第40話 皮肉
ミイラ取りがミイラになる。使い古された表現だけど、まさか自分がこうなるとは思いもしなかった。
サーカスで期せずして起こったナナコとの戦闘。そこであたしは瀕死の重傷を負った。回復の見込みはなく、現代医療での治療は難しい状況にあったらしい。手術がどうとか、意思能力がどうこうの話じゃなく、死がそこまで迫っていた。
あたしに出来ることはなく、残ったのは因縁と社員。一線から外れた化け物を狩ろうとして、狩られた。予期せぬ方法で社員に助けられた。
事実を並べればそれだけなんだけど、助かった方法が問題。ナナコからの輸血を受け、死の淵から蘇った代償として、あたしの身体は皮肉にも鬼と化していた。
「…………」
テレージエンヴィーゼから少し外れた交差点の中央にあたしは降り立つ。そこではルドルフとアンナが睨み合っており、戦闘は佳境に差し掛かっているのが一目見て分かった。
社員の報告によると、祭りの来場者が乱闘騒ぎを起こしたのはルドルフが持つ大太刀が原因らしい。得物を破壊すれば、騒ぎは収まる可能性は高いけど、そのためにはルドルフが邪魔だ。
ここまでは恐らくアンナと共通した見解であり、今度の敵の種族も鬼。一線から外れた化け物を狩る。その行為自体に変わりはないものの、あたしが置かれた状況が180度変わったことによって、心境は全く別物になっていた。
「同族のよしみとして聞いておくけど、祭りの騒ぎはあなたが原因なのよね?」
「私は間接的な要因。直接的な原因は刀を盗まれた彼女にある」
質問に答えたルドルフは視線を送り、アンナの左腰辺りを見つめる。そこには大太刀の刀身とピッタリ合う鞘があり、真偽や前後関係は置いといて、ハッタリとは言い切れない客観的事実がそこにはあった。
アンナも思うところがあったのか、口を閉ざしている。半分事実だと認めているようなもので、今の一連の会話に対し、弁明する気はないらしい。
「戦犯はアンナか。まぁ、確かに一理あるかもね」
仮に今の情報を真実とするなら、彼の言い分にも筋が通っていることになる。誰が責め苦を負うかについては脇に置いといて、今回の騒動における責任の一端はアンナにもある。それは間違いなさそうだった。
当の本人である彼女の顔色は暗い。何を言ったところで火に油を注ぐだけだと思っているのか、必要以上に空気を読んでいるのが伝わる。あたしがどんな判断を下すかを戦々恐々とした面持ちで待っている。
敵に回っても止む無し。それだけの覚悟を秘めている気がした。
「……だけど、実行犯はあなたでしょ? アンナは刀を使うように命令を下したわけもないだろうし、どちらかというと刀を盗まれた被害者。ひったくられたものが凶器だったとして、それが誰かを傷つけたとしても悪いのは加害者。自分の非道から目を背け、人のせいにするなんて責任転嫁もいいところ。表面上は同じ鬼だと言っても、これは見過ごせない。言い訳があるなら聞いてあげるけど、何か反論は?」
「いいや、何も」
「じゃあ悪いけど、超はっ倒す。あたしたち二人でね」
◇◇◇
一瞬、危うく感じたけど、私たちの足並みは揃った。種族が変わっても同じ方向を向いていた。さすがはママと言うべきか、ここぞという場面では外さない。この胸の高鳴りをぶちまけたい気分に駆られるけど、口にはできなかった。
もし、私が知り得る真実を話してしまえば、時空連続体に歪みが生じる可能性があり、事細かに打ち明けることはできない。私の出生に関わる問題に発展すれば、アンナ・シュプレンゲルは消滅してしまうかもしれなかった。
だから今は、一生に一度あるかないかの親子の共闘を楽しもう。
「「………」」
私たちは陥没した道路の中央で並び立ち、互いに赤色のセンスを纏った。ここからはアドリブだ。いちいちこちらの手札や、相手の手札を説明する暇はなく、その間にも会場の被害は増していく。向こうがどう思っているか分からないけど、血の繋がりを信じるしかない。それがルドルフ打倒の鍵を握る。
「……」
一方の彼は、左拳をグッと握り込み、右手で大太刀を斜め下に構え、青いセンスを纏っていた。音速弾の牽制を主体とした保守的なスタイル。勝負を決めに来る印象はなく、常闇の王が帰還するまでの時間を稼ぎつつ、大太刀による殺意の伝染を広げるのが敵の目論見のはず。
大太刀の件は事前に共有済みであり、コミュニケーションエラーによる被害は恐らく発生しない。だからこそ後は、私と呼吸を合わせてもらう他なかった。
「――、――、――!!」
私は地面に向かい、小気味よいリズムで右拳を連続で叩き込む。揺れたと理解した頃にはルドルフの足元に岩柱が複数発生し、鋭利な先端部分が彼の身を貫かんと迫っていた。
「――」
ルドルフは慣れない大太刀を使い、足元辺りに横薙ぎを振るった。スパリと音を立てて岩柱の先端は斬り裂かれ、私の攻撃は無力化される。そこまでは予定調和というか、ここからが彼女の連携力と戦闘思考力が試される時だ。
「……そこぉ!!」
ママは安易に距離を詰めなかった。発射速度重視の意思弾を両手から放ち続け、弾幕で押し切る遠距離戦を徹底している。やっぱり、いちいち情報共有するまでもなかった。おかげで余ったリソースを攻めに使うことができる。
「再試行四連」
私はママの肩に触れ、その分身体を四方に展開し、同じ動作をルドルフに向けて再生する。機関銃を乱射したが如く、地面が悲鳴を上げ、見る見ると削られていき、土煙が上がっていくのが見えた。
これで決着がつくとは到底思えない。ルドルフが生きている前提で、どんな手を打ってくるかが重要であり、戦闘スタイルから考えれば音速弾による遠距離戦か、大太刀による近距離戦の二択。
「――」
すると、土煙がかすかに揺れ、何らかの物体を投擲したのが見えた。ママに対して一直線に迫っており、その形状から一目見て理解した。
彼は戦況を左右する大太刀を投げた。当たる、当たらないは置いといて、大太刀の破壊は私たちにとって最優先事項に位置する。思惑は分からないけど、これを見逃す手はない。……と普通の使い手なら考える。でも絶対、裏がある。今まで彼と戦ってきたからこそ分かる、明確な違和感だった。
「――挽回開花」
ルドルフとの戦闘経験がないママは、箒を具現化。恐らく、真っ向から受けて立ち、大太刀ごと掃除しようという腹積もりはず。その見立ては正しい。大太刀さえ処理できれば、ルドルフ戦は消化試合になる。でも……。
「見誤ったな、小間使い。己の浅はかさを地獄で呪うがいい!!」
グンと投擲された大太刀が加速していたのが見えた。そこでようやく理解した。音速弾を打ち出し、加速させたのだと。ママの反応は明らかに出遅れており、どう動いたとしても恐らく避けられない。原因は私だ。敵の能力を黙っていたことによるコミュニケーションエラーだ。だから……。
「くっ――!!」
私は最短最速で地面を蹴りつけ、セレーナを押し飛ばす。その直後、鋭利な切っ先は私の胴体を貫き、致命的なダメージを負ってしまっていた。




