ニューギニア島急襲 ホーランディア上陸戦 7 第二次ホーランディ大空中戦 1 1945年8月16日午後2時
1945年8月16日午後2時
センタニ湖周辺の飛行場
重爆撃機の沈黙:B-24 リベレーター
滑走路の端に、巨体を横たえるB-24 リベレーター。ボルネオの油田を焼き、ラバウルを封じ込めてきたその重爆撃機は、いまや動かぬ鉄の塊と化していた。
至近距離に弾着した長門の41センチ砲弾の衝撃波により、特徴的な垂直尾翼は無残に折れ曲がっている。整備兵たちが脱出の間際に無理やり始動を試みたのか、プロペラの一つは不自然な角度で止まり、エンジンカウルからは真っ黒なオイルが涙のように地面へ滴り落ちていた。かつての「解放者」は、主を失い、南国の陽光に焼かれながら静かに朽ち果てようとしていた。
潰された死神:B-25 ミッチェル
B-25 ミッチェルは、離陸直前の「密集配備」が仇となっていた。
この機体は低空掃射で日本軍の補給路を断ち、さんざんと煮え湯を飲まされてきた。
日本軍の砲爆撃によって一瞬にして炎上。隣り合う機体へと次々に火が燃え移り、滑走路には焼け爛れた骨組みだけが列をなしている。ある機体は、機首に並んだ自慢の重機関銃が熱で飴細工のように曲がり、またある機体は、爆発の衝撃で機体後部が消失していた。低空の死神たちが、再び空へ舞い上がることは二度とない。
攻撃機:A-20 ハヴォック
ソロモン諸島以来、数々の戦功を立ててきたA-20 ハヴォックも、ここではただの打ち捨てられた遺物に過ぎなかった。
地上軍との連携のために念入りに整備されていた機体群は、爆風でひっくり返り、風防は粉々に砕け散っている。コックピットの中には、急いで脱出した操縦士が残したのか、使い古された飛行手袋と飲みかけの水筒が転がっていた。
整備兵がスターターを回そうとした形跡はある。しかし、湿った火薬の臭いと砂塵が入り込んだエンジンは、二度とあのアメリカ製エンジンの力強い鼓動を刻むことはなかった。
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かつて数千人の将兵が駆け回り、ガソリンの臭いと騒音に満ちていたホーランディアの飛行場群。
いま、そこにあるのは、無造作に打ち捨てられたアルミの残骸と、風に揺れる焦げた星条旗だけだった。
「……これが、『世界最強の空軍』のなれの果てか」
陸戦隊の先頭に立って滑走路に足を踏み入れた日本軍将校は、目の前に広がる「鉄の墓場」を眺め、独り言のように呟いた。その背後では日本軍の兵士たちが静かに、しかし迅速に進軍を続けていた。
戦闘の喧騒が遠のいたホーランディアでは、息つく暇もなくニューギニア島の空軍の拠点へと作り変えるための、凄まじい熱量の復旧作業が始まっていた。
「休んでいる暇はないぞ! まず、この損傷の少ない滑走路を直すぞ」
工兵部隊の怒号が響く。爆撃で穿たれたクレーターには次々と土砂が投入され、ローラー車がそれを踏み固めていく。港湾施設では、破壊されたクレーンの撤去作業と同時に、接岸設備の補強が突貫で行われていた。彼らが通った後には、アメリカ軍の基地が「日本軍の要塞」へと塗り替えられていく。
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修復が完了した滑走路へ、ビアク島から進出してきた基地航空隊の機体が、エンジンの咆哮を轟かせて次々と舞い降りた。すでに輸送艦からトラックで乗り付けた整備員たちは滑走路のそばで準備をして待っていた。最初の機体が停止するやいなや、1つの群れのような規律で整備補給のために取り付いた。
