第43話 目指す場所
僕と円蒐はダイスロールと登攀技術により、岩壁と氷壁をよじ登った。『赤霊山』の八合目から九合目の間の障害を突破した。その先は登山道に通じており、正規ルートで攻略していた雪女と合流し、九合目を目指す道中だった。
「よく登れたね。素人には無理だと思ってた」
赤い体毛が特徴的な雪男風スーツを着る雪女は、淡々と話を切り出した。顔面も着ぐるみで覆われているため表情は読めず、感情が一切こもっていない。元々こういう性格なのか、協力を申し出を断ったことが尾を引いているのか不明だが、感情表現は苦手に見えた。
「俺とチワ公の相性はバッチリだからな。向かうところ敵なしだ」
一方、感情表現が豊かな円蒐は、右腕で力こぶを作り、左手で生じたこぶをポンポンと叩き、歯切れよく喋っている。そのトーンのまま雑談を開始しており、別れてから合流するまでの間に起こったことの意見交換をしていた。
「……」
僕はそこから数歩後ろに下がり、二人が見える距離に位置しながらも、声が届きにくい場所にいた。なんの考えもなしに後列に移動したわけじゃなく、当然ながら明確な思惑があった。
「おいらになんか用かい?」
二人には見えない幽霊……アオは空気を察して声をかけてくる。ここまで目立った活躍はなく、情報開示も一切ない。雪女のエピソードトークで何となく正体は予想できたが、まだまだ謎に包まれていた。
「頂上も近い。ここらでお前を知りたいと思ってな」
「いいね。なんでもは答えられないけど、聞くだけ聞くよ」
アオは相も変わらず登山に向かない白のTシャツに黒の短パンに紺のスニーカー姿で、頭の裏で両手を組みながら、スキップするようにつま先を上向かせ、ルンルン気分で登山を楽しんでいるのが伝わってくる。
緊張感の欠片もないな。幽霊だから仕方ないのかもしれないが、死が隣り合わせの『赤霊山』を物見遊山で観光しているように見えた。
「じゃあ、単刀直入に言わせてもらうが、お前は雪女の恋人か?」
質問に対し、アオの足取りはピタリと止まる。答えだと口にしているようだったが、ここにきてようやく彼のパーソナルな部分に触れられた気がした。
「……だとしたら、どうする? 嫉妬でもするかい?」
再び歩き始めたアオは、平静を装うように余裕ありげに聞き返す。
「いや、人間の色恋沙汰に興味はない。見ての通り種族が違うからな」
僕は足並みを揃えながら受け答え、「まぁ、それもそうだね」と適当な相槌を返されつつ、話はなんの進展もしないまま平行線をたどる。いまいち掴み切れない性格にヤキモキする気持ちもないことはなかったが、あらかじめ予想できたことだ。ここで焦っても意味はなく、一つずつ丁寧に言葉を積み上げるしかなかった。
「……ともかく、今の件はいったん脇に置くが、お前はどこの世界の住人だ?」
「というと?」
「ここは骸人と呼ばれるあの太っちょのような人外が支配する世界らしいが、どう見てもお前は人間だよな。別世界から神隠しにでも遭ったのか?」
「あー、そうとも言えるし、そうでないとも言える」
「ふざけた回答だが、僕は比較的温厚な性格だ。何か意味がある前提で話を続けるが、つまりは半々か?」
「内訳を聞かせてもらっても?」
「人間半分、神半分。滑落死した人間は雪女の恋人で間違いないが、目の前にいるお前は滑落死した人間の中に宿っていた神の部分。だから、半々だ。神隠しに遭ったとも言えるし、遭ってないとも言える」
「ほぅほぅ。興味深い考察だ。合ってるか合ってないかは、おいらの口から言えないけど、続きを聞かせてもらおう。仮に神が宿っていたとして、その正体は?」
「天津甕星。日本神話における逆張りの神だ」
「逆張りというと、具体的にはどのような?」
