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待たせたな!  作者: 僧籍
第三部 戦線を押し上げろ!

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95/113

第三部 エピローグ 戦いの終わり 1945年12月

1945年12月。かつて「不沈の巨大兵站基地」「移動する海軍工廠」と謳われ、連合軍の反攻を支えたマヌス島は、今や静かな窒息の淵に立たされていた。日本海軍「新太平洋艦隊」による数カ月にわたる海上封鎖は、この巨大な胃袋を確実に干し上げていたのである。そしてその朝、マヌス島司令部に戦慄が走った。


---


水平線の彼方、朝霧を切り裂いて現れたのは、日本艦隊であった。先頭に立つのは、日本海軍の誇り、戦艦「長門」。その背後には、幾多の激戦を潜り抜けた快速戦艦「榛名」、そして天を衝く多層式の塔型艦橋を持つ航空戦艦「伊勢」「日向」が堂々たる陣列を敷く。さらに、その外周を新鋭空母「天城」「葛城」が固め、二重の護衛艦隊が海面を覆い尽くしていた。各艦のマストには、朝日に輝く旭日旗が南太平洋の風に誇らしく翻っている。


ドレムセル山(Mount Dremsel)の監視所。レーダー画面を凝視していた監視員が、乾いた声で呟いた。


「……とうとう、この時が来たか。奴らは、我々を処刑しに来たのか!」


司令部の通信室には、悲鳴に近い報告が次々と飛び込む。


「方位280、大規模艦隊反応! 依然として直進中!」


直後、上空を哨戒していたカタリナ飛行艇からも緊急暗号電が入る。内容は同じ――日本海軍主力艦隊、マヌス島へ向けて最終接近中。マヌス島総司令官は、手渡された二通の電文を無言で見比べ、情報の正しさを確信した。彼はゆっくりと顔を上げ、会議室に集まった幕僚たちを静かに見渡した。


「諸君、現状はどうだ」


幕僚の一人が、苦渋に満ちた声で報告する。


「食糧備蓄はすでに半分を切っています。ですが、燃料だけはまだ十分にあります。補給路を絶たれて以来、士気は低下の一途ですが……長距離砲陣地と対空陣地は健在です。数週間の戦いであれば、耐えられるでしょう」


司令官は窓の外、鋼鉄の水平線を見つめ、短く命じた。


「直ちに全軍、戦闘準備。マヌスの意地を見せてやれ」


---


海岸線から、熱を帯びた潮風がコンクリートの銃眼から吹き込む。三人の兵士が狭隘なトーチカへと這い入り、その奥に据えられた重機関銃のボルトを力任せに引いた。「ガチリ」という硬質な金属音が、逃げ場のない石牢のような空間に虚しく反響し、給弾ベルトの金属光沢が鈍く光る。すぐ隣の重迫撃砲陣地でも、作業は無言のまま続いていた。兵士たちは泥と脂汗にまみれた手で、砲弾の信管一つひとつを、まるで壊れ物を扱うかのように慎重に点検している。


彼らの顔は、吹き付ける土埃と乾いた汗で塗り固められ、もはや表情を読み取ることはできない。交わされる言葉は極端に少なく、重苦しい沈黙だけがそこにあった。その沈黙は、水平線の彼方から刻一刻と迫る、鋼鉄の嵐という名の「地獄」を、彼らが肌で、そして魂で予感している証だった。地面を深く抉って作られた対空陣地では、四連装機銃の黒い銃身が空を睨んでいた。指揮官は、砂塵が舞うスリットを飛び回り、死の恐怖に震える部下たちの背中を叩き、怒声を張り上げた。


「いいか、野郎ども! 遥々やってきた日本人どもに、最高に熱い『おもてなし』を用意してやれ!」


張り詰めた空気の中、若い給弾手が裏返りそうな声を振り絞り、精一杯の強がりを叫び返す。


「イエッサー! 1グレートグロス――1728発の鉛玉を、特製のギフトカードをつけて奴らのどてっ腹に叩き込んでやりますよ!」


その絶叫は、降り注ぐ鋼鉄の嵐を前にした、若者たちの最後の抵抗の雄叫びのようであった。堅牢なコンクリートに守られた要塞陣地では、155ミリカノン砲「ロング・トム」の長大な砲身が、水平線の彼方から迫る「死」に対して反抗の牙をむく。島の最高峰、ドレムセル山の観測所からは近づく日本艦隊の全容が捉えられ、弾道を導き出すための精密な諸元が、刻一刻と算出されていく。ジャングルを縫うように張り巡らされた電話線と、大気を震わせる無線信号。そこでは、敵を確実に抹殺するための座標と命令が、濃密な殺意を乗せて、絶え間なく交錯していた。今や島全体が、極限まで引き絞られ、いつ千切れてもおかしくない一本の「弦」と化していた。一触即発の、狂気的なまでの緊張がマヌスの島を支配していた。軍属の民間人たちは、指示に従い、押し黙ったまま地下防空壕の冷たい闇へと吸い込まれていった。


南太平洋の眩い陽光を謳歌し、「後方の楽園」と呼ばれたマヌス島の面影は、そこにはもうない。重厚な防空扉の閉まる音が、かつての平和との決別を告げる弔鐘のように、湿った地下通路に虚しく反響していた。沈黙を破ったのは、戦艦「長門」の41センチ主砲だった。


