アメリカ軍の意地と執念 南洋の監視と防衛に残る決意 1945年9月1日
1945年8月19日
ポートモレスビーとラエの司令部が「降伏」の苦渋の決断を下した一方で、その決定に真っ向から異を唱える者たちがいた。前線の地上部隊を率いる指揮官たちだ。
彼らにとって、倉庫に山積する数ヶ月分の物資と、未だ士気旺盛な数万の将兵を抱えながら戦わずして膝を屈することは、到底受け入れがたい屈辱であった。基地司令官たちの「流血を避けるための切実な願い」は、最前線の荒々しい闘争心にかき消されていく。
陸軍の各部隊長たちは、極秘裏に連絡を取り合い、ある「狂気」とも呼べる合意に達した。上層部が何を言おうと、俺たちはこの地で最後の決戦を行う――。
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ラエ郊外、広大な閲兵場。スコール上がりの蒸せ返るような空気の中、一人の連隊長が、泥にまみれた兵士たちの前に立った。
「全兵士に告ぐ! 先日、上層部からは『降伏』という信じがたい命令が届いた。だが、諸君、周りを見ろ!」
彼は無骨な指で、重厚な弾薬箱が積まれた倉庫と、未だ整備の行き届いた105ミリ榴弾砲の列を指した。
「俺たちの手にはまだ銃があり、腹を満たす食料も、敵を粉砕する弾薬も十分にある。上空を飛ぶジャップの攻撃機がなんだ。奴らがこのジャングルに降りてきたとき、誰が奴らを仕留める? 降伏文書を書いている司令部か? 違う、俺たちだ! 我々は降伏しない。これより、我々自身の『決戦』を開始する。生きて本土に帰るのではない。アメリカ陸軍の誇りとともに、この地を奴らの墓場にするのだ!」
その演説に、兵士たちは熱狂的な叫びで応えた。それは絶望ではなく、戦う理由を再確認した男たちの、凄まじいまでの殺意であった。
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ポートモレスビーの防衛線を守る師団長は、海岸線を見下ろす高台に部隊を集結させていた。遠方には、かつて、アメリカ軍の爆撃機が駐機していた滑走路が見える、しかし、彼らは二度と帰ってこない。
「司令部には白旗が用意されているそうだ。だが、俺の指揮下にはそんな布切れは一枚もない!」
師団長は、胸を叩きながら声を張り上げた。
「奴らは我々が飢え、病に倒れるのを待っているのかもしれない。だが、残念だったな。俺たちの倉庫には、あと数ヶ月は奴らを地獄へ送り続けるだけの物資が眠っている。将軍たちは平和を乞うたが、俺たちは戦いを選ぶ。たとえ空の援護が無くとも、この大地に足をつけている限り、我々は無敵だ。これよりポートモレスビー全域を巨大な要塞とする。最後の一兵、最後の一発まで、我々の『戦争』は終わらない!」
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基地司令官たちが、生きて兵を帰すために捧げた祈りは、現場の指揮官たちの「戦士としての意地」によって無残にも引き裂かれた。ラエとポートモレスビー。二つの巨大な拠点は、司令部の降伏宣言とは裏腹に、地上部隊による籠城・決戦の場へと変貌しようとしていた。数万の将兵が、十分な物資と武器を抱えたまま、自ら選んだ「死地」へと潜っていく。アメリカ陸軍の猛者たちが、牙を研いで待ち構える。日本軍がホーランディアからマヌス島へ侵攻の準備が進む裏側で、ラエとポートモレスビーは今、戦略的価値を失ったはずの場所で、最も激しく、最も無意味な「地上決戦」の炎に包まれようとしていた。
ニューギニア。戦略の天秤は、日本軍の「静」とアメリカ軍の「動」の間で、残酷なまでの歪みを生んでいた。
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日本軍南方総司令部。その一室で、山本大将はニューギニア各地の司令部へ向けて、冷徹な電文を打ち、そして直接電話で指示を飛ばしていた。
「……各基地司令に告ぐ。敵陸軍部隊が根拠地から出てこない限り、こちらから手を出すことは厳禁とする。無駄な流血は避け、ただ、その一挙手一投足を監視せよ。奴らを檻の中の猛獣にしておくのだ」
受話器を置いた山本の視線は、地図上のポートモレスビーとラエに注がれていた。
「焦る必要はない。空と海を封じているのは我々だ。奴らが自分で自分を食いつぶすまで、我々はただ、境界線で銃を構えていればよい」
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一方、アメリカ軍の各基地では、司令部の降伏勧告を無視した部隊長たちの下、狂気的なまでの「防衛準備」が進められていた。ポートモレスビーの密林では、何万人もの兵士が泥にまみれ、巨大な地下要塞と複雑なトーチカ群を構築していた。ラエの平原には、日本軍の戦車部隊を迎え撃つための対戦車壕が幾重にも掘り巡らされる。
「奴らは必ず来る!*ジークが空を覆い、*オスカーが降りてくるその時、ここを奴らの墓場にするのだ!」
*ジーク 「零戦」 オスカー 一式戦闘機「隼」
部隊長たちは毎日、兵士たちに猛烈な訓練を課した。襲来することのない敵を想定した、実戦さながらの機動演習。しかし、どれだけ防御を固め、どれだけ銃剣を研いでも、ジャングルの向こう側から日の丸の旗が現れることはなかった。彼らは、自分たちの血と汗を、存在しない「決戦」という名の幻影に注ぎ込み、無駄なエネルギーをひたすらに費やし続けていた。
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日本軍はニューギニア島、ソロモン諸島のアメリカ軍を包囲して、監視することに決めた。
