表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
待たせたな!  作者: 僧籍
第三部 戦線を押し上げろ!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
89/113

将星たちの落日:泥濘と火の海を越えて 2

マヌス島・シードラー港

太平洋最大級の兵站基地、マヌス島。数百隻の艦船がひしめくシードラー港を見下ろす司令部の一室に、通信参謀が顔を蒼白にして駆け込んだ。


「長官……ニューギニア総司令部より入電。……我らニューギニア方面軍は、これより一切の戦闘を停止し、日本軍に降伏する、との由です」


喧騒に包まれていた司令部は、その瞬間、氷に閉ざされたかのように静まり返った。巨大な浮きドック、果てしなく続く山のような物資。数ヶ月は無補給で戦い抜けるだけの膨大な備蓄を誇り、本土侵攻の「打撃力」を送り出し続けてきたこの巨大な心臓部が、その目的を唐突に失った瞬間だった。


---



ニューギニア戦線の要、ポートモレスビー。

スコールが去ったばかりの基地は、南洋特有の澄み切った空気に包まれていた。濡れた滑走路が午後の光を反射し、眩しいほどに輝いている。


司令官は、通信参謀から差し出された電文を黙って受け取った。


「……そうか。終わったのだな」


司令官はバルコニーへ歩み出た。目の前には、広大な滑走路と、かつては無数の翼で埋め尽くされていた駐機場が広がっている。

彼の脳裏を去来するのは、ここから飛び立ち、二度と帰ってこなかった若者たちの姿だった。隼や零戦、さらには鹵獲ろかくされ「日の丸」を纏ったP-51やP-47までもが入り乱れる、日本軍の圧倒的な混成航空軍団。その猛攻の前に、散っていった多くの部下たち。


「諸君らの犠牲を、無駄にはしたくなかった……」


彼は静かに目を閉じ、帰らぬ魂へ向けて祈りを捧げた。基地の倉庫には依然として食糧も弾薬も溢れており、飢えや病とは無縁だ。戦おうと思えば、まだ数ヶ月は持ち堪えられるだろう。しかし、戦略的勝利の目が消えた今、これ以上の流血はただの虐殺でしかない。


「私は降伏を受け入れる。屈辱は私が背負う。指揮下の数万の兵たちを、生きて本土ステイツへ帰すために」


---




かつての激戦地、ラエ。

ここでもまた、司令官が雨上がりの空を見上げていた。大気を洗ったばかりの青空は、残酷なほどに美しく、どこまでも高い。


「長官、各部隊への伝達、準備できております」


通信参謀の問いかけに、司令官はただ、音の消えた飛行場を見つめたまま頷いた。

ここにはまだ、戦う力を持った数万の将兵が健在だ。物資は十分にある。だが、空の覇権は完全に日本軍の混成部隊に握られた。


「これ以上の抵抗は、彼らを無意味な死へ追いやるだけだ」


司令官は、肩を落としながらも、しっかりと地面を踏みしめた。

「降伏を伝える。これは敗北による瓦解ではない。彼らを愛する者の元へ帰すための、指揮官としての最後の任務だ」



澄み渡る青空の下、広大な基地群には、戦闘の終わりを告げる静寂が広がっていた。それは、十分な物資と兵力を残しながらも、戦いそのものが終焉を迎えたことを受け入れ、生きて故郷の土を踏むことを誓う男たちの、重苦しくも切実な決意に満ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