「ガソリン急げ! こっちだ!」
ドラム缶を転がし、燃料ホースを捌く整備員たちの無駄のない動き。数百人の人間が、一台の巨大な機械の歯車のように連動する光景は、まさに壮観の一言であった。
補給を終えた日本軍のP-51「ムスタング」とP-47「サンダーボルト」が、再び獲物を求めて滑走路に並ぶ。狙うは高々空から侵入する敵B-24やP-38だ。
すべての機体の補給が終わり、第四航空団は飛び立つ。
「全機、離陸!」
スロットルが押し込まれ、過給機の咆哮が空気を震わせる。十数機の機体が、吸い込まれるような角度で垂直に近い急上昇を開始した。
青空を背景に、磨き上げられた銀翼が太陽を反射し、上空で鮮やかな編隊を組んでいく。その力強く、そして美しい情景は、ホーランディアの制空権が完全に移行したことを告げていた。
傍らでは、日本軍の象徴である零戦と隼もまた、発進準備に入っている。
「……少し左に取られる。調整はどうだ?」
操縦士がコックピットから身を乗り出し、馴染みの整備士に声をかける。
「少し、調整しました、バッチリですよ、分隊長。エンジンの音を聞いてください、新品同様です」
整備士が自信たっぷりに親指を立てると、操縦士は頷き、隼の動作チェックに入った。
方向舵が左右に鋭く振れ、昇降舵が上下に滑らかに動く。完璧な整備を確認した操縦士が、風防越しに鮮やかな「OKサイン」を出した。
「よし、行くぞ!」
零戦と隼が、交互に滑走路を蹴る。軽やかなエンジン音と共に、美しいシルエットの機体たちがふわりと浮き上がり、南の空へと吸い込まれていった。整備員たちの誇らしげな敬礼に見送られながら。
再整備された滑走路の端、陽炎が揺れる向こう側に、流線型の優美な機体が並んでいた。百式司令部偵察機――通称「新司偵」。
戦術的な勝利の先にある、次なる戦略の構築。そのための「眼」がいま、ホーランディアの土を蹴る。
「エンジン始動、目標はアドミラルティ諸島および周辺海域。敵増援の兆候を逃すな!」
号令とともに、双発のハ112エンジンが軽やかな、しかし力強い唸りを上げた。他の機体とは一線を画す、徹底的に空気抵抗を排したその滑らかなフォルムが、太陽の光を美しく反射する。
一機、また一機と、百式司偵が滑走を開始した。重爆や戦闘機とは異なる、羽根のように軽い離陸。浮き上がった瞬間、その脚を素早く機体へと引き込み、さらに加速する。
「この足なら、めりけん野郎の戦闘機も追いつけまい」
操縦士が高度計を確認しながら不敵に笑う。
複数の百式司偵は、みるみるうちに高度を上げ、青い空に白い飛行機雲の線を刻んでいった。零戦や隼が届かない高高度、そしてムスタングですら容易には捉えられない速度域。
蒼穹の彼方へと消えていくその機体は、ホーランディアを起点とした日本軍の反撃が、単なる一過性の占領ではなく、南太平洋全域を再び見据えた壮大な戦略の始まりであることを象徴していた。整備員たちは手を休め、空高く吸い込まれていく「帝国の最速機」の姿を、眩しそうに見送っていた。
再占領したホーランディア基地が活気に沸く中、その平穏を破る影がソロモン諸島の彼方から忍び寄っていた。アメリカ陸軍第13空軍の所属飛行隊だ。
ホーランディア沖合、波間に身を潜めるように哨戒行動に当たっていたのは、日の丸を掲げたフレッチャー級駆逐艦だ。マストに装備された最新鋭の電探が、北東の空に不穏な反応を捉えた。
「方位0-4-5、高度6000! 敵機の大編隊接近中!」
報告を受けた艦長が即座に絶叫する。
