第25話 TRPG
TRPGにおいてのダイスロールは、プレイヤーの行動に対する成功と失敗を左右する。特定のアクションに対するプレイヤーの技能値を50とした場合、01~05は決定的成功。06~50は成功。51~95は失敗。96~100は致命的失敗となる。
常闇の王が先ほど出した数字は100。技能値をどれだけ高く見積もっても、本来であれば致命的失敗にカウントされるものだが、彼の場合は前提が異なる。
常闇の王はクトゥルフ神話TRPGの黒幕に該当する。プレイヤーにとって都合の悪いものは、彼にとって都合が良い。通常は致命的失敗という結果となるものが、彼にとっては決定的成功という扱いになる。つまり、ダイスの数字は逆にして考えるべきであり、出目の数が高ければ高いほど彼にとって良い結果が起こり、出目の数が低ければ低いほど彼にとって悪い結果が起こる。
技能値を50とした場合、01~05は致命的失敗。06~50は失敗。51~95は成功。96~100は決定的成功と判定されるはずだ。
常闇の王の技能値は不明。通常のルールなら01~30%未満は苦手。30~40%未満は素人。40~60%未満はセミプロ。60~80%未満はプロ。81~99%以下はトッププロ。っと言ったところ。
一般的なルールであれば、80%が技能レベルの上限であり、どんなルールで勝負するにせよ、01~20の数字を出させることができれば、我々の勝利となるはずだ。
残された悪魔は吾輩を含めて三名。すごろく状のマップに戻り、常闇の王は再びダイスを振る。出目は5。数字の数だけ前に進み、またもや何も描かれていないマス目に止まり、真っ黒な天井を見上げている。
「なぁ。僕に敬意を払って、もう少しシナリオに凝ったらどうだ? 真実を探求するTRPGの醍醐味ってやつを教えてくれよ」
どの口が……と思わんこともないが、彼はTRPGの生みの親ではない。神話が独り歩きして作られたものであり、恐らく内容を隅々まで知っているわけではない。この世界を純粋に楽しむつもりなのだろう。なんの脈絡もなく遊女と投扇興対決……なんてものはプレイヤー側だと興覚めしてしまうだろうし、隅々まで見て回りたいと思えるような世界観ではない。とはいえ、趣味嗜好に一貫性のない吾輩たちと勝負してもらう必要があり、ここから軌道修正するのは非常に困難。無視して進めるのが手堅くはあるが……。
『常闇の王の前に広がるのは、マルチバース。古代の遺物『アンティキティラの機械』に触れたことにより、今まで滅ぼしてきた世界を旅することになった。その先に待ち受けているのは希望か、絶望か。自らの罪に触れ、真実を探求する物語は幸先のいいスタートを切り、次に訪れたのは二つ目の世界』
未熟な点を見過ごしたまま進行すれば、ゲームマスターとしての名が廃る。どうにかこうにか頭をひねり、無理矢理ながら辻褄を合わせてやった。
「おっ、いいねぇ。その調子で頼むよ、ちみぃ」
それがお気に召したのか、うざったい口調で賞賛すると、暗闇の世界は再び光に包まれた。
眼前に広がるのは、ロンドンに居を構えるバッキンガム宮殿。常闇の王は正門から堂々と訪問し、歴史的建造物に足を踏み入れた。衛兵や近衛兵はおらず、正面玄関で出迎えているのは、黒の貴族服を着た黒髪短髪で細身細目の男……マーリンXIII世。鬼道楓や吾輩と同じく第一級悪魔に該当する。
「ようこそおいでくださった、常闇の王。次は私と勝負願おうか」
「……いいぜ、乗ってやる。ルールを話せ」
「ゲーム名は『英路戦苦』。私は貴殿を追い、身体にタッチすることができれば、私の勝利。そちらは私から逃げ、タッチされずに一時間経過すれば、貴殿の勝利。逃走範囲はバッキンガム宮殿内に限る。775ある部屋を自由に移動したり、物品を収集したり、私に使用することも可能。ただし、一度訪れた部屋を二度と訪問することはできず、禁を破れば、そちらの敗北が確定する。このルールは鬼の私に適用されないが、物品の収集と使用は逃走者限定の能力となる」
「ようは、部屋と道具を駆使して逃げる鬼ごっこってところか?」
「そう思っていただいて構わない。加えて、前回と共通の仕様ではあるが、私とエンカウントする度にダイスロールが行われ、逃走成功か逃走失敗の判定が行われる。道具を使用するかどうかもそこで問われ、道具は特別なものを除いて一度のみの使い切り。現在の敏捷性の技能値+道具の補正がつき、成功か失敗の判定が行われる」
「一度も出くわさずに終えるのが理想か。立場が逆転したというか、因果応報というか。ほんっと皮肉なゲームを用意してくれたもんだぜ」
「褒め言葉と受け取っておこう。他に質問はあるか?」
「経過時間はどこで確認すればいい?」
