第22話 それぞれの思惑
「…………」
アタシは夜の帳が下りるテレージエンヴィーゼの階段を一歩ずつ上る。宮廷衣装めいた赤いドレスの長ったらしいスカートの裾を両手で掴み、コツコツと黒のフラットシューズの靴音を鳴らし、着実に歩みを進める。
この日が来るのを長らく待っていた。復活した常闇の王と対面できる瞬間を待ちわびていた。視線を上向きにすると、そこには漆黒の男。その隣には黒スーツに中折れ帽子を被った女鬼ルドルフが立っている。
アタシを含めた四騎士は、四首領の封印が解かれたことによって現界した存在。同じ封印によって縛られていた常闇の王とも明確な因果関係があり、ナナコ目線だと裏切ったように見えるだろうね。事前に打ち合わせた作戦でも、祭りを『盛り上げる』ことが重要だと口を酸っぱくして言っていた。
彼女に嘘をついていたのは間違いない。ルドルフや四騎士の大半が常闇の王の復活を望んでいたのも揺らぎようがない事実。……ただ、アタシたちは一枚岩じゃない。各々の概念を体現する中で、明確な思想の違いが生まれた。支配の騎士は支配の力が及ばない煉獄に執着し、飢餓の騎士は飢餓の力が及ばない地獄に執着し、死の騎士は死の力が及ばない天国に執着した。言うまでもなく、戦争の騎士であるアタシも例外じゃなかった。
「復活を祝して浴びるようにビールでも飲むか? ヴァルブルガ・アリギエーリ」
ルドルフは若い女鬼の声帯を使い、加齢臭がする台詞を口走る。色々と言い返したいことはあるものの、先にアタシは左腰にある杖に右手を伸ばし、柄を握り、鞘走り、杖剣を露わにした。それを西洋騎士風に胸前で切っ先を天に向けるように持ち、赤いセンスを薄っすらと身に纏った。
「庶民の安酒は結構。最低でも18年もののシングルモルトを用意しなさいな。ルドルフ・フォン・ゼボッテンドルフ」
身の毛のよだつ申し出に対し、迎合することなく、アタシはキッパリと断りを入れる。敵対宣言とも取れる言動であり、その意味が分からないほど、おバカさんでもない。……ただ、ルドルフは構えず、センスも纏わず、「趣味も嗜好も思想も相容れないようだな」と澄ました顔で言い放っている。意思能力抜きで勝つつもりなのか、何らかの策を用意しているのか、常闇の王に戦わせるつもりなのか。なんでもいい。アタシのやることは同じ。
「ええ、それだけは相容れる。軽い自己紹介はこのぐらいにして、とっとと始めましょうか。……最終戦争序章を」
◇◇◇
封印されていた四騎士は四首領と密接に関係しておる。支配はローラ、飢餓はニコラ、死はフランク、そして……戦争は吾輩。目に見えた繋がりこそないものの、目に見えない因果で結ばれておる。コインの表と裏のような関係性であり、全く異なる人格や背景を持ち合わせていながらも、本質部分では繋がっておる。
オタク君が有する支配の能力に、ローラが対応したのは偶然ではない。幼女が有する飢餓の能力に、ニコラが後始末を任せられたのも偶然ではない。となれば、貴婦人が有する戦争の能力に、吾輩が巻き込まれるのは必然だと考えられる。
9月14日に行われた人類救済のための作戦会議。ヴァルブルガの嘘に吾輩は気付いていた。発言に粗があったわけでもなく、明確な根拠があったわけでもない。ただ、なんとなく分かった。こうなるビジョンは見えていた。予知夢のように繰り返し再生される負の光景が吾輩を本気にさせた。
仕込む時間はそれなりにあった。約6日だ。古今東西から魔術道具をかき集め、常闇の王に特攻があるものを選りすぐることも可能だった。ただ、いくらコレクションを揃えたところで、勝てるビジョンが浮かばんかった。相手は混沌だ。等身大の図体だろうと、その中身は得体が知れない。別の宇宙そのものを内包していると言っても差し支えなく、どんな得物を用意しようが、通用する気がせんかった。
ナナコに相談することも考えたが、実際に問題が起こるまでは根拠のない妄想。それに巻き込むわけにはいかず、吾輩は孤独に思い悩んだ。考えに考え抜いて、思いつくものを一つ一つ消去法で整理していき、ようやく行き着いた。
吾輩は孤独ではなかった。根拠のない妄想でも相談できる存在がいた。灯台下暗しというべきか、答えはすぐ近くにあった。
『「「「「「………」」」」」』
テント前に集結させたのは、五名+一匹。吾輩のオクトーバーフェストはここから始まる。