「長門の総司令部へ緊急電! 敵、第13空軍と思われるB-24およびP-38の編隊、ホーランディアへ直行中。距離120、直ちに迎撃を請う!」
戦艦「長門」の艦橋に設置された総司令部には、瞬時に緊張が走る。
「来たか、ソロモン諸島のアメリカ軍どもめ……」
加治中将の傍らで、堀切大佐が冷徹に命じる。
「上空待機中の第四航空団に迎撃させよ! 敵を一人たりともホーランディアの土に触れさせるな!」
高度7000メートル。酸素マスクを装着した第四航空団の操縦士たちは、エンジンの回転数を抑え、薄い雲海の中に身を潜めていた。
「総司令部より入電。ソロモン諸島の第13空軍、B-24およびP-38の編隊を確認。捕捉まであと3分」
眼下には、獲物となるB-24の編隊が、自分たちが待ち構えているとも知らずに悠然と飛行している。その横を固めるP-38のパイロットたちも、まさか上空に同じ「ムスタング」や「サンダーボルト」が日の丸を掲げて迎撃に向かっているとは夢にも思っていないだろう。
「全機、突入! 獲物を逃すな!」
指揮官の号令一閃、待機していたP-51「ムスタング」とP-47「サンダーボルト」の編隊が、一斉に機首を下げた。
重力に従い、機体は瞬く間に時速700キロを超える。太陽を背負った急降下。敵のP-38が上空の異常に気づいた時には、すでに第四航空団の照準の中にあった。
「同じ足なら、先に高度を取っていた方が勝つ!」
第四航空団のムスタングが、驚愕に凍りつくP-38の背後を鮮やかに食い破る。12.7mm重機関銃の弾幕が、双胴の機体を一瞬でバラバラに粉砕する。
同時に、上空から「鉄の塊」となって突っ込んできたサンダーボルト隊が、B-24の編隊を縦に貫いた。
圧倒的な速度を乗せた一撃離脱。サンダーボルトの八挺の機銃が、B-24の重装甲を紙細工のように切り裂く。一機、また一機と、巨大な「B-24リベレーター(解放者)」が翼を折られ、炎の尾を引いてジャングルへと吸い込まれていきく。
奇襲を受け、組織的な反撃すらままならず壊滅した第13空軍。生き残った数機が這う這うの体でソロモン方面へ逃げ去るのを、第四航空団の面々は悠然と見下ろしていた。
「こちら第四航空団。敵編隊を撃破。これより哨戒を継続する」
上空で再び整然と編隊を組み直す、日の丸のムスタングとサンダーボルト。整備されたばかりの滑走路では、地上員たちが空を見上げ、頼もしい味方の凱旋を確信して力強く拳を突き上げていた。
ホーランディアの制空権を確固たるものにすべく、成層圏に近い高高度を飛行していた百式司令部偵察機の一機が、その鋭い「眼」で水平線の異変を捉えました。
ラエ方面、南東の空。高度8,000メートルを維持する百式司偵の操縦席から、偵察員が双眼鏡を固定する。そこには、熱帯の入道雲とは明らかに異なる、不気味に広がる「黒い点」の群れがあった。
「……数、10、20……いや、50を下回らん。大規模な編隊だ!」
それはソロモン諸島からのみならず、オーストラリア方面やラエの残存基地からも集結したと思われる、アメリカ軍の総力を挙げた大反撃の先遣隊だ。B-24リベレーターを中核に、護衛のP-38ライトニング、さらには低空から侵入を図る攻撃機の群れ。
敵の護衛機P-38が、高高度に浮かぶ「索敵機」に気づき、強引な上昇を試みる。しかし、百式司偵の操縦士は不敵に笑い、スロットルを静かに押し込む。
「追いつけるものなら追ってみろ。貴様らの動きはすべて筒抜けだ」
ハ112エンジンの咆哮と共に、新司偵は他を寄せ付けない圧倒的な速度で加速。アメリカ軍機の追撃を悠然と振り切り、無線機に手をかける。
