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ナナコChannel  作者: 木山碧人
第十一章 オクトーバーフェスト

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第27話 五合目

挿絵(By みてみん)




 『赤霊山』一合目からの登山が始まった。相棒は黒い和服を着た灰色髪の太っちょ。名前は円蒐えんしゅうというらしい。話していくうちに『骸人むくろびと』と呼ばれる人ならざる者だと分かった。概ねの自己紹介を終え、経緯は不明だが山頂を目指すという目的は一致しているようだ。聞きたいことは山ほどあったが、まず初めに確かめておきたいことがある。


「僕の姿は、お前にとってどう見えている」


 疑似的なSAN値チェックだ。TRPGでは精神状態によって景色や人物の見え方が変わる。メンタルが落ち込み、数値が減少傾向にあればあるほど、僕の姿は凶悪な化け物に見え、メンタルが正常であればあるほど黒塗りの人間に見える。


 ルールを逆手に取った選別方法ってやつだな。言うまでもないが、僕を化け物と認識するSAN値が低い奴は戦力にならん。第二世界で敵対した城主と似たような末路を辿り、目に見えた爆弾をそばに置いておくほど馬鹿じゃない。


 何らかのギミックがあると思わしき『赤霊山』を攻略するには『正常な目』が必要だ。恐らく、『異常な目』を持つ僕には見えないものが用意され、健常な味方がいなければ進行不可能な状態に陥る可能性が極めて高かった。


「何を言っとる。どこからどう見ても、喋るチワワだろ」


「はぁ!? どこからどう見たら小動物に。いいか、僕は――」


 思いもよらない回答に、脊髄反射で正体が喉元まで出かかる。


「……?」


「いや、忘れてくれ。……それよりも、なぜお前は頂上を目指す」


 すんでのところで正気に戻り、喋るチワワであることを受け入れ、建設的な話し合いを進めることにした。今は情報収集が命だ。『正常な目』かどうかはともかくとして、SAN値が低い状態じゃないのは確か。仲間にする必要最低限の条件は満たしており、残すべき確認事項は真なる味方か、味方を装った敵かの確認だ。


「そんなもの決まっておろう。これだ、これ」


 円蒐は右手の親指と人差し指で輪っかを作り、こちらに見せつける。主語に欠けているが、思い当たる節があった。


「そいつは……阿弥陀あみだ定印じょういん。つまりは、登山により精神を研ぎ澄まし、悟りを開きたいわけか」


「ちっがーう!!! 金だよ、金。見て分からんか?」


「あぁ、守銭奴の類か。底が浅いシンプルな動機だな。……ただ、山に金目のものなどないと思うが?」


 適当にやり取りを交わしつつ山道を歩いていると、円蒐の足がピタリと止まった。地雷を踏んだのか、はたまた、何かと遭遇したのか。どう転んでも対応できる自信はあるが、どのみち付き合ってやる必要があった。


 僕は振り返り、足を止めた円蒐の姿を確認する。まず真っ先に目に入ったのは、並々ならぬ熱量を秘めた黒い瞳。視線を斜め上に向けており、敵襲があった痕跡はない。その時点で大方の予想がつくが、最後まで聞いてやろう。


「頂上にあると思わしき古代の遺物を頂戴し、売りさばく。ひいては国内随一の大豪邸を建て、死ぬまで贅沢の限りを尽くす。それが俺の夢だ」


 語られたのは俗っぽい理由。心底馬鹿馬鹿しく、小物感が滲み出ているが、この手の輩は嫌いじゃない。御しやすいのもそうだが、真っ当な夢を持つ者がいてくれないと僕という存在は成り立たなかった。


「いいんじゃね。売るより使った方が実現しやすいと思うが」


「む? それはどういうことだ。何か知っているなら教えろ、チワ公!」


「頂上につけば分かる。ほら、さっさと口じゃなくて足を動かせ、太っちょ」


 そこで互いの呼び名が決まり、僕たちの足並みは揃っていた。


 ◇◇◇


 足取りは極めて順調だった。天候にも恵まれ、人間離れした体力を持つ者同士ということも相まって、日中の間に五合目付近のベースキャンプにたどり着く。一般人が登山をするなら、ここがスタート地点になることが多く、人の手が入ったレストハウスが設けられており、各種設備が充実しているように見えた。


 ここからが本番というところか。TRPGらしい不可思議な現象は今のところ起きていない。円蒐と適当な雑談を交わしていたら、ここにたどり着いていた。道中で遭遇した者はおらず、レストハウス近辺も閑散としている。


「解せんな。人の手が入っているように見えるが、誰もいない。何があったらここまで廃れる」


「三界の門が開いて以降、ここにはまつろわぬ神々が出没するようになったらしい。それまでの間は骸人が管理していたわけだが、あまりにも行方不明者が出るもので、雇われていたスタッフもオーナーも、蜘蛛の子を散らすように去っていた。設備が真新しいままなのは、最近まで使われていたからだな」


「……つまり、物資は取り放題?」


「そういうことになる」


 生じた疑問を解消し、僕たちは人気のないレストハウスに足を踏み入れた。栄養補給の概念は不要だが、ここから先を手ぶらで進むのは危うい。どれだけ力を制限されているか分からず、最低限の登山装備は用意しておきたかった。


「「……」」


 一階はレストランのような構造になっていた。丸椅子と白いクロスが引かれたテーブルが並び、厨房は見える位置に備わっている。予想通りの光景というべきか、人影はなく、慌ただしく去っていったような登山者の荷物が散乱していた。


「何もかもが僕たちにとって都合がいい。これを見越して手ぶらで来たのか?」


「……まぁ、そんなところだ。ササッとかっぱらってくるよ」


 喋るチワワに見える僕に、装備は不要と判断したらしい。自分の分だけ物資を調達しようとしているのが目に入る。円蒐のイメージがどこまで反映されているのかは分からないが、チワワの外見に反した行動を取れば、あいつのSAN値が下がる。メタ的な事情を考慮すれば、僕は人並みの荷物を持てなさそうだった。


 それでも僕は散歩を続ける。チワワの身なりでも持てるサイズのものであれば、違和感なく持ち込める可能性が高いからだ。


「………………」


 僕の足は自然と止まる。目の前のテーブル席に座る存在を認識し、警戒心が自ずと高まる。僕の予想が正しければ、こいつは……。


「おっ、もしかして、おいらのこと見えてる? やっと見る目がある奴と巡り合えたか。長かったような短かったような」


 軽妙な口調で話しかけてくるのは、青髪ポニーテールのひょろっとした男性。白のTシャツに黒の短パン、紺のスニーカー。登山を舐めているとしか思えない格好をしていた。


「お前、名は?」


「ん? 秘密秘密。まぁ、それだと呼びにくいだろうから、アオでいいよ。これからよろしくねー」


 転がり込むようにアオが仲間に加わり、五合目のイベントは終わった。

 

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