第二部 南方戦線に取り残された同胞の救出を誓う エピローグ・南の島から笑顔でさようなら
マヌス島が降伏する少し前になる。
1945年8月。連合軍の足並みが乱れ、ニューギニアのアメリカ軍が自壊の道を歩む中、日本海軍は取り残された将兵を救助する航空戦力と、影で支える練達の補助艦艇を戦域へと投入していた。
広大な太平洋を監視する日本軍の「眼」となっていたのは、大型飛行艇の二式飛行艇であった。
かつて横浜、横須賀、佐世保の各航空隊で分散運用されていた飛行艇部隊は、1945年2月の再編によって名門「第八〇一海軍航空隊(801空)」へと集約されていた。本来、彼らの主戦場は沖縄戦(菊水作戦)に伴う索敵任務であり、四国の詫間海軍航空基地を拠点としていたが、その一部がニューギニア・カリマンタン方面の異常事態を捉えるべく、遥か南方へと派遣されていた。
当時、日本全国で稼働する二式大艇は、詫間基地の10機前後を含めてもわずか20機に満たない。しかし、精鋭中の精鋭であった。
四発エンジンの重厚な咆哮を轟かせ、海面すれすれを這うように飛ぶその巨躯は、撤退するオーストラリア軍の船団や、孤立しているアメリカ軍陣地を、雲の上から見下ろしていた。
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二式大艇が「眼」ならば、その活動を支える「動く拠点」として機能していたのが、特設水上機母艦だった『聖川丸』だ。特設水上機母艦として活躍していたが戦況の変化によって、特設運送船への類別変更されていた。しかし、特設艦船の改装工事は戦局の悪化に伴って非常に急ピッチで行われたために、航空燃料の補給ホースや一部の配管系統などの撤去が完全に行われず、船内にそのまま残されていた。
元々はニューヨーク航路を華やかに彩るはずだった最新鋭高速貨物船「神川丸型」の4番船。開戦前に徴用され、水上機母艦へと姿を変えたこの艦は、数多の戦場を潜り抜けながら1945年のこの時まで生き残った、強運と実力の象徴であった。
約6,800トンの排水量を持ちながら、最大速力は20ノットに達する。この俊足こそが、敵航空機や潜水艦の追跡を振り切り、広大な外洋で策源地として機能するための最大の武器であった。特設艦艇とはいえ、12cm単装高角砲や25mm機銃で武装し、敵の小規模な襲撃を返り討ちにするだけの能力を備えていた。
ニューブリテン島やブーゲンビル島から日本軍が撤退し、新たな戦線へと向かう際、この『聖川丸』が果たす役割は決定的だった。港湾施設が破壊された場所でも、彼女がいればそこが即座に航空基地となる。二式大艇が捉えた敵軍の動向は、すぐさま『聖川丸』を経由して総司令部へと伝えられた。
「801空の二式大艇より入電。オーストラリア軍帰還船団、予定通り進路を南へ航行中。」
『聖川丸』の艦橋でその報告を聞く指揮官たちは、ディーゼルエンジンが生み出す鼓動を感じながら、この奇妙な和平へのプロセスを静かに見守っていた。
北方ではソ連軍の侵略が続く中、この南方の大地では、巨大な飛空艇と歴戦の特設艦艇が手を携え、次なる一手へと繋いでいた。
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カリマンタン島の日本軍司令部。熱帯の濃い湿気が立ち込める一室で、地図を囲む二人の男がいた。「因幡乃白兎艦隊」を率いる古村中将と、第八〇一海軍航空隊(801空)の指揮官、菅原大佐である。
机上に広げられた太平洋の海図には、ニューブリテン島、ブーゲンビル島、そしてそれらを守るように配置された各拠点が印されていた。
古村中将は、地図上の太平洋に浮かぶ島を指先で叩き、厳しい表情で口を開いた。
「オーストラリア軍との秘密協定により、残された我が将兵をようやく回収する機会ができた。だが、問題は『時間』だ。通常の艦隊を回航させていては、マヌス島のアメリカ軍や、いまだ戦意を失っていない敵残存部隊に察知される恐れがある。何より、彼らを一日でも早く収容せねばならん」
古村は、カリマンタンからそれらの島々までの膨大な距離を睨みつけた。
「水上艦の足では、準備を含めれば到着までに数か月を要する。その間に彼らは餓死する」
それを受け、801空の指揮官・菅原大佐が静かに、しかし自信に満ちた声で応じた。
「であれば、我が801空の二式大艇をお使いください。閣下、あの機体はただの飛行艇ではありません。航続距離、速度、そして搭載量――どれをとっても現在の救出任務には最適です。今、香川の詫間から呼び寄せた精鋭たちが、ここカリマンタンで翼を休めております」
菅原は、司令官室の窓から港の方を見て、特設水上機母艦『聖川丸』を指し示した。
「しかし、飛行艇といえど、連続した大規模運用には燃料と整備の拠点が不可欠です。そこで『聖川丸』を先行させます。聖川丸は商船譲りの20ノットで、敵の哨戒網を掻い潜りながら島々の影に潜り込める。聖川丸が『動く前進基地』となれば、二式大艇は着水するたびに燃料を補給し、休むことなく将兵をピストン輸送することが可能です」
古村中将の目が、鋭い光を帯びた。
「水上機部隊と水上機母艦の組み合わせか。……面白い。艦隊という巨体を動かさず、最小の単位で最大の機動力を発揮する。これこそが、サメの背を渡って海を越えた『因幡の白兎』の戦法というわけだな」