「こちら新司偵! ラエ方面より敵大編隊接近中! 距離200、方位1-3-0。繰り返す、アメリカ軍の総力による大規模進攻を確認!」
この緊急電は、即座に長門の総司令部、そして第9師団・横鎮第一特別陸戦隊の前線合同司令部へと叩き込まれた。
「ラエからも来たか……。アメリカどもめ、本気でホーランディアを奪い返しに来るつもりだな」
司令部の地図上に、次々と赤い矢印が書き込まれていく。補給を終え、上空で待機していた第四航空軍、そして発進準備を整えていた空母の零戦隊に対し、全機迎撃の最終号令が下された。ベースGのメインストリートをめぐる地上戦から、今や戦火は南太平洋全域を巻き込む巨大な決戦へと拡大しようとしていた。
ホーランディア沖合に、威風堂々とその姿を現したのは、雲龍型空母「天城」と「葛城」であった。上空での激闘を終えた艦上機たちが、母艦の甲板を目指して次々と翼を休めに降りてくる。
「着艦作業、急げ! 一機でも多く、一秒でも早く空へ戻せ!」
天城の飛行甲板では、着艦した零戦や艦爆が制動索を切り離すやいなや、整備員たちが駆け寄る。エレベーターが絶え間なく上下し、機体を格納庫へ運び、あるいは補給を終えた機体を甲板へと汲み上げる。
良質な添加剤入りのガソリンと、磨き上げられた弾丸が、次々と機体に飲み込まれる。その光景は、戦艦「長門」を中核とする連合艦隊の圧倒的な底力を象徴していた。
艦橋近くの作戦室では、艦上航空隊司令官の真壁少将と、空中指揮官として空を統べる航空総隊長の浅岡中佐が、煤けた顔のまま地図を囲んでいた。
「浅岡中佐、空中戦の首尾はどうだ?」
真壁が鋭い視線で問う。浅岡は汗を拭い、冷静に戦果を報告した。
「第13空軍の先遣隊は、ムスタング隊とサンダーボルト隊がほぼ壊滅させました。我々の損害は零戦二機が被弾不時着、パイロットは救助。一方、敵はB-24を15機以上、P-38を30機以上撃墜しています。完全に圧倒していますよ」
「だが……」と、真壁が新司偵からの報告書を指す。
「ラエからの大規模編隊が来ている。アメリカ軍は手負いの獣の如く、全力を投じてくるつもりだ。第5空軍の主力が加われば、これまでの比ではない数になるぞ」
「承知しています。次はB-17の重爆編隊、あるいは新鋭のP-51も混ざるでしょう。真壁司令、補給を終えた機体から順次、高度8000の『迎撃回廊』へ送り込みます。数は敵に譲っても、高度と練度はこちらが上だ。一機残らず海へ叩き落としてみせます」
二人の軍議が終わるのと時を同じくして、甲板にエンジンの咆哮が戻ってきた。
「燃料補給完了! 全機、発進始めッ!」
補給を終え、再び牙を研ぎ澄ませた零戦が、天城と葛城の甲板を蹴って次々と舞い上がる。
一機、また一機。海風を切り裂き、美しいシルエットの翼が南の空を埋めていく。それは、襲いくるアメリカ空軍の巨大な波を迎え撃つための、帝国の強固な「盾」であり、鋭い「矛」であった。
上空では先に発進した隼やムスタングと合流し、日本軍の航空戦力はさらに巨大な編隊へと膨れ上がっていく。ラエからの敵大編隊との決戦に向け、ホーランディアの空はかつてないほどの緊張に包まれようとしていた。
ラエ、ナドザブ、そしてマヌス島。ニューギニア東部の各拠点から発進したアメリカ軍機は、日本軍の「ベースG」奪還を目指し、ありったけの戦力を投じた。しかし、各基地からの発進タイミングのずれ、そしてあまりにも長い航続距離が、彼らの精強な翼に致命的な「綻び」を生じさせていた。
大空戦は続く




