間幕 ニューギニア島急襲 ホーランディア上陸戦 第二次ホーランディ大空中戦
ホーランディアの海は、灼熱の太陽の光が海面に反射してギラギラしている、その下は限りなく澄んでいた。
「……う、く……」
佐藤一飛曹は、塩水にまみれた顔を歪めながら、救命胴衣の浮力に身を委ねて漂流していた。
数十分前までの、高度6000メートルでの記憶が脳裏をよぎる。零戦のエンジンの咆哮を上げ、アメリカ軍のP-38ライトニングに突っ込むように接近して撃墜した。しかし、離脱の瞬間、敵の僚機の12.7ミリ機銃の執拗な弾幕が零戦のエンジンカウルを激しく貫いた。白煙がコックピットを覆い、志藤飛行兵曹長の『佐藤、無理をするな! 不時着水しろ、直衛艦が拾う!』という無線受けて、彼は愛機とともにこの海へと飛び込んだのだ。
乗機は着水後、数十秒でホーランディアの海へと沈んでいった。いま、彼の周りにあるのは、ただどこまでも続く水平線と、自分の荒い呼吸の音だけ。いつサメが襲ってくるかもわからない。あるいは、手負いのアメリカ軍の哨戒艇に見つかれば、一巻の終わりだった。喉は猛烈に渇き、傷ついた右肩がジンジンと焼けるように痛む。
(俺は……ここで死ぬのか……。特攻を免れ、せっかく掴んだ『生きるための戦い』だったのに――)
意識が遠のきかけたその時、遠くの波間に、凄まじい勢いで海面を疾走る駆逐艦が見えた。
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「前方に着水兵発見! 面舵一杯、行き足止め!」
急接近してきたのは、空母「天城」の直衛を務める秋月型防空駆逐艦『涼月』だった。
艦橋では、艦長が厳しい表情で対空レーダーの報告を凝視している。
「敵の第二波が来るぞ! 救助は迅速に終わらせろ!」
駆逐艦の巨大な船体が、佐藤の手前で激しい引き波を立てながら急速に減速していく。それとほぼ同時に、中甲板のクレーンがうなりを上げた。
「カッターおろせっ! 急げ急げ!」
作業員の怒号とともに、駆逐艦の脇から一隻の救助カッターが、滑るように素早く海面へと振りおろされた。着水と同時に、乗り込んでいた数名の救助員たちが一斉にオールを漕ぎ出す。水しぶきを上げ、カッターは猛烈な勢いで佐藤の元へと突き進んできた。
「おい! 生きているか! 今引き揚げる、手を伸ばせ!」
カッターが佐藤のすぐ脇にピタリとつけられると、頑強な水兵たちの手が容赦なく佐藤の襟元と救命胴着を掴んだ。
「せーの、それッ!」
掛け声とともに、佐藤の身体は勢いよくカッターの船底へと引き揚げられた。上空ではいつ敵の戦闘爆撃機が襲ってくるかわからない、まさに一秒を争う緊迫した救出劇だった。
「よし、収容! 戻れ!」
カッターはすぐさま反転し、涼月の舷側へと急行する。クレーンのワイヤーがガチガチと音を立ててカッターを巻き上げ、佐藤が涼月の硬い鉄甲板に転がされたとき、彼の口にはすでに真水の入った水筒が突っ込まれていた。ゴボゴボと音を立てて冷たい水を飲み干した佐藤は、激しく咳き込みながらも、なんとか上体を起こした。
「……ありがとうございます……自分は、空母『天城』航空隊、佐藤一飛曹です……」
「よく生きていたな。安心しろ、ここは味方の甲板だ」
涼月の先任将兵が、佐藤の頭を労るように軽く叩く。
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「対空レーダーに感あり! 方向1-6-0、ラエ方面から敵大規模編隊接近中!」
艦内に響き渡る防空警報のサイレン。涼月の主砲である九八式10センチ高角砲が、モーター音を立てて一斉に空へと仰角を上げた。
「行き足上げ! 両舷前進一杯! 空母の直衛位置へ戻る!」
駆逐艦が再び猛烈な加速を開始する。佐藤は兵士たちに支えられながら、涼月の甲板から遥か洋中を見つめた。そこには、威風堂々とホーランディア沖に浮かぶ雲龍型空母「天城」と「葛城」の姿があった。飛行甲板からは、補給を終えたばかりの零戦の群れが、新型プラグの快音を響かせながら、次々と白い航跡を描いて大空へと駆け上がっていく。
その中には、きっと自分を信じて待っている志藤兵曹長の機体もあるはずだった。
「佐藤一飛曹、すぐに天城の真壁司令と浅岡中佐へ、お前の救助完了の電信を送る。お前たちのボスは、今も迎撃作戦の最中だ」
衛生兵の言葉に、佐藤の煤けた顔に不敵な笑みが戻った。右肩の痛みなど、もう忘れていた。
「……頼みます。まだ、叩き落とさなきゃならない敵が、山ほど残っていますから」
頭上を飛び去る味方機の爆音を見上げながら、救出された若き操縦士の瞳には、次の戦いへの闘志の炎が燃え盛っていた。