「幸い、宮殿内には350個もの時計が置かれている。部屋に入った時に確認するなり、廊下でも目にすることができる。物品として手に持つことも可能だが、所持できるアイテムは一つまで。何を収集するかは慎重に決めることだな」
「へぇ、思ったより作り込んでるな。地の利があったってところか?」
「生憎、ゲームに不必要な質問には答えないようにしている。ご容赦してくれ」
「あっそ。じゃあ、質問は以上だ。さっさとゲームを始めようぜ」
つつがなくルール説明が終わり、常闇の王は屈伸運動をして、ゲーム開始に備えている。彼は物事を楽観的に受け止めている一方で、見ているだけの吾輩は悲観的な緊張感の高まりを感じていた。
こちらとしては十分な勝機があるはずだが、それを感じさせない余裕が嫌な予感を加速させる。常闇の王に設定された技能値は依然として謎に包まれており、ダイスの仕様は概ね予想通りだったが、詳細が明らかになったわけではない。
何か見落としている気がする。どんな設定や世界観を盛り込もうが、どんなシナリオを提供しようが我々の自由だが、彼はそれに縛らわれないだけの肩書きとユニーク性を秘めている。現に鬼道楓との勝負で、その片鱗を見せつけた。一歩間違えれば、ゲームマスターの立場を奪われる。そんな予感すらあった。
「ではこれより、私は目を閉じ、10カウント後に貴殿の捜索を始め、そこから一時間のタイマーをスタートさせる。心の準備はいいか?」
「あぁ、体調も精神も万全。いつでもきやがれ」
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10……。『英路戦苦』開始――」
宣言通りカウントを終え、マーリンXIII世は目を見開くと、表情が固まった。目の前にいる存在を直視し、細目を薄っすらとあけ、瞳が揺らいでいるのが分かった。
「お前は大いなるクトゥルフを見た。SAN値チェックの時間だ。ダイスを振れ」
吾輩の嫌な予感は当たってしまっていた。常闇の王をゲームのプレイヤーに見立てることはできても、その本質を変えることはできない。どれだけルールを作り込んだとしても、あの異形の姿を見てしまえば、正気を保つことは難しい。
ゲームマスターの立場上、客観的に物事を見ているからこそ正気を保てているが、同じ土俵で直視すれば吾輩にも同じ現象が訪れるだろう。
既存のルールであれば、SAN値チェック……言うなれば、正気度の判定が行われる。初期値の上限は99だが、平均値は50。恐ろしい現象に遭遇する度にダイスロールが行われ、出目やイベントの強弱によって、正気度の数値が変動する。基本的に正気度が回復することはなく、現状維持が成功扱いであり、それ以外は失敗。つまりは正気度は減少する。
『大いなるクトゥルフを見た』というイベントは設定上、最悪のものであり、ダイスに成功してもSAN値が1~10を削られ、失敗すれば1~100が削られる。初期設定されたSAN値が0になれば、永久的狂気という名の死が訪れ、少なくとも、この物語内で活躍することは不可能となる。
「…………」
マーリンXIII世の足元に出現したのは100面ダイス。仮に彼のSAN値が50とするならば、51以上が出たら失敗。50以下なら成功という扱いになる。我々は常闇の王ではないのだから、通常のルールが適用されると見ていいだろう。
「――」
彼は一言も発さず、観念したようにダイスを振るう。出目は82。どれだけ強靭なメンタルを備えていたとしても厳しい数字だ。
「あぁ、こいつはひどい。失敗だな。次に減少値を確定させろ」
常闇の王は進行役に回り、吾輩の役割を完全に奪っていた。なんの脈絡もない妄言だったら突っぱねることもできたが、こいつは通常のルールに則ったもの。原典の仕様には抗えず、吾輩は見ていることしかできなかった。
ここからは失敗の中での数字の大小を決めることになり、1~100の間で選ばれた出目がそのままダイレクトにSAN値を削ることになる。
「貴様……ただで済むと思うなよ」
恨み節を述べながら、マーリンXIII世は再び100面体のダイスを振るう。SAN値チェックに耐え、ルール上の仕様で殺すという気概を感じた。その運命を決めるダイスはコロコロと転がっていき、出目が確定する。
「41か……。絶妙だな。一般的な精神力の持ち主なら耐えられる数値。だが、常にビクビクしてる、お前は違うよな? 第一級悪魔と偽り、マーリンXIII世の皮を被ったメンタルへなちょこのお嬢様には耐えがたいよなぁ!!」
元の黒塗りの状態に戻った常闇の王は責め立てる。何らかの確信をもって、嘘を見破るような発言を浴びせている。真偽は不明だが、それは自ずと分かるだろう。
「あ……あぁ。私は、わたしはぁあぁっぁあぁああ……」
詳細が語られることなく、彼……いいや、彼女は膝を崩し、勝敗は決する。こちらの戦力は残り二名。正直言って、勝ち目は薄いな。




