第44話 足並み
『赤霊山』の九合目にある氷壁から現れたのは塔。僕たちは足を踏み入れ、頂上に繋がっていると思わしき螺旋階段を歩んでいた。壁際には等間隔でランタンが備え付けられており、周囲や足元を照らし出す光源となっている。
登攀で壁を登ることに比べれば楽ちんというか、僕たちにとってあまりにも都合がいい。階段の一部がスイッチになっていて、踏んだら罠が発動するようなイベントもなく、ここまでの道のりは極めて順調だった。
塔は吹き抜けの構造上、階段からでも大まかな全体像を把握することができ、何かしらの障害となりそうなスペースが三ブロックほどあるのが分かる。階段と階段の間に生じた部屋のような構造となっており、視覚的にも物理的にも中を確認することはできない。最低でも三回、何らかのイベントが起きるのは確定だろうが、裏を返せば、それ以外の場所は安全圏だと思って良さそうだ。
「前もって確認しておきたいが、お前らは何が得意分野だ」
階段を上りつつ、先頭にいる僕は、背後にいる面々に問いかける。個々での掘り下げはやったが、全体の情報共有は終わってない。知っていることと知らないことのバラつきがあり、ここらで足並みを揃え、次に備えるのが最善だと考えていた。
「俺は金に関する興味関心が強い。富全体の流れを追う経済学よりも、自社の金の流れを管理する経営学に知識が寄っている。特に実践的な資金繰りや財務戦略などはお手の物だな。これが何の役に立つか分からんが、他は素人と言ってもいい。骸人の性質上、人間に比べれば腕力や耐久力に優れているが、おまけ程度だろうな。見ての通り、鍛錬を怠っているからこそのわがままボディだし、戦闘に特化したプロには敵わんよ」
僕の真後ろにいる円蒐は腹をポンと叩き、自身の状況をなんの遠慮もなく語っているのが伝わる。性格から考えて、ここで情報を出し惜しむような輩じゃないだろう。流れるように後ろへ視線を送り、次は雪女にバトンを渡していた。
「私は戦闘以外に取り柄無し。以上」
雪男スーツを着る雪女は、必要最低限の言葉で会話を終える。込み入った事情を話す気はないらしく、この進捗度でこの態度なら彼女と打ち解けるような展開は訪れないだろうな。ターニングポイントは雪女の命綱の提案。それを断ったことで、取返しがつかないレベルで好感度に亀裂が入っているのが分かる。
だからといって悲観的になる必要もなく、会話が成立しているなら、こちらとしてはやるべきことをやるだけだった。
「僕は神学やオカルトに強い。特にクトゥルフ系の神話に関しては専門家レベルのはずだ。……他はチワワだな。腕力や耐久力は人間にすら劣る」
語る必要のない常闇の王関連の情報は包み隠し、僕は素直に現状のステータスを語る。当然というべきか、最後方にいる幽霊のアオは、会話に参加することなく、無言を貫いていた。
話していて分かったことだが、アオを除いた三名は意外にもバランスが取れている。心技体と言えばいいか、正常な目と良識を持つ円蒐は心。魔法や魔術や超常現象に専門的なアドバイスを出せる僕は技。実際に行動に移せる雪女は体と言った具合だ。無理やり当てはめた感もあるが、得意分野が被ることはなく、各々が苦手とする分野を補完する形になっている。
それらを考慮に入れた上で、今後のことを考えれば、指揮系統を決めておいた方がいいだろう。
「恐らくだが、この塔は僕の得意分野だ。道中で何らかのギミックが発動した場合、僕の指示に従ってもらった方が生存率が高いと思われる。チワワに命令されるのは嫌かもしれんが、巡り巡ってお前らのためになるはずだ。だからこそここで確認を取っておきたい。……僕の指示に命を懸けることはできるか?」
込み入った話に対し、場が静まり返ったのを肌身で感じる。即答できなくても無理はなく、生死に直結する問題を間髪入れずに答えられる奴の方が少ない。他二人の命綱を僕が握ることになり、その同意を得るには相応の信頼関係が必要だと聞く前から分かっていた。
賛同されなくても受け入れる所存だ。ここは独創世界だと言っても、彼らは駒でも奴隷でもない。自由意思というものが存在し、単一化された世界から逃れた並行世界の住民だと言っても遜色なかった。
以前の僕なら蔑ろにできただろうが、今の僕は違う。どちらに転んだとしても、個々が下した判断にケチをつけるつもりはなかった。
「俺は……お前に命を預けるぞ、チワ公。もし、指示を聞かなかったら今頃、赤霊山の麓で発見される身元不明の遺体になっていただろうからな」
やや間を置いて、円蒐は快い反応を示した。今までに築き上げた関係性のおかげというべきか、どこかむず痒い気持ちもあったが、悪い気はしなかった。
「私は指示を聞かないよ。命を預けられるほど仲良くないから」
一方の雪女は否定的な反応を示している。道中での出来事を振り返れば気持ちは分かるというか、それはそうだよなという感想しか浮かばなかった。彼女の意見を矯正させるつもりは一切なく、右向け右と言った場合、各々がどういう反応を示すか、あらかじめ知っておくことが重要だったと言える。危機的状況に陥った場合、仲間の行動パターンを把握しておかなければ、全滅する確率が上がるからな。右向け右と言った場合、雪女は左を向くなら、それ自体を作戦に組み込めばいい。『分からない』と『分かっていてやらない』には明確な壁があり、その壁を取っ払うことがこの会話の最大の目的と言えた。
「各々の意見は理解した。何か面倒な出来事が起きた場合に毎回指示を出すようにするが、従うかどうかはお前に任せる。円蒐に関しては僕と一蓮托生だ。ある程度のリスクを承知の上で、一緒に崖から飛んでもらう」
「おうよ!」
「はいはい、了解了解」
反応に落差があったが、会話は一段落つき、僕たちは階段を急がず焦らず一歩ずつ噛みしめるように進めていく。良くも悪くも攻略が終われば別れることになるのか……という寂寥感があったが、メタ的事情を口に出すことはできない。彼らにとってはここが現実世界なのであり、異世界のそのまた異世界から来た僕が伝えるのは野暮ってものだった。
SAN値が下がる可能性があるってのも理由の一つだが、今や彼らに情が湧いてしまっている。認めたくないが、僕の強みでもあり、弱点にもなりつつあった。もし、彼らを人質に取られた場合……なんて考えたくもないが、今までとは違って屈服してしまう可能性すら存在していた。
八合目の浄化の水を浴びた時点で僕は精神的に敗北しているのだろうが、彼らを利用されれば首根っこを抑えつけられれば、物理的にも敗北する。無理な命令も従わざるを得ないケースも存在し、第一級悪魔たちのペットに成り下がる未来もあり得た。そこまで見越していたなら恐れ入ったが、考えたくないな。今はただ与えられたゲームを攻略することだけに頭を使いたかった。
「「「「…………」」」」
そんなこんなで僕たちは最初の部屋に到達する。階段の最上段で横並びとなって互いの顔を見合わせ、こくりと頷き合い、円蒐が扉に手をかけた。そこに広がっていたのは……。
「温泉街、だとぉ!?」
見えたのは湯煙が上がる純和風の街並み。こじんまりとした部屋の中には、更なる独創世界が展開されていた。




