第28話 六合目
自らを『アオ』と名乗った飄々とした男。こいつの正体にはある程度の目星がついている。ただ、決めてかかってドツボにハマるのは避けたい。色々と確認したいことはあるが、こういう時にこそ正常と思わしき円蒐が役に立つ。
「おい、ちょっといいか」
『赤霊山』六合目の道中、整備された砂利道を歩きながら僕は正面にいる太っちょに話しかける。着替えは済んでおり、登山靴、防寒用のフリース+長ズボン、バックパック、ニット帽、ヘッドライト、アイスアックスなどを装備しており、頂上を目指せるだけの装備は整っていた。
「なんだ?」
「僕の後ろには何が見える」
問いかけに応じた円蒐は振り返り、僕の背後をまじまじと見つめている。その視線の先には、図々しくも指でピースサインを作っているアオの姿があった。
「砂利道に、霧がかった風景だが、これがなんだ?」
目を細めたり、何度もパチクリさせながら、円蒐は答える。予想通りというべきか、これ以上の確認は不要だった。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
会話を強制的に終了させ、再び登山が開始される。今度は振り返ることなく砂利道を前進し続ける円蒐を見届けながら、僕は少しだけ歩幅を緩め、物理的に距離を取った。これなら会話を聞かれる心配はないだろう。
「それで……何か聞きたいことでもあるのかな?」
待ってましたと言わんばかりのタイミングでアオは話しかけてくる。知らぬ存ぜぬスタイルを貫くかと思いきや、意外にも対話する姿勢を見せている。どういうつもりかは分からんが、向こうがその気ならちょうどいい。
「お前、行方不明者の幽霊か何かだろ? どうして僕たちに付き纏う」
単刀直入に切り出したのは本題。ある程度、決め打っている部分もあるが、今の一連の流れをもとに考えれば、当たっている確率は極めて高い。間違っているなら否定するだろうし、取っ掛かりを掴むための問いとしては十分だった。
「頂上を見れば、成仏できるような気がしてね。この姿なら登山の邪魔にもならないだろうし、気兼ねなく同行させてもらうよ」
「成仏、ねぇ……。詳しい死因を聞いてもいいか?」
「見て分かるだろ? 登山を舐めたが故の滑落死だよ。靴底の彫りが浅いスニーカーなら斜面に対する踏ん張りも効かないし、当然の末路というわけさ」
説明を聞く限り、一応の筋は通っている。幽霊は正常な目だと見えないだろうし、エピソードは外見的特徴と一致している。ここは骸人が住まう世界で、人間が寄りつかない場所らしいが、事前の説明では人間界にある富士山の境界と重なり合うとかなんとか言っていた。登山を舐めた人間がここに紛れ込んだ可能性も十分に考えられ、嘘だと断定できる証拠の方が少ない。
ただ、鵜呑みにするかどうかは別の話だ。
「ご愁傷様とだけ言っておく。これ以上は掘り下げようもないし、質問を変えよう。お前の目から見て、僕はどんな姿に見える」
「……ん? あぁ、それならもちろん」
アオは視線を上から下に移動させ、答えを口走ろうとしている。ただ、一瞬だけ言葉に詰まり、やや勢いが落ちたまま続けて言い放った。
「喋るチワワだろ? 『赤霊山』なら摩訶不思議な生物がいてもおかしくない」
黒だな。こいつは僕の正体が見えていた上で隠した。何らかの秘密を抱えているのは間違いない。SAN値が著しく低い状態に設定されているのは確実で、メンタルが弱いというよりかは、世界の真相に迫る存在だからこそ、正気を保てなくなったケースだろう。
立ち位置的には、『赤霊山』のキーマンだ。頂上に迫れば迫るほど真価を発揮するタイプ。敵に回るか味方に回るかは分からないが、全面的に信用すれば向こうの都合よく利用されるのは明らか。
とはいえ、それをそのまま正直に口にすれば、関係が悪化する。表面的な付き合いを続けつつ、ここぞという場面で本題に切り込むのが理想だな。
「何か知っていそうだな。僕みたいな生物に心当たりでもあるのか?」
「こう見えても経験豊富だからね。言い忘れていたが、六合目からは――」
アオは不穏な言葉を口走り、視線を前方に向ける。そこに見えたのは、赤い体毛を全身に生やすゴリラめいた二足歩行の生物。
「雪男か?」
未知との遭遇を果たし、目の前には100面ダイスが出現した。
◇◇◇
常闇の王は今のところ順調に『赤霊山』のシナリオを進めている。ゴールである頂上を目指し、仲間を集め、ルールに則った上で愚直にプレイしている。制約の多い世界観がそうさせるのか、彼本来の生真面目な性格がそうさせるのか。どちらでも構わんが、吾輩たちの術中にハマっているのは間違いない。
多重に展開した独創世界内で彼を倒し、封印するのが理想だが、夢ばかりを見ていては作戦が成り立たん。勝つか負けるかという不確定要素は脇に置いて、こちらの工夫次第で実現する可能性が高い目標をプランに含んでいた。
「約束通り、時間は稼いでやったぞ。ルドルフはそっちでどうにかせい」
◇◇◇
ボサボサの黒髪と無精ひげがトレードマークの俺っちの名は、ルーカス・グローリー。合衆国がバックにつく組織、超常現象対策局『ブラックスワン』に所属している。帝国での『国家転覆』を阻止した功績を評価され、青級から緑級に昇進を果たした。全体から見れば中堅上位ってところだ。アクセスできるセキュリティレベルも上がり、末端には明かされない非公開文書の閲覧や、組織が秘密裏に保管している兵器の運用も一部可能になった。俺っちが着る黒のエージェントスーツの左肩の上に乗っている白い兎がまさにそれだ。
聖遺物『フェンリル』。幾多の超常的生物を葬り、数えきれないほど世界を救ってきた存在だ。それが巡り巡って俺っちの手元にやってきた。ここに至るまでに色々と積もり積もった話はあるわけだが、教えてやる義理はない。今は目の前のことで頭がいっぱいだった。
「見た目は少女だろうが、容赦はしねぇ。超常的な事件を未然に防ぐのが組織の領分でな。中身がなんだろうと、覚悟しろよ。世界滅亡を企てた黒幕にふさわしい悲劇的な結末をプレゼントしてやる」
銀色の左義足を前に一歩出し、最後の階段を上り終え、俺っちは対等な目線で目の前にいる気取ったスーツを着た女鬼に話しかける。
「お前が本命というわけか。従えていた者に比べれば見劣りするな。『ブラックスワン』の人材不足は極めて深刻らしい」
発せられたのは、加齢臭がするような上から目線の言葉だった。容姿とは釣り合っておらず、それが余計に嫌悪感を加速させる。
「だったら、確かめてみろや!! 俺たちの実力をよぉ!!!」
ここまでくりゃあ、もはや言葉は不要。左義足をセンスで駆動させ、俺っちは威勢よく真正面から飛び蹴りを放った。




