第47話 現実
足元に転がっているのは、無数の巨大なタコ足。うにょうにょと動いており、切り落としたと言っても油断ならない。そもそも、本体は生きており、仮にアレを倒せたとしても、ワームホールは閉じてないし、同程度の化け物が残り三体いる。
『――――』
そうこう考えている間にも、正面にいる化け物は触手の如く足を伸ばす。私は空中で身を逸らし、敵の攻撃は空振りに終わる。代わりに、近くにあった観覧車が被害に遭い、軽く握っただけで折り砕かれていた。敵は意思の力を纏っていないにもかかわらず、とんでもない火力。いくら鬼の膂力とセンスを重ね合わせたとしても、掴まれた時点でゲームオーバーなのは目に見えていた。
この一部始終は、私の紅白の袴の胸元に備え付けられた携帯によって全世界に配信されている。盛り上がっているかどうかは分からないけど、そもそもとして、あの化け物やワームホールを野放しにすれば、人類が滅亡するのは確か。高評価1億を得るという目標を立ててはいるものの、気にしている余裕はない。
「……猛り狂え、久遠の導き手」
私は短い詠唱を添え、握り込んだ槍の柄の上下を手首で捻って回転させる。それにより、滅葬具の封印は解かれる。決戦形態に移行し、真の姿を現す。
『――――』
顕現したのは赤火大蛇。無情名詞ではなく、有情名詞。【火】の概念消失によって、普段の力の半分も出せないけど、今回に限っては都合がいい。周辺を焦土と化す心配はなく、被害は最小限に留めることができる。
体躯はタコ足の化け物と並ぶ数十メートル級。向こうがデカさで勝負するなら、こちらも同じ土俵で戦うまで。残り三体を義足の男が引きつけてくれている間に、私は私のやるべきことを全うしなければならない。
「小手先の戦闘は任せましたよ。私は――」
動き出す朱色の大蛇の背中を駆け上がりつつ、敵との距離を詰める。襲い来るタコ足の対処は任せ切り、得物を持たない私は次の一手にだけ意識を集中させていた。敵の素性は不明なものの、生き物であるなら有効のはず。失敗すれば背骨を折り砕かれて終わりだろうけど、ここまで来た以上、引き下がることはできない。
『…………』
蛇の背中を上り切り、見えてきたのはタコっぽい頭。そこに向かって私は思い切って跳躍する。無数のタコ足が飛んで火にいる私に向かって伸びてくるも、蛇の牙と顎がそれらを噛み砕く。赤熱を伴い、それが追い風となって私の背中を押し、グンと距離を詰め、気付けば手が届く距離に敵の顔があった。
「――奇魂!!」
右手人差し指にセンスを集中させ、額と思わしき場所に突き立てる。化け物であろうと心があるなら分かり合える。そのきっかけを与えられさえすれば、必ずしも倒す必要がないかもしれなかった。
『…………』
意思能力の発動条件は確かに満たした。欠けていると思わしき一霊四魂の一部を刺激し、『智』の働きを活発にさせようと試みた。
「……っっっ」
だけどそれは失敗に終わった。タコの口に私は吸い込まれ、目の前には一寸先も見えない常闇が広がっていた。
◇◇◇
死の淵にいたアンナから願い事を託された。『非業なる子供達』なる存在が明らかとなり、不運な死を遂げる運命にある子供達を幸せにするように言われた。『はい』とも『いいえ』とも言っていない。どちらに転ぼうともあたしに責任は生じない。だけど、あたしが未来で産むかもしれない子が絡んでいるのなら、見て見ぬ振りはできなかった。
「…………」
構えるのは、毛先の長いヤシ葉の箒。跨れば空を飛べるなんて、ステレオタイプな魔女めいた能力は付与されていない。受けた攻撃を生命エネルギーに変え、箒となる前の木に戻し、特殊効果を付与することが可能だった。
今思えば、あれこそが『逆巻く運命』の予兆だったのかもしれない。結果だけ見れば、加工後の箒から加工前の木になっていたのだから、時間は巻き戻っているといっても過言じゃなかった。
とはいえ、覚え立ての能力をどこまで実戦で扱えるか分からない。すぐにガス欠になるかもしれないし、規模を大きくすれば取返しのつかないことになる気がしていた。だからこそ、試すべきは……。
「まずは小手調べといこう」
陥没した道路の底、その対面にいるルドルフは左拳を空中で数度空振りする。それに伴い生じたのは、音速の意思弾。威力自体は大したことないものの、自然現象が味方をし、ソニックブームが発生。土埃を巻き起こし、あたしの身に迫る。まともに受ければ、鬼になったあたしでもタダじゃ済まない。
「埃を巻き上げる能力? 小手調べにしても杜撰ね」
しかし、あたしは無傷で済んでいた。箒を払い、土埃に関連する物理現象をなかったことにした。能力は単純明快。
「『掃除』したか。箒の原理原則に基づいた内容。イメージ力と密接に紐づいていることにより出力が補強され、メイドという属性とも相性がいい。いくら私が音速弾を飛ばしたところで、土埃が発生する以上、無効化されるだろうな」
ルドルフは感心した様子で能力を考察している。不利な条件が揃っているはずなのに余裕が一切揺らいでいない。正直、イラッとしたけど、他にも手の内を隠し持っているのは間違いなさそう。それが何か判別はつかないけど、彼の口振りから考えるに、敵の能力の一端を封じられたのは確かだった。
「降参する? それとも――」
「だからどうした」
会話は成立せず、ルドルフは右手に握る大太刀を乱雑に振るった。幾重にも斬閃を走らせ、こちらには届いていなかったものの、嫌な予感があった。
生じるのは、飛ぶ斬撃。青い色味を帯び、音速ほどではないものの、私の方へ迫ってくる。先ほどとは違って土埃は上がっておらず、アレを『ゴミ』だと判定できるかは怪しい。それになにより……。
「ちっっ!!」
あたしは地面を蹴りつけ、後退し、アンナを右肩で抱えて回収する。飛ぶ斬撃の狙いは再起不能状態のアンナにあり、掃除不能と判断し、避けていれば、彼女のがバラバラになっていた。戦闘を長引かせるほどそのリスクは増していき、言ってしまえば足手まといになってしまっていた。
「…………」
それを見逃さないルドルフは、いつの間にかあたしの背後に回り込み、行く道を塞ごうとしている。音速弾か、飛ぶ斬撃か。どちらにしても対処が難しい体勢にあり、面倒なことこの上ない。だからといって、アンナを見捨てるわけにはいかず、敵の掌の上で踊っているような状態だった。
「この……!!!」
あたしはとっさに箒を手放し、スカートに手を突っ込み、投擲する。放たれたのは、黒いナイフ。ナナコ戦で使われたものであり、世界最硬度の鉱物が使用された得物。敵の予想を上回ることは難しいかもだけど、多少の時間稼ぎにはなる。そんな楽観めいた目論見を立て、結果を見守っていると、敵は易々と予想を超えてきた。
「―――」
ナツキの両目に輝くのは黄金色の瞳。それがあたしを見つめており、何らかの能力が行使されたのが肌感覚で分かる。詳細は不明なものの、大元となるものは知っている。噂で知っている程度のものじゃなく、少し前まで身近にあったもの。異世界人の血を引く者が継承されるもので、瞳術に該当する。その正体は……。
「魔、眼――」