「日本神話の神々におけるターニングポイント……大国主から天照への国譲りが行われ、神々が再編成されたのは有名だが、天津甕星は最後まで逆らった。記紀神話が編纂される過程で、出雲神話が大きく削られることに反感を覚えていた。今は記紀神話が優勢となり、天照が日本神話の最上位の神に位置しているが、結果から逆算すれば自明の理だろ。お前は多数派の神々に逆らい、敗れた。理由は不明だが、時流と権力に迎合しない骨のあるやつだと僕は思っている」
「一応の筋は通っているね。ただ、アオと名乗った理由は?」
「赤霊山は赤だから、逆張りして青なんだろ。神だったら、容姿なんていくらでも偽装できるだろうし、エピソードから考えればそれ以外に考えられない」
「質問に素直に答えない理由は?」
「それも逆張りだ。何らかの縛りがある可能性も捨てきれないが、お前を天津甕星だと断定するなら、真面目に返答するとは考えにくい。むしろ、ちゃんと受け答えしない姿勢こそが天津甕星である有力な証拠になっている」
「仮に今の予想が正しいとして、おいらは何を望んでいると思う?」
「逆張りの対象になっている『赤霊山』の踏破。ひいては、夜空に輝く一番星を頂上で見たいんじゃないか? 上のギミックを見てみないと何とも言えんがな」
「…………」
「あー、一応言っとくが、ロマンチスト的な思想は僕に一切ないぞ。天津甕星は一番星を神格化した存在だ。八合目から見える夕焼けの雲海も絶景だが、十合目の絶頂から見える星の方がお前に刺さりそうだと思ってな。まぁ、あくまで、お前の正体が天津甕星である前提の話なんだがな」
仮説に仮説を重ね、アオの正体や思惑が不明瞭なまま、一方的な会話が続く。ここまでくれば妄想の類になるが、合っていようが間違っていようがどっちでもいい。この後のアオの反応を見ればおおよその予想がつくし、先に進まなければ分からない部分も存在している。状況的に知るのは必須ってわけでもないし、答えを無理に急ぐ必要はなかった。
「頂上で一番星を見る、か。いいね、それ」
そこで会話は終了し、結局のところアオの正体は分からずじまいとなった。色濃く残った反応は、『一番星を頂上で見る』こと。適当に口走った一言だったが、不思議と心待ちにしている自分がいた。
◇◇◇
僕たちは順調に歩みを進め、日も暮れてきたところで九合目と思わしき開けた場所に到着する。ここから頂上までの登山道は存在せず、高々とした氷壁がそびえたっている。登攀で登るにしては高すぎるし、一人用の装備しかないため、全員で頂上を目指すことは難しい。雪女が一人だと攻略不可能だったと言っていた理由も頷け、何らかのギミックを攻略しなければ、道が切り拓けないのは明らかだった。
「……で、ここからどうすればいい。水先案内人」
僕の言葉に視線が一斉に雪女へ注がれる。他二人に見えないアオはともかくとして、九合目の知識を全員に共有できるのは彼女しかいない。あれやこれやと探し回る前に経験者から聞くのが一番手っ取り早かった。
「来れば分かる」
詳細を語らないまま、雪女は開けた場所を前進し、しばらくして氷壁の前にたどり着く。何もないように思えたが、ギミックがある前提で僕は周囲を観察していた。そうすれば自ずと僕たちがやるべきことが見えてくる。
「あぁ、こういう感じか」
「ふむふむ、とりあえず乗れば良さそうだな」
氷壁前に位置する地面には、三つの魔法陣が描かれている。僕は左端、円蒐は中央の魔法陣の上に立つ。詳細は読み取れないが、乗れば発動するものだと予想でき、雪女が言っていた一人だと無理だったという発言にも一致する。
当の本人は無言のまま、右端に位置する三つ目の魔法陣の上に立ち、赤い輝きを見せると、目の前の氷壁が左右に開かれていった。
中身を見れば、吹き抜けの構造で螺旋状の階段が広がっており、頂上まで通じているのが分かる。ただ、階段の踊り場のような場所に別の部屋に通じているのが見え、一本道のようでいて、障害物があるのが見て取れる。これはつまり……。
「九合目のギミックはダンジョン攻略。さぁ、気を引き締めていこう」
何らかのスイッチが入ったのか、雪女は場を取り仕切り、塔に足を踏み入れた。