「ドォォォォン!!」


腹の底を揺さぶる重低音が響き、島の中央部が巨大な火柱とともに爆ぜた。「榛名」の36センチ砲、「伊勢」「日向」の巨砲がそれに続く。一斉射ごとに、海岸沿いの対空陣地や砲兵陣地が、土砂ごと空へ跳ね飛ばされていく。空からは、空母「天城」「葛城」から放たれた九九式艦上爆撃機の編隊が、真上から飛び込むような急降下を開始した。


「ギィィィィィン!」


空気を引き裂く風切音が、防空壕の中まで響き渡る。次々と投下される250キロ爆弾が、港湾施設や弾薬庫を正確に穿ち、連鎖爆発を引き起こした。そのさらに上空では、零戦の編隊が、迎撃機を待ち構える鷹のように悠然と旋回している。さらに、爆装した零戦が低空で水平爆撃を敢行し、生き残ったトーチカや対空陣地を執拗に潰していった。


司令部には、絶望的な被害報告が雪崩のように押し寄せる。


「第3、第5倉庫群、完全に焼失!」

「海岸第2砲陣地、沈黙!」

「反撃の余力……ありません! 敵の弾幕が厚すぎる!」


反撃の矢を放とうにも、マヌスのアメリカ軍は、今や逃げ場のない巨大な標的と化していた。司令部にいる全員が、皮膚で感じていた。これはもはや「戦い」ではない。一方的な「蹂躙」である。爆撃の合間を縫うように、一通の平文の通信文が司令部に届いた。差出人は、日本海軍新太平洋艦隊司令官・加治中将。


『これ以上の無益な流血を避けるため、即時の降伏を勧告する』


地下壕の会議室では、喧々諤々の意見が火花を散らした。


「降伏など、米海軍の恥辱だ! 最後まで戦って死ぬべきだ!」


「死ぬのは兵士だ! 食糧も尽きかけたこの状況で、何を守るというんだ!」


「マヌスを枕に討ち死にすれば、本国も目を覚ますはずだ!」


「現実を見ろ! すでにここは地獄の釜の底だ!」


怒号が反響する中、再び島を揺るがした「長門」の着弾衝撃が、すべての議論を物理的に断ち切った。舞い落ちる粉塵の中で、司令官は静かに口を開いた。


「……静かに」


その低い一言で、部屋は水を打ったように静まり返った。


「……我々は降伏する。それしか道はない。諸君、我々は十分に戦った。これ以上の抵抗は、勇敢な兵士たちを無意味な死へと追いやるだけだ。彼らには、いつか故郷の土を踏む権利がある」


反論の声は上がらなかった。マヌス島総司令官のその言葉は、地下壕に充満していた殺気と焦燥を、静かな諦念へと変えた。司令官が視線を向けると、幕僚たちは一様にうつむき、あるいは深く息を吐いた。彼らもまた、喉元まで出かかっていたその言葉を、誰かが口にするのを待っていたのだ。沈黙が、重い同意となって部屋を満たした。


---


翌朝。戦艦「長門」の広大な木甲板の上で、降伏の調印式が執り行われた。天を突く41センチ主砲の巨大な影が、整列した日本海軍将兵の視線とともに、米軍代表団を圧倒する。米軍司令官は屈辱に震える手で、提示された文書にペンを走らせた。


しかし、条項を読み進めるうちに、彼の動きが止まった。


「……撤兵を、許すというのか?」


加治中将は、穏やかだが揺るぎない口調で答えた。


「マヌス島に残された貴軍の輸送艦艇と、残存燃料を使い、全将兵および民間人が、貴軍のニューカレドニア島のアメリカ南太平洋戦域軍司令部 ヌメアへ去ることを認めます。捕虜として拘束するつもりはありません」


司令官は驚愕し、加治を見つめた。加治は言葉を継いだ。


「代わりに、条件がある。ソロモン諸島の各島に取り残され、飢餓と病に苦しんでいる貴軍の残存兵たちもすべて収容し、共に連れて行ってほしい。我々の艦隊だけでは、彼ら全員を救うには手が足りないのです」


敵であったはずの男からの、人道的な「救済」の要請。司令官は、言葉にならない複雑な感情を胸に、静かに頷き、最後の一行にサインを書き添えた。


---


シードラー港には、多くの人々が船に乗り込む光景があった。黒煙の上がる倉庫群を背に、アメリカ軍の輸送艦へ、数千人の兵士と民間人が次々と乗り込んでいく。列の中には、包帯を血で滲ませ、戦友に肩を貸される負傷兵たちの姿も多かった。


その中の一人の兵士が、ふと足を止め、島の山の麓へと視線を向けた。そこには、潮風に洗われるようにして、真っ白な木の十字架がいくつも並んでいた。この数カ月の封鎖と、昨日の砲撃で命を落とした仲間たちの新しい墓標だ。


「……すまない。お前らを連れていってやることはできない」


船は生者で溢れ、死者を運ぶ余地はない。彼は小さく十字を切り、後ろ髪を引かれる思いでタラップを駆け上がった。


船が港を離れ、重厚なエンジン音が海面に響き始める。一人のアメリカ兵が、船尾のデッキから遠ざかっていくマヌス島を見つめていた。かつて自分たちが生き、守り抜こうとした巨大な基地のあった島が、今はただの緑の影へと縮んでいく。


彼の後ろから、同じように憔悴した兵士や、幼い子供を抱えた民間人が一人、また一人とやってきた。彼らは無言のまま隣に立ち、誰一人として言葉を発さず、ただ水平線の先に消えゆく島を、同じ眼差しで見つめていた。


怒号も、爆音も、飢えの恐怖も、もうここにはない。


ただ、海風と波の音が、帰還の途につく船体を優しく叩いていた。


こうして、彼らの戦争は終わったのだった。

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