第23話 常闇の王
戦争の騎士ことアタシが宿る肉体……ヴァルブルガ・アリギエーリは黒魔術の専門家だった。相手を祝うのではなく、呪うことに長けていた。そうなるに至った経緯は誰も知りたくないだろうから割愛するが、常闇の王との戦いで死に絶えることも考えて、どうしても記しておかなければならないことがある。
魔術と黒魔術は違う。
決定的な差異は、工程の多さ。必要とする素材、配分、分量、保存状態、熟成期間、適切な場所、適切な刻印、書を読み取る語学力、呪いの反作用に耐え得る器の強度。書き出したらキリがないが、それらを慎重に重ね合わせた結果、黒魔術というものが成り立つ。アタシからすれば、昨今の魔術はインスタントラーメンと同じ粗末な代物だね。魔術道具と意思の力さえ使えれば、誰でも気軽に扱うことができるが、当然ながら本場の黒魔術には勝てない。深みも、奥行きも、自由度も、カスタマイズ性も、再現可能な現象の規模も、何もかもが異なる。
ファストフードに、高級フレンチが味で負けるわけがない。値段や手間を度外視すれば、後者に軍配が上がる。魔術と黒魔術の関係性も同じだ。今では古臭い時代遅れな手法のことをクラシック、現代的なアップデートを果たしたものをモダンと呼ぶそうだが、アタシはそれを認めない。黒魔術こそが理想であり、至高。それを世間に証明するためにも、常闇の王には勝たなければならない。
「…………っっ」
視界が揺れる。膝が崩れ、立っていられなくなる。地面に転がっているのは黒い光沢を放っている不等辺四辺形の多面体。それを中心にして反螺旋状に吸い込まれるように描かれた魔術刻印は崩壊し、形を保てなくなっていた。
「はい、ご苦労さん。無駄な努力お疲れー」
正面にいる常闇の王は右手の掌を左右に振るい、軽快なトーンで言った。周囲には異形の魚が飛び交い、魔術刻印を食い散らかしている。……どうやら、アタシの読みは外れたらしい。量よりも質を重視し、一点ものしか用意しなかったが、通用しなかった時点で敗色は濃厚。細々とした攻防で勝てるわけがなく、杖剣を突き刺せたとしても、効果は見込めないだろうね。
「さっさと殺しなさいな。今のアタシに勝ち目はない」
杖剣を地面に置き、両手を上げ、投了の意を示す。敗者に死に方は選べない。異形の魚に噛み殺されようが、常闇の王に殴り殺されようが、文句は言えなかった。
「愚直に見苦しくも運命に抗うのが僕の好みなんだが……それもまた一興か」
その期待に応えるように、彼は一歩ずつ近づき、右手を横に突き出し、異形の魚を脈動する槍に変換させる。ありとあらゆる化け物の細胞を寄せ集めたような気色悪さがあった。どんな能力が秘められているか全く分からないが、無防備な状態で食らえば、ひとたまりもないだろう。まぁ、恐らく、その辺に泳いでいる異形の魚の一部になるのがオチだ。アレを受けて、人の形を保てる気がしない。
「お言葉に甘えて、スッパリアッサリ散らしてやるよ!!」
短く断りを入れ、常闇の王は脈動する槍を突き立てる。アタシの心臓を貫くようにして、鋭利な先端部分を迫らせた。
「……」
しかし、訪れるのは無。臓器が飛び散るような不快な音色は鳴り響かない。全身黒塗りのせいで表情を読み取ることはできないが、常闇の王に何らかの心情変化があったのが分かる。脈動する槍を手放し、両手を軽く叩き、能力を解除したのが見える。気付けば、周りに飛び交っていた異形の魚も消えていた。色々と予想を立てることができるが、彼にしか分からない問題を熟考しても意味がない。嘘か真実か無視されるかは置いといて、知るべきは本人の口から語られる理由。
「常闇の王ともあろう御方が、人間に情が湧いたとでも言わないだろうね」
「情というより興味が湧いたね。素直に殺していたら、僕がやられていた」
「……根拠は?」
「凧形二十四面体トラペゾヘドロン。こいつには確かに、僕を封じる力がある。本来は僕たちを呼び出すために使うものだが、魔術刻印に反転作用の意味を込め、元の世界に帰す効果があった。……ただ、こいつはダミーだ。打ち破られる前提で策を練り、突破させることで油断を誘い、本命を覆い隠した」
「……つまり?」
「本物のトラペゾヘドロンはお前の体内にある。殺されることで発動するギミック。ダミーなら地面に描かれた魔術刻印は正常に作動しないが、魔術刻印上に本物を持つお前が立っていれば作動する。それが僕を誤認させた。ダミーを本物だと思い込ます罠になった。僕の読みが正しければ、お前の裸体には地面に描かれていた反黄金比率の魔術刻印と同様のものが描かれているはずだ。凡人にしてはよくやった方だよ。才のないババアが知恵と工夫でどうにかしようと試行錯誤した光景が、瞼の裏に浮かぶね。いやー、枯れかけなのに、よく頑張った。年齢を考慮に入れて、50点。優秀ではないが、赤点はギリ回避だ。誇っていいよ。というか、僕と敵対して生き延びられた時点で大したもんだ。狭い箱庭の中なら上澄みといっていい。悪いことは言わないから、お山の大将で満足しときな。……まぁ、そのお山に住まう人々はこれから亡くなるんだけども」
常闇の王は淡々と答え合わせを済ませ、殺さなかった理由を添える。恐れ入った。打ち破られる可能性は当然ながら頭にあったが、ここまで見抜かれるとは思ってもみなかったね。本当の意味で万策が尽きたことになる。
「それを黙って見ていろと?」
「ここは特等席。SS+のアリーナ席だ。18年もののシングルモルトを片手に愉しめばいいよ。人類が滅びるさまと、それに付随する混沌をね」
アタシは常闇の王を止める術を持たない。自死したところで、能力は発動しない。正直言って、詰んでいた。アタシ一人の力じゃ、運命に抗えなかった。
視線は自ずと下を向き、階段下に広がる祭りの会場が目に入る。そこに期せずして立っていたのは、六名+一匹。その中でも見覚えのある幼い少女の悪魔は威勢よく言い放った。
「混沌がお望みか? 欲しけりゃくれてやるぞい!!!」
リア・ヒトラーは一拍置き、周囲に目配せし、こくんと頷き合い、タイミングを見計らって彼ら彼女らは同時に告げる。
「独創世界『千年帝国』!!!」
「独創世界『鬼門闘宴』!!!」
「独創世界『自由の街』!!!」
「独創世界『遊楽花柳』!!!」
突如訪れるのは混沌。これから何が起こるか予測不可能だった。




