第31話 希少価値
「フォアグラは世界三大珍味の一つに数えられるが、珍しいからといって美味いとは限らない。滑稽にも今のお前が置かれている状況と酷似しているな」
私から大太刀『迦楼羅』を奪い、右手で柄を握り込んだルドルフは饒舌に語り出す。私は口を挟めなかった。不穏な動きを見せれば終わりと言った方が正しいか。詠唱をしようものならすぐさま一刀両断されるのは目に見えていた。
「魔法使いという希少性の高い肩書きだけが先行し、人より優れていると勘違いして、基礎的な訓練を怠った。素材はいいが、致命的なまでの場数不足。道具と魔法に頼り切り、格下ばかりを相手取り、肩書きに伴う実力が備わっていない。心の贅肉ばかりがブクブクと太り、ガチョウの肝臓を肥大させただけで希少性があると世間に過大評価されているフォアグラのような立ち位置になった」
私の至らない点を次々と指摘し、大太刀の感触を確かめているように見えた。慣らすまでの時間稼ぎか、正論を言いたいだけなのかは分からない。ともかく、事実としてピンチな状況に変わりはなかった。
「……つまるところ、何を仰りたいの?」
それでも私は立ち上がり、服についた土を右手で軽く払い、両手のメリケンサックを握り直す。左肩の負傷が尾を引いて、左手を上手く握り込めない。やれることを大幅に制限された状態で勝ち目を探さなければならなかった。
ただ、不幸中の幸いとして、ルドルフは私を舐めている。問答無用で方をつけに来ないなら、ここはありがたく利用させてもらおう。
「魔法使いではなく、魔法使われ。その汚名を墓標に刻め!!」
そこでルドルフは会話を打ち切り、戦闘を再開する。大太刀を右手で操り、横薙ぎの斬撃を放っていた。
腕力自体は大したもの。2メートル超えの刀を片手で扱えてる時点で脅威。しかも、空いた左手でソニックブームをいつでも発動できる状態にあるはず。斬撃を避けるにせよ、受けるにせよ、どちらにしろ殺すという強い意思を感じる。
ただ……。
「――――――――」
思考を中断し、私は身を屈めると、空が悲鳴を上げていた。ブンという生易しい音じゃなく、女性が金切り声を発しているような効果音が生じている。直撃は避けられたものの、長く付き合えばこちらの気が狂う。刀傷さえ負わなければ大丈夫と考えていたけど、想定が甘かった。
避けても殺意は伝染する。ダメージの程度によって進行度に多少の違いはあれど、刃を上手くいなしたとて被害が0になることはない。長く付き合えば付き合うほど正気度は目減りする。目に見えない部分で確実に私を蝕んでいた。
「どうした? 具合でも悪いか?」
一歩踏み込み、再び超至近距離まで迫ったルドルフは言った。左腕を振りかぶっており、間合いを詰めることで、回避する余地を奪っている。どうあがいても音速超えの衝撃波が飛んでくるのは間違いなく、便利な魔法には頼れない。
「いいえ。むしろ、絶好調ですことよ」
迫り来る拳に対し、私はメリケンサックを握った右拳を放つ。
「…………っ」
ルドルフの表情が揺らいだのが見えた。衝撃波が私に飛んでくることはなく、こちらの攻撃が一方的に通っていた。
すぐさま彼は後方に飛び退き、必要以上に距離を取っている。大太刀の間合いの外におり、想定以上のダメージがあったと彼自身が物語っていた。
「ただ、実力不足なのは事実。私が魔法使いの肩書きにあぐらをかいていたという見立ても正しい。……だからといって、貴方が強くなるわけではありませんよ。人を下げても、互いの立ち位置は良くも悪くも変わりませんので」
確かな手応えを感じながらも、気を引き締め直す。流れを無視して、詠唱を行うことも可能だったけど、それではあまりに品がなかった。
「ラッキーパンチで、よくもそこまでいい気になれたものだな。分かっているだろうが、長引けば長引くほどそちらが不利だ。一度の攻防で分があったとしても、私の優位は揺らがない」
損傷した左手の再生が終わる。その感触を確かめ、ルドルフは相も変わらず上から目線な反応を続けている。
運も実力のうちと言うけれど、今のは明確な意図があってやったことだ。インパクトの瞬間を見切り、それを先んじて潰すことによって能力発動を阻止し、センスが集まりが半端だったこともあり、力比べでも打ち勝った。
それを分かった上で『ラッキーパンチ』と称しているのかもしれないけど、今の攻防単体で考えれば、私が勝ったという事実は揺るがない。さらに言えば、得られた収穫はもう一つあった。
「本当にそうでしょうか? 私が見た限り、貴方は刀剣の扱いに心得がない。慣れ親しんだソニックブームへの造詣は深そうですが、斬撃に能力を乗せられなかったのがよい証拠。魔法使われの私にも言えることですが、ジャンルを変えればズブの素人。初動の速さという専門領域では貴方の右に出る者はいないかもしれませんが、他の専門領域でも通用すると思っていては、いつか足元をすくわれますよ」
「そのいつかは永遠にやってこない。ここで私に葬られるのだからな!!」
威勢のいい言葉と共に振るわれるのは、力任せの未熟な斬撃。改善を加えることなく、右から左へ空を薙ぐようにして放たれている。避ける必要すらなかった。あまりにも雑で、あまりにも遅い。今の攻防を凌げた時点で、私に与えられた役割は十分に果たされていた。
「超伝導疾駆――【奔星】ぁぁぁあああ!!!」
見えたのは一瞬の青い煌めき。数キロメートル先にあるマンションと公園を線で繋ぎ、音速に迫る飛び蹴りがルドルフの背中を確かに捉えていた。




