第39話 成果
控え室のテント前で立ち塞がるように立っているのは、左脚に銀の義足をつけた男。黒いセンスを纏い、黒のエージェントスーツを着ている。殺意に振り回される他の者とは違って受け答えがしっかりしており、意思疎通が可能となっていた。
戦闘は避けられそうにないものの、言葉が通じるなら……。
「俺っちを相手によそ見か? いい度胸してんな!!」
白と黒のマズルフラッシュが煌めき、二丁拳銃から幾多の銃弾が発射される。【火】の概念が使えなくなった世界の仕様上、まず間違いなくセンスに依存した発射機構が備わっていると思っていい。
「…………」
私は円を描くように槍の柄をグルリと回し、迫り来る銃弾を弾いた。受け切れないほどじゃないものの、一発一発が異様なまでに重い。質感のある重量というか、センスの創造可変では説明がつかない材質というか。なんにしても、このまま防戦一方に回っていれば押し負けるだけの火力を秘めていた。
とはいえ、銃には装弾数という概念が存在する。耐え忍んでいれば、いつか私のターンはやってくる。
「おいおいおい。このままじゃあ、銃だけで押し切っちまうぜ、おい!!」
義足の男は手を緩めることなく、二丁拳銃の引き金を引き続けている。既に数十発は打ち切ってるはずなのに、弾切れの気配が全くない。仕組みは不明だけど、あの見た目から想像できるマガジン以上の銃弾が込められているのは確か。押し切るまではいかなくとも、それに並び立つものを持ってないと攻防が成り立たない。鬼の膂力にも限界があるし、ここは『アレ』の出番だった。
「―――」
身に纏うセンスの比率を固定化する。上半身10.215%、胴体23.255%、下半身66.53%。これが私だけの黄金比。肉体系のスキルツリーの一部であり、ヴォルフに習った『体外鍛錬』そのものだった。恩恵は……。
「……っ!?」
肉体のパフォーマンスを最大限まで高める。センスの量ではなく、肉体とセンスを総合した質で勝負する。私は義足男の絶句する顔を見届けつつ、振り回した槍で銃弾を弾き続け、歩みを深めていった。
気付けば、槍が届く間合いに入っている。得物の違いによる初動の差はあれど、リーチの格差はほとんどない。
「ちっ、なんつー馬鹿力!」
それを察したのか、義足男は地面を蹴りつけ、後退。銃の射程を維持しつつ、一方的な攻勢を維持するのが狙いのはず。このまま追撃して、畳みかけるのも手ではあるけど、それは彼も予想済みに決まっていた。だから……。
「――――」
私は力任せに槍を振り上げ、得物に備わる特殊機構を起動させ、熱波を巻き起こす。祭りの来場者がいないのは想定済みであり、彼だけが被害を受ける。
「……っ!!!」
義足の男は両腕を胸前で交差するように突き出し、防御の構えを取っているのが目に見えた。次第に熱の波は熱の渦に変わり、彼はそれに巻き込まれ、上空に吹き飛ばされていった。優勢に見えるものの私は気を抜かない。
「…………」
安易に追撃という選択肢を取らず、じっと腰を据えて待っていた。あの中は視界が不明瞭だし、敵の能力は未知数。追い込んでいるようで、誘い込まれたような状態に陥り、訪れるのは初見殺し。それを避けるためにも、押しすぎず、引きすぎない今の距離感がベストだと感じていた。
ぽたりと肌に何かが触れたのが分かる。ふと上空を見上げると、そこには巨大な雲が形成されていた。恐らく、私が起こした熱渦の影響だ。一定以上の熱を帯びた空気は密度が低くなり、周囲の冷たい空気よりも軽くなるため、急速に浮上する。その過程で空気は膨張し、冷却され、水蒸気が凝結して、巨大な雲が出来上がる。
みたいな流れだったはず。学術的な説明はできないけど、フローチャートはなんとなく分かる。別に狙ってはなかったけど、私の槍が自然現象を操ったのは紛れもない事実であり、敵の姿は私が形成した雲の中に消えていった。
嫌な予感がする。今の一撃から復帰できなかったとは思えず、わざと雲の中に飛び込んでいったような気がしてならない。彼の能力が未知数な以上、何をどうするかは分からないけど、雲の性質は変わらない以上、大まかな予想は立てられる。
「超伝導疾駆――」
距離的に聞こえるはずないのに、義足男の声がした。何らかの前動作なのは間違いなく、肌がヒリヒリと焼けるような緊張感が走った。これはたぶん比喩じゃない。未来から逆算された結果の前借りだ。
「【襲雷】!!!!!」
積乱雲から煌めくのは黒雷。直上から一直線に迫り、私を蹴りつけようとする存在をコマ送りするような視界の中で確かに捉えた。
1コマ、2コマ、3コマ。時間にしては一瞬のはずなのに、私と彼との距離が急速に縮まっていくのが見えた。なんでこんな私にとって都合のいい現象が起きているのか分からないけど、速度と傾向を考えれば、次のコマで確実に衝突する。避けるのは現実的じゃなく、受けざるを得ない状況に追い込まれている。
出し惜しみはしていられない。『体外鍛錬』だけで乗り切るつもりだったけど、ここまでの敵が相手なら切り札を使うに値する。
「――筋原精錬」
私が取り入れたのは『体外鍛錬』+『体上鍛錬』。筋肉の比率にセンスを合わせ、センスそのものを筋繊維に変える試み。本来なら配分に狂いが生じるため両立しない。同時に維持しようとすれば、どちらかが解除されるのが悩みの種だった。
だけど私は両立させた。0コンマ以下の配分を身体に馴染ませたことによって、元々の肉体が有する筋肉の比率を変えることなく、その上にセンスの筋肉を乗算させることに成功した。比率が全く変わらないなら『体外鍛錬』は解けないし、それが『体上鍛錬』を維持する上でデメリットになることもない。
雷を纏う蹴りだろうと受けられる。
フィジカルが全てを解決してくれる。
「中断――」
そう思っていた。
ルーカスは衝突寸前に技を止め、私との衝突を避け、地上に着地する。かといって勢いが衰えることなく、全身には黒雷を纏い、次の一撃に備えているのが見えた。
今から反応しても間に合わない。私は槍を上段に構え、懐は隙だらけの状態になってしまっている。その瞬間、じめっとした空気が私にまとわりついたのを感じた。地獄から手を引かれているような錯覚さえ覚えた。
私は今日ここで殺される。志半ばで夢は潰える。
「全く……手のかかる弟子だ。手本ってやつを見せてやる」
そこにふらっと現れたのは、黒の革ジャンを着た男性。その身には筋肉の比率に合わせた自然な黒のセンスが纏われている。
「――【絶空】!!!!」
同時に義足男の蹴りは炸裂した。黒雷を伴って。




