将星たちの落日:泥濘と火の海を越えて 2
マヌス島・シードラー港
太平洋最大級の兵站基地、マヌス島。数百隻の艦船がひしめくシードラー港を見下ろす司令部の一室に、通信参謀が顔を蒼白にして駆け込んだ。
「長官……ニューギニア総司令部より入電。……我らニューギニア方面軍は、これより一切の戦闘を停止し、日本軍に降伏する、との由です」
喧騒に包まれていた司令部は、その瞬間、氷に閉ざされたかのように静まり返った。巨大な浮きドック、果てしなく続く山のような物資。数ヶ月は無補給で戦い抜けるだけの膨大な備蓄を誇り、本土侵攻の「打撃力」を送り出し続けてきたこの巨大な心臓部が、その目的を唐突に失った瞬間だった。
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ニューギニア戦線の要、ポートモレスビー。
スコールが去ったばかりの基地は、南洋特有の澄み切った空気に包まれていた。濡れた滑走路が午後の光を反射し、眩しいほどに輝いている。
司令官は、通信参謀から差し出された電文を黙って受け取った。
「……そうか。終わったのだな」
司令官はバルコニーへ歩み出た。目の前には、広大な滑走路と、かつては無数の翼で埋め尽くされていた駐機場が広がっている。
彼の脳裏を去来するのは、ここから飛び立ち、二度と帰ってこなかった若者たちの姿だった。隼や零戦、さらには鹵獲され「日の丸」を纏ったP-51やP-47までもが入り乱れる、日本軍の圧倒的な混成航空軍団。その猛攻の前に、散っていった多くの部下たち。
「諸君らの犠牲を、無駄にはしたくなかった……」
彼は静かに目を閉じ、帰らぬ魂へ向けて祈りを捧げた。基地の倉庫には依然として食糧も弾薬も溢れており、飢えや病とは無縁だ。戦おうと思えば、まだ数ヶ月は持ち堪えられるだろう。しかし、戦略的勝利の目が消えた今、これ以上の流血はただの虐殺でしかない。
「私は降伏を受け入れる。屈辱は私が背負う。指揮下の数万の兵たちを、生きて本土へ帰すために」
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かつての激戦地、ラエ。
ここでもまた、司令官が雨上がりの空を見上げていた。大気を洗ったばかりの青空は、残酷なほどに美しく、どこまでも高い。
「長官、各部隊への伝達、準備できております」
通信参謀の問いかけに、司令官はただ、音の消えた飛行場を見つめたまま頷いた。
ここにはまだ、戦う力を持った数万の将兵が健在だ。物資は十分にある。だが、空の覇権は完全に日本軍の混成部隊に握られた。
「これ以上の抵抗は、彼らを無意味な死へ追いやるだけだ」
司令官は、肩を落としながらも、しっかりと地面を踏みしめた。
「降伏を伝える。これは敗北による瓦解ではない。彼らを愛する者の元へ帰すための、指揮官としての最後の任務だ」
澄み渡る青空の下、広大な基地群には、戦闘の終わりを告げる静寂が広がっていた。それは、十分な物資と兵力を残しながらも、戦いそのものが終焉を迎えたことを受け入れ、生きて故郷の土を踏むことを誓う男たちの、重苦しくも切実な決意に満ちていた。