補給物資を絶ち、空と海と地上部隊から監視する。日本軍はここに、必要な部隊を残し、新太平洋艦隊と陸軍部隊は満州、樺太、北方諸島のソビエト軍の迎撃に向かうことを決定した。ソビエト軍を撃滅した後に、再び、新太平洋艦隊は戻って来て、最後の戦いが始まる。
この間のアメリカ軍の監視任務は日本からホーラディア基地に配属される艦隊が担う。再整備された軽空母、龍鳳、隼鷹、そして完成させた改鈴谷型重巡洋艦を設計変更して軽空母になった1番艦伊吹が海を越えてやってきた。ニューギニア島、ソロモン諸島のアメリカ軍の侵攻能力を破壊し、そして、補給を断たれたアメリカ軍を空と海から監視する。
第14方面軍司令官・山下奉文大将、因幡の白兎艦隊司令官・古村中将は北のソヴィエト軍を迎撃に向かう新太平洋艦隊と陸軍を乗せた輸送船団を見送る。山下奉文大将と古村中将はこの地に残る。数か月後にソヴィエト軍を打ち破った彼らを再び迎えるために、残ったアメリカ軍を抑えるために残る。
南方監視:ホーラディアの静寂と決意
1945年9月1日
ニューギニア島ホーラディア基地の埠頭には、照りつける熱帯の陽光と、巨大な船団が発する重油の匂いが立ち込めていた。侵攻能力を粉砕され、補給を絶たれたアメリカ軍をこの地に封じ込める「監視軍」を残し、新太平洋艦隊の主力と陸軍部隊は、ソヴィエト軍を迎撃すべく北上を開始した。最後のニューブリテン島ラバウルから帰ってくる第八方面軍を送り出せば、『因幡の白兎』作戦は終了する。
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埠頭の端で、第14方面軍司令官・山下奉文大将と、因幡の白兎艦隊を率いる古村啓蔵中将が、水平線の彼方へ消えゆく輸送船団を見送っていた。山下大将は古村中将に語りかけた。
「……行ったか。満州、樺太、そして北方諸島。あちらの『戦場』は、我々がかつて経験したどの戦場よりも激しいものになるだろうな」
「ええ。本国からの報せでは、ソヴィエト軍の侵攻軍の規模は相当なものだとか。しかし、我々の精鋭が向かう以上、スターリンも己の野心を後悔することになるでしょう」
山下は軍帽の庇を指で直し、背後の基地施設に視線を向けた。そこには、再整備を終えてこの地に配属されたばかりの艦影があった。
「古村君。あのアメリカ軍という巨人を、この狭い檻の中に繋ぎ止めておくのが我々の仕事だ。北の連中がソヴィエトを叩き潰して戻ってくるまで、一歩も外へ出させるわけにはいかん」
「もちろんです。幸い、我々の手元には心強い《守り》がおります。再整備された軽空母『龍鳳』『隼鷹』。これによる定時哨戒と空からの威圧は、補給を断たれた敵にとっては脅威です。そして」
古村が指し示した先には、洗練された艦容を誇る軽空母が停泊していた。
蘇った「伊吹」。本来、改鈴谷型重巡洋艦の1番艦として起工されたが、建造途中で航空母艦へと設計変更された。戦況の悪化のため完成まで至らなかった空母だったが、最新の技術によって戦列に並ぶことになった。ホーランディア機動部隊の旗艦だ。
「伊吹、龍鳳、隼鷹と合わせ、この三隻の『航空母艦』がいれば、アメリカさんも迂闊に首を出すことはできますまい。アメリカ軍のいかなる反撃の芽も空から摘み取る「監視の要」です」
古村は伊吹の洗練された飛行甲板を満足げに眺めた。
「空と海からの監視。動けない敵をじりじりと真綿で締めるような役目だが、これが後の『最後の戦い』への布石になる。派手さはないが、重い責任だ」
水平線には、新太平洋艦隊の主力が残した黒煙の筋だけが淡く残っていた。
「数か月後か。ソヴィエト軍を撃滅した彼らが再びこの海に戻ってくる時まで、我々は胸を張って『後顧の憂いなし』と報告せねばならんな」
「もちろんです、山下閣下。その時こそ、真に太平洋の決着をつける時。新太平洋艦隊、そして山下兵団の意地、とくとアメリカさんに見せつけてやりましょう」
山下は力強く頷き、古村の肩を叩いた。
「よし。まずはホーラディアの防衛陣地の再編と敵残存部隊の監視網の構築だ。敵が飢えて降伏を申し出るか、我々が北からの凱旋軍を迎えるのが先か。勝負だな」
二人は、熱帯の風に吹かれながら、静かに、しかし確固たる意志を持って、監視任務という名の静かなる戦いへと足を進めた。
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古村中将は心の中でこれまでの世界情勢、国際政治、数々の戦争の犠牲者や加害者などの様々な思いがあふれていた。
かつて、古村中将は思ったことがあった。
「……この戦争の重大な弱点の一つ、それは、西洋諸国とスターリンを始めとする共産主義者の強欲、傲慢、狡猾さに十分に備えができなかったことだ。そして、日本国内外の糞カスどもによって、その備えが妨害された。この『必敗』を、我々の手で、いや、神話の導きのようにつながった人々の願いによって『勝利』へ書き換える。そのための、本当に最後の一手だ」
そして、今。
「自分も誰もかれも、国内も国外も、すべての存在が、時間の流れの中でどうしようもないほどに壊れて、お互いを殺し合い、だましあい、この究極の混乱状態を作り出した。この中ではだれもが無価値で屑のようなものであった。だが、この戦いにおいて、この混乱を正し、不正を正し、世界を通常の生存ができる世界にする戦いに参加するならば、我々はこの世界において価値のある存在になれるだろうか?」
この問いかけは水平線の彼方へ吸い込まれていった。