「左様です。二式大艇の巨躯なら、一度に数十名の負傷兵や重要人員を運ぶことも容易。マヌス島のアメリカ軍が重い腰を上げる前に、我々は空から彼らを掬い取ります」
古村中将は深く頷き、決断を下した。
「よし、菅原大佐。801空と『聖川丸』、これより救出任務の先遣隊として直ちに発進せよ。海軍都市マヌスの鼻先を掠め、我らが同胞を一人残らず連れ戻すのだ」
「はっ、直ちに!」
司令部の窓の外では、夕闇の迫る海面に、801空の二式大艇が浮かんでいる。
数時間後には、それらの巨躯が20ノットで先行する『聖川丸』を追い、南太平洋の島々へと「空中回廊」を築くべく飛び立つことになる。
それは、大艦隊による力押しではない、日本軍が残された僅かな精鋭を駆使して行う、最も迅速で、最も人道的な「戦い」の始まりであった。
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太平洋のただ中に浮かぶ、絶海の孤島――ウェーキ島(大鳥島)。かつてアメリカ軍から奪取したこの島は、勝利の栄光など微塵も感じさせない「地獄の檻」へと変貌していた。
灼熱の太陽が照りつける珊瑚礁の島には、約4,000名の将兵が取り残されていた。
海軍・第65警備隊 開戦以来の主、酒井原繁松少将に率いられ、航空基地を守備する。
陸軍・独立混成第13連隊 増強部隊として送り込まれ、今や海軍と共に「飢え」という共通の敵に立ち向かっていた。
守備隊の命綱であった補給は、1944年春を最後に途絶えた。米軍はあえて上陸せず、島を包囲して放置する「跳び石作戦」を採ったのだ。それは、銃弾を費やすまでもなく、島を巨大な墓場に変えるための残酷な選択であった。
「……また一人、動かなくなったか」
第65警備隊の壕の入り口で、一人の兵士が力なく呟く。足元には、貴重な蛋白源を求めて海へ出て、米軍機の機銃掃射を浴びて命を落とした戦友の亡骸があった。
彼らの食事は、島に生い茂る食べられる植物をすり潰し、わずかな雑穀の粉を混ぜて、蒸し上げた「草団子」だった。少しでも腹を膨らませようとする涙ぐましい知恵だったが、繊維質ばかりで栄養のないそれを食べれば食べるほど、兵士たちの体は痩せ細っていった。
「大鳥島」の名が示す通り、かつて数万羽が乱舞したアホウドリやその卵も、今や一羽の影すら見当たらない。空腹に耐えかねた将兵が、文字通り「獲り尽くした」のだ。
サツマイモやカボチャを育てるべく、サンゴ礁の痩せた土を耕したが、塩害と容赦ない日照りが全てを奪った。脚気と赤痢が蔓延し、医薬品の尽きた地下壕では、毎日静かな、しかし確実な死の連鎖が続いていた。
司令官・酒井原少将の肩には、物理的な飢え以上の重圧がのしかかっていた。
1943年10月。猛烈な空襲の最中、将来の上陸戦での内応を恐れた彼は、残っていた米軍民間人捕虜98名の処刑を命じた。その凶行の記憶は、地下壕の暗闇の中で今も消えず、指揮官たちの心を蝕んでいる。
しかし、それでも彼らは生きたいと望む、誰かが、生きて、日本に帰るために。
極限状態は、軍としての「組織」すらも内側から腐食させていた。食糧を巡る盗難が日常化し、上官への不信感は限界点を超えている。軍紀という名の糸は、今やいつ切れてもおかしくないほど細く引き絞られていた。
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夕方、ウェーキ島は静寂と共に空と海が茜色や紫色に染まる。
かつては一日に何度も空を切り裂いていたアメリカ軍の航空機の爆音は、ここ数日、嘘のように途絶えている。兵士たちにとって、それは不気味な静寂であると同時に、飢えを凌ぐための貴重な「時間」でもあった。
波打ち際では、数人の兵士たちが力なく網を曳き、魚を追っていた。
あばら骨が浮き出た体、陽に焼けて黒くなった肌。かつて精鋭と呼ばれた面影はどこにもない。それでも彼らは、食べ物を求め、最後の手足を動かしていた。
漁の合間、一人の兵士が砂浜に膝をついた。
彼は、この日の最後の光を眩いばかり放って沈みゆく水平線の太陽に向かって、静かに、深く、骨ばった両手を合わせた。
「おてんとさま、……どうか、我らをお救いください」
その声は風にかき消されそうなほど細かったが、そこには極限状態を生き抜いた者だけが持つ、魂の底からの祈りが込められていた。
祈りを終え、眩しさに細めていた彼の目が、ふと水平線の異変を捉えた。
青い海と真っ赤な空の境界線に、針の先ほどの黒い点が見えた。それは急速に大きくなり、特有の重量感を持ったシルエットへと変わっていく、せん妄でも、幻でもない。
彼は言葉を発しなかった。ただ、震える指先を、静かにその方向へと向けた。
「……?」
異変に気づいた仲間たちが、漁の手を止め、一人、また一人と彼が指し示す方向へ顔を上げた。
「二式大……艇……」
誰かが乾いた声で呟いた。
兵士たちの目には、いつの間にか熱いものが込み上げていた。太陽への祈りは、確かに届いたのだ。
彼らは海に向かって歩き出す。
波が足を洗う。
彼らは静かにその飛行機を見つめていた。
飛行機は海をすべるようにゆっくりと浮かんでいた。
そして、目の前の海に着水してゆっくりと砂浜に乗り上げた。
扉が開けられ、乗員が手を振って現れた。
「第八〇一海軍航空隊、大鳥島守備隊の救助に参りました。大変お待たせ致しました、さあ、皆さん、日本に帰りましょう」
ウェーキ島の兵士たちは、ようやく、故郷に帰る。
南方戦線に取り残された同胞の救出を誓う 了




