第26話 赤霊山
第一級悪魔と言えど、所詮はこの程度か。まぁ、一部は紛い物だったわけだが、今のところ負けるビジョンが見えない。というよりも、TRPGをベースにした時点で僕の勝ちは確定したようなものだった。
せっかく、独創世界の多重展開という胸躍る貴重な体験を味わえると思いきや、これだ。どいつもこいつも、この下らないボードゲームに僕を縛りつけようとする。おかげで定石やルールやシナリオを隅から隅まで覚えてしまったよ。
正直言って、既存の展開には飽き飽きしている。二番煎じの物語には吐き気を催してしまう。パッとしない流れが続けば、退屈な気分のまま結末を迎える可能性が極めて高いだろう。これまで食い尽くした世界と同じ、ゴミ箱行きだ。
唯一、光るものがあるとすれば……。
『常闇の王の躍進は止まらない。バッキンガム宮殿の城主を攻略し、二つ目の世界も幕を閉じることになった。無限に広がっていた空間にも終わりが見え、残る世界は二つ。もはや賽を振るう必要はなく、彼は一歩だけ前に進んだ』
ゲームマスターの指示に従い、僕は次なるマスに足を踏み入れる。マス目は今立っている場所を含めて残り二つ。四名が独創世界を同時に展開したのだから、メタ的に考えれば、そりゃそうだよなという結論にしかならん。端的に言ってしまえば、おもんないが、外側の事情をゲームに落とし込めることができれば、評価は覆る。
『その瞬間、常闇の王の記憶が蘇る。選ばれた四つの世界は全て、彼が未来にかけられる封印そのものだった。『アンティキティラの機械』により自身の結末を知り、それを避けるための戦いだと思い出す。残り二つの世界を滅ぼすことができれば、自由は約束されている。這い寄る混沌は現実世界へと解き放たれる。破滅か、封印か。我々はなんとしてでも、お前を止めなければならない!!』
やはり……というべきか。こいつには、物語を魅力的に語るストーリーテラーとしての素質がある。あらかじめ用意した設定やシナリオを淡々と語るのではなく、場と流れに合わせ、全てアドリブで成立させる手腕がある。メタ的事情とゲーム的事情が上手い具合に混ざり合い、破綻するギリギリのところで話の辻褄を合わせている。これは、人に習ってできるものじゃない。僕が掘り起こしてしまった才能の原石だ。磨けば、光る。追い込めば追い込むほど輝きを増す。敵が強大であればあるほど、周囲が暗ければ暗いほど、色濃く存在を浮き立たせる。
認めよう。こいつは僕の天敵だ。
「よく言った、ゲームマスター。……いいや、第一級悪魔リア・ヒトラー。最悪の遺伝子を受け継ぐお前がどこまでやれるか見届けてやる。人類を救い、血族の因縁を断ち切りたいなら、僕を正規のルールで倒してみろ!!!」
メタ的存在と熱いやり取りを交わし、すごろく状の世界には再び光が満ちた。
◇◇◇
遊戯と追跡では勝てなかった。ダイスの運もあるが、TRPG要素を盛り込んだことで、敵が有利な状況になっているのは間違いない。最初から戦闘に特化して、総攻撃していれば……と思わんこともないが、戦力を小分けにしたことにより、常闇の王のデータが取れたことは大きい。一発勝負なら、予測不能の一撃で全滅する危険性があったが、リスクは分散され、改善を試みる余地が生まれている。
シナリオ面の強化は改善点の最たる例だが、勝負の分野を毎回変えることで、彼の新たな側面が見えたのも大きい。『大いなるクトゥルフを見た』というある種の禁じ手を繰り出せることも分かったし、異常なまでにダイス運が高いことも理解できた。TRPGの定石通り、戦闘は最終手段。ありとあらゆる手を尽くした後に講じるものであり、初手で出す一手ではない。
そういう意味では、吾輩たちの作戦通りだった。各々の得意分野が発揮できるフィールドを展開しつつ、今までの失敗が糧となる仕組み。勝ち目が薄いのは間違いないが、一回目より二回目、二回目よりも三回目の方が勝率が上がっているのは確か。例え数%の違いであろうと、それが勝機に繋がる可能性は残っている。なぜなら、無敵と思える常闇の王と言えど、最終的な運命はダイスが決めるのだから。
「…………」
彼の視界は開け、新たに訪れた場所は山の麓だった。背後には樹林が広がり、正面には頂上付近に赤い雪が降り積もる山がそびえ立っている。
「狂気山脈をベースにした何かか。ありがちな展開だな。今度は僕との直接的な接触を避けるために頂上を目指させる形にしたわけか。僕が能動的に動かない限り、話は進まず、世界の主が接触しなくても成り立つ仕様。考えたな」
前回と同じように我々のアイデアをけなすことなく、常闇の王は軽い賞賛の言葉を口にした。少し前から思っていたが、憎むに憎みきれんやつだな。横暴な側面が目立つが、対戦相手へのリスペクトを欠かしていない。ルールや条件を受け止めた上で、自分なりの奇抜な方法で勝ちをもぎとる。見方を変えれば主人公といっても遜色ない立ち回りをしていた。
邪神を信奉するつもりは毛頭ないが、人々を惹き付けるだけのカリスマ性があるのは確か。強引に思える行動の数々も、神話とTRPGに裏打ちされた実力の賜物であり、ズルをしているようでしていない。
さて……ここからが吾輩たちの腕の見せ所だ。今までの失敗を活かし、どのように勝利に繋げるかを試されている。この独創世界は、第一級悪魔……南光坊天海により維持されているものだが、このまま奴を野放しにするわけにはいかん。薄々、こちらの意図に気付いてはいるが、前に進むだけの動機を与える必要がある。
「正面にあるのは、三界の門が開かれた後に生じる、『赤霊山』。富士山と隣り合わせの世界に発生し、多数の登山家を神隠しに遭わせた幻の独立峰。常闇の王は待ち受ける運命を改変するため、前人未到の山の頂を目指すことになった」
吾輩はナレーションを交え、指示に従う彼は手ぶらで登山を開始する。道は整備されており、大人二人が肩を並べて歩けるほどのスペースがあった。ここを0mとした場合、ゴールは標高6000m。いかに常闇の王と言えど、今までとは違って一発KOは存在しない。頂上に至るまでには、ありとあらゆる困難が待ち受けており、嫌でも時間がかかる仕様となっていた。
「…………」
その登山を邪魔する者が一名いた。白目の部分がない真っ黒な瞳が特徴的で、色素が抜けたような灰色髪を横に流し、恰幅のいいフォルムで、黒の和服に袖を通し、立派な顎髭を蓄えている。
「第一登山者発見。役割は決まっているんだろうが、あえて聞いてやろう。お前は敵か? 味方か? それとも、第三勢力か?」
常闇の王は問いを立て、第三世界の旅路は始まりを告げた。




