。まばたきのタイミングを合わせる合わせないは置いといて、次の攻防のターニングポイントになるのは確か。魔眼は相手の視界に入らなければ基本的に発動せず、一度仕切り直した状態で再び偏光の攻防が発生するのは間違いなかった。
「「―――」」
次の瞬間、あたしたちは同時に目を閉じた。魔眼の強制的な休憩時間に突入し、予期した暗闇が訪れる。現在のあたしは右肩でアンナを抱え、箒は地面に落ち、ナイフは既に投げてしまっている。使えそうな武装は箒ぐらいで、不確定要素の多い意思能力に頼るわけにはいかない。
そこで思考を切り上げ、あたしは目を閉じたまま、感覚を頼りにして、地面に落ちた箒に手を伸ばす。棒を握り込んだ確かな手触りがあり、これで音速弾に対して返しが可能な状態になった。
ただ問題はどこで目を開くか。敵は気配を完全に消しており、足音もせず、どこにいるかが見当もつかない。感覚系を極めた人なら分かるんだろうけど、生憎、あたしの系統は芸術系。敵の気配を察知する芸当は得意と言えなかった。センスを薄く引き延ばせば探知は可能だけど、その分、攻防力に回す余裕がなくなる。裸で戦っている状態と同じであり、満遍なく体表面にセンスを覆った状態を維持する今の状態の方が、致命傷を防ぐ確率は高かった。
敵に位置を知らせてしまうことになるけど、音速弾を持つ相手に気配を絶つのは正気とは言えない。仮にあたしの位置を絞らせないためにセンスを消したとしても、ルドルフが目を開くタイミングを完全に見切ることは物理的に不可能で、初動で負けている相手に対して取る戦法じゃない。だからこそ、今の状態がベストだとあたしは感じていた。
「…………」
その時、背後から忍び寄る足音が聞こえる。わざわざ遠目から音速弾を使ってくることはなく、距離を詰めることにこだわっている。……それは、なぜか。恐らく、離れた距離から音速弾を撃っても、気配と音で先バレする。箒があれば十分対処可能であり、敵もそれに気付いた。だから距離を詰めた。箒を払うことができない超至近距離まで近付き、音速弾を放てばあたしは成す術がない。ナイフならまだしも、箒の取り回しの悪さと腕の関節の可動域を考えれば、密着の対応は難しかった。
振り返り、箒を振るうのでは遅い。すでに拳が迫っている感覚があり、音速弾を超える初動の技は持ってない。偏光を利用することも考えたけど、相手が目を開いているかどうかに依存し、仮に目を閉じていれば、ゲームオーバー。行動できる時間的猶予がなくなり、その頃には音速弾があたしとアンナを八つ裂きにしている。
これ以上思考する時間はなく、すぐにでも切り上げて行動に移さなければ、何もせずに一方的に殺されてしまうことになる。それだけは避けたい。ここで死ぬのだとしても、何らかの爪痕を残して死にたい。だったら何をするべきか。あたしが知り得る情報をどう活用すれば、この窮地を乗り切れるのか。答えは思いつくよりも体が先に知っていた。
「――――!!!」
あたしは振り返り、目を見開く。そこには目を閉じたルドルフがおり、あたしの目論見は空振りに終わったように見えた。魔眼の拮抗……偏光狙いの事故待ち。相手の行動に依存した策が失敗に終わったかに思えた。
だけどあたしは、魔眼の常識そのものを疑った。異世界人や魔眼の情報は、科学に比べればオカルトじみており、実体験に依存するものが多い。各々の主観によって解釈が左右され、学術的な論文が更新され続けているわけじゃない。
リーチェ様が正しいと言ったからといって、あたしにとって正しいとは限らない。常識に縛られているうちは、その外側に出ることができない。100点は取れるかもしれないけど、120点を取ることは不可能になる。
だから――!!!
「……っっ!!!!?」
ルドルフの表情は歪んでいる。目を閉じたまま、起きた現象を理解している。その時にはもう手遅れだ。あたしはものにした。相手の行動に依存せず、自分の力だけで発動してやった。理屈や再現性を詰めるのは後からでいい。ただ結果として、あたしが望んでいた事象が目の前で起きていた。
光速は音速を上回る。
「あたしを型にハメないで。魔眼は呪いと加護だけじゃないから」
視界の先にいるのは、胴体部分が射抜かれたルドルフだった。




