ニューギニア島急襲 ホーランディア上陸戦 1 ホーランディア総司令部
ホーランディア総司令部
ニューギニアの峻烈なジャングルを切り裂いて築かれた巨大基地複合体、ホーランディア。1944年のフィリピン奪還を睨んだ連合軍の物資集積拠点、通称「ベースG」は、南西太平洋におけるアメリカ軍の生存そのものを司る巨大な心臓部だった。
かつては海岸線には見渡す限りの物資が山積し、デパプレ地区には巨大な燃料タンクが連なっていた。今は日本海軍の潜水艦隊による海上封鎖で物資の陸揚げ量は下がっている。それでもこの「ベースG」には、周辺の日本軍と戦うための十分な備蓄が残されていた。
その巨大な物資の集積基地の近辺のスンタニ地区に標高300mイファル山の山頂に総司令部がある。マッカーサーという絶対的な統合司令官を欠いた今、ニューギニア全域の運命は二人の将軍の合議に委ねられていた。
第6軍司令官、ウォルター・クルーガー中将は兵站表を静かに見つめていた。
「ベースGの在庫は、現時点ではまだ大丈夫だ。だが、潜水艦の海上封鎖がこれ以上続けば、来月にはニューギニア全土の補給を3割以上を削らねばならん。ケニー、君の航空軍が使うガソリンも例外ではないぞ」
クルーガーは地図上の各部隊へ分配される物資の動線を指でなぞった。ここは単なる指揮所ではない。第13空軍、第5航空軍、そして第6軍の膨大な血肉を分配する「分配センター」なのだ。
「ニューギニアの各地のアメリカ軍基地と連絡がとれる無線設備と、莫大な物資集積所……。我々のどちらかがここを離れれば、ニューギニアの軍事組織は一瞬で機能不全に陥る。我々は、このベースGはこの戦線の要だ」
第5航空軍司令官、ジョージ・ケニー中将は苛立っていた。
「今朝から、ビアク島の司令部からの定時連絡が途切れている。深夜ごろから、ビアク島方面の無線に日本軍の声やビアク島の各部隊の救援要請の声を傍受している」
「ビアクの日本軍は、必ずベースGの集積地と司令部に攻撃を仕掛けてくる」
センタニ湖のほとりに整然と並ぶP-38やB-24。日本軍の部隊はビアク島にすでに上陸していると考えられる、現在、情報を確認中だ。その「見えない敵」の存在こそが、ベースGの巨大な兵站計画を狂わせていく。
「航空機は飛ばさねばただの模型だ。このベースGを守るためには一機も遊ばせておくわけにはいかん、君の言う通りだ。航空部隊を失い、敵の上陸を許し、この巨大な物資の山が奪われる、もしくは破壊されれば、我々はこの方面での日本軍への反撃は破綻する。しかし、補給の予定が立てられない今、燃料を節約する必要がある」
二人の将軍は、互いの専門領域を尊重しながらも、限られた「ベースG」のリソースを巡って常に緊張感を漂わせている。
「日本軍の無線傍受の報告では、ビアク周辺において日本軍が活発に行動している」
「こちらの索敵機や艦艇は次々と潰されている」
「新たな台風がまた迫ってきており、今晩から酷くなる予想だ、ケニー」
「それはまずい、万が一の奇襲の可能性は否定できん!」
無線設備から流れる各地の断片的な情報と、絶え間なく更新される日本軍の情報、自軍の物資の集計表。日本軍の影が見えない中、二人の将軍は防衛戦の準備に心血を注いでいた。
ホーランディア――莫大な燃料を集め、管理し、守る、強大な基地。この危機を耐えてアメリカ軍の勝利を約束する聖域であり続けるか、あるいは逃げ場のない巨大な罠へと変わるのか。その鍵を握る二人の指揮官は、湿ったジャングルの空気の中で、まだ見ぬ敵の最初の動きを見定めていた。
ホーランディアという巨大な心臓部は、二つの異なる鼓動を刻んでいた。港湾の喧騒と、内陸の飛行場のエンジンのアイドリングの音。その距離わずか十数キロの間に、アメリカ軍の命運を左右する「二人の将軍」の、静かだが激しい火花が散っていた。「防御か攻勢か?」
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空軍司令官ジョージ・ケニー中将が去った後、ウォルター・クルーガー中将は巨大な作戦机に広げられた地図を凝視していた。
「ビアクの日本軍は依然として活発に動いている」
クルーガーは青い鉛筆で、ホーランディア周辺の等高線に沿って幾重もの防衛線を書き加えた。彼の眼差しは、西のビアク島、そして水平線の彼方から現れるであろう「新太平洋艦隊」の脅威に向けられている。
「ベースGを落とされれば、我々はホーランディアどころか、このニューギニア島やソロモン諸島のジャングルで干からびることになる。港湾の対空陣地を増強し、上陸可能な海岸すべてに地雷を敷き詰めろ。一歩も引くな。日本軍が来れば、このベースGそのものを巨大な墓場にしてやる」
「本国の総司令部も分かっている筈だ、ここが落とされれば、1943年まで戦況が巻き戻るというのに。本国からの増援が到着するまで、何としてもこの島に日本軍を縛り付けておかなくてはならん」
クルーガーは、膨大な物資を「盾」として、この地を不落の要塞に変えるための地上配備の計画を立てていく。
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一方、内陸へ移動したセンタニ湖のほとり。第5航空軍司令官、ジョージ・ケニー中将は、飛行場近くの指揮所で、空を睨みつけていた。眼下には、第5航空軍の部隊――P-38やP-47 サンダーボルトが駐機場にその影を落としている。
「ビアクの日本軍はすでに行動を開始していだろう、そして、我々の出方を伺っている。先手を取らねばならん。奴らが動き出す瞬間に、全戦力を叩き込んで喉元を食いちぎってやる……」
ケニーの頭の中には、新太平洋艦隊とビアク島の基地を同時に壊滅させるための「攻撃タイミング」の計算しかなかった。だが、その計算を狂わせているのが、クルーガーからの「要望」だった。
それは戦力の温存のためのニューギニア島の防衛計画の作成の「依頼」だった。
参謀の報告に、ケニーは机を激しく叩いた。
「クルーガーの野郎!私の航空隊の存在理由を奪うつもりか!」
ケニーは「翼をもがれる恐怖」を誰よりも理解していた。地上で静止している航空機ほど脆弱な標的はない。彼は常に先手を取り相手より有利な状況で戦闘をすること考えていたが、戦略の優先順位をニューギニア、ソロモン諸島の防衛を目標とするクルーガーの計画とは真逆だ。
「現代戦ではスピードが命運を決する。もし日本軍の電撃侵攻が始まった時、我々が地上で撃破されるようなことになれば、敗因は日本軍じゃない。あの*プロイセン野郎だ!」
二人の将軍の意地と、戦略を巡る優先順位。その歪みが、日本軍の影すら見えないホーランディアの空に、不吉な亀裂を生じさせていた。
*ウォルター・クルーガーは西プロイセンで軍人の子として生まれ、8歳の時に父が亡くなり。母と兄弟とアメリカに移ったドイツ系アメリカ人だ。彼は祖父の代からの軍人の家系だ。そして、叩き上げの軍人で一介の兵卒から将官に昇進したアメリカ陸軍の軍人だ。
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第五航空軍司令官:ジョージ・ケニーの闘志
センタニ湖を見下ろす指揮所には、煙草の臭いが充満していた。ジョージ・ケニー中将は、血走った眼で滑走路を睨みつけている。「空軍力が戦争のすべてを決する」と信じて疑わないこの革新家にとって、今の状態は死よりも苦痛だった。
「いいか、補給が細っていても、座して死ぬのを待つ必要はない」
「B-24には最大搭載量の爆弾を詰め込め。戦闘機、攻撃機は増槽を着けろ。ビアクの日本軍の喉元を食いちぎる、それだけを考えろ。地獄へ行くなら、日本軍を道連れにして派手にやろうじゃないか」
彼は自ら最前線であるこのセンタニに留まり、パイロットたちの肩を叩き、士気を鼓舞し続ける。それは「闘将」の名にふさわしい猛々しさであったが、同時に破滅的な賭けにすべてを投じる狂気をも孕んでいた。
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第六軍司令官:ウォルター・クルーガーの本分
一方、ウォルター・クルーガー中将。プラグマティズムの軍事教育を骨の髄まで叩き込まれたこの「事務屋」は、一切の感情を排して計算に没頭していた。
「ケニーの特攻まがいの攻勢など、無謀な浪費に過ぎん。我々が成すべきは、華々しい散り際ではなく、泥にまみれた『生存』だ」
クルーガーはホーランディアを拠点とした巨大な「不落の要塞」を中心とした戦いを計画する。
「連絡がつく全米軍部隊へ通達。食料、医薬品、弾薬……あらゆる物資をここホーランディアへ集約せよ。これより配給を制限し、すべてのパワーを第一線へ集中させる。一歩も引くな」
彼の指導スタイルには、一抹の慈悲もなかった。机上の地図を睨み、一インチごとに米兵の血で代価を払わせる遅滞戦闘を組み立てていく。
「日本軍がここへ来るというなら、ジャングルの木の根一本に至るまで、奴らの返り血で染めてやる」
徹底した消耗戦の構え。クルーガーの冷徹な知性は、日本軍の侵攻を遅らせるためなら、すべてを使い潰す覚悟を決めていた。
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二頭政治:プライドの衝突 攻撃か防衛か?
再び、イファル山の総司令部では白熱した議論が始まった。
ケニー中将がクルーガー中将の要請に対しての抗議のために再び司令部へ飛び込んだのだ。
「いい加減にしろ、クルーガー! まだ余裕があるうちに、日本軍に攻勢を掛けろ!」
ケニー中将の声が司令室の壁を震わせる。
「私のB-24の航空隊がビアクの日本軍を撃ち抜けば、この戦況は一変する。地上に要塞を作り、防御陣地を作っている時間は無い、日本軍に一撃を与えてから考えろ!」
対するクルーガー中将は、ぴくりとも動かずに手元の兵站表を指し示した。
「ケニー、君の言う『一変』はただのギャンブルだ。その燃料があれば、私は三個師団をより強固な内陸陣地へ配置し、物資の分配を完遂できる。航空機の突撃にすべてを注ぎ込み、地上の兵士をジャングルで立ち往生させるなど、軍指揮官として断じて容認できん」
二人の将軍の視線が、地図の上で激しく火花を散らす。マッカーサー不在の穴を埋めていた「二頭政治」は、物資の配分という現実を前に亀裂を見せていた。
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孤立無援のラスト・スタンド:沈黙の誓約
二人の将軍は、ついに一つの「妥協案」にして「最終計画」をテーブルに広げた。
それは、全航空戦力を一撃に投じる、ビアク島に集結する日本軍を攻撃する。これを最初で最後の大勝負とし、その後は燃料も弾薬も尽き果てることを前提とした、「ニューギニア各地での孤立徹底抗戦」への移行である。
彼らにはアメリカ本国からの再建された艦隊が派遣されるまで持ちこたえることを前提とした計画しかできなった。
マッカーサーというカリスマなき今、彼らは自分たちがこの絶望的な海域の最高責任者であることを自覚していた。しかし、その自覚がもたらしたのは、組織としての柔軟な撤退ではなく、「陸軍の生存」と「航空軍の栄光」という、決して交わらない二つの信念を強引に縫い合わせた、悲劇的な「ラスト・スタンド」の青写真だった。
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「全機を飛ばした後は、もはや『空軍』という組織は消滅する、機体、操縦員の補充が無い状態で次の航空戦を継続することができないだろう」
ケニーが地図の上でホーランディアとビアク島の距離を指先でなぞった。
「その後、私の部下たちは地上軍と合流する。歩兵としてだ。空の栄光を捨てて、それが私の下す最後の命令になるだろう」
クルーガーは、無機質な表情でその計画を承認した。
「不本意だろうが、それしか道はない。航空機が消えた後、我々は『防御陣地』に籠る。すぐには救援艦隊は来ない。本国からの補給と増援は当てにできない。我々にできるのは、ここで日本軍の足止めをし、本国の戦力の立て直しのための時間を稼ぐことだ」
彼らの「協力」は、もはや勝利のためではなく、どのように組織を存続させるかが目的になる。
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この「計画」の輪郭が、公式な命令として下される前段階で、前線の将校たちの間に微かな、しかし致命的な動揺となって伝播していた。
ベースGの巨大な倉庫の影、湿った夜気の中で、若き歩兵大尉が声を潜めて同僚に語りかける。
「……聞いたか? クルーガー閣下は、我々にこのジャングルを墓場にしろと言っているらしい。ケニー中将の航空隊が全滅した後は、ここで自給自足しながら戦い続けろと。正気か?」
「援軍はどうなる。グアムのニミッツ提督が本土から大艦隊を率いて戻ってくるという噂は?」
「……無線を傍受している通信士が言っていた。本国からの返信は、どれも『現状を維持せよ』だけだ。誰も、我々を助けに来る具体的な計画を持っていない」
士官たちの顔には、日本軍の侵攻に対する恐怖以上に、「見捨てられた」という事実に対する底冷えするような絶望が張り付いていた。彼らは、二人の将軍が互いのプライド(陸軍の生存と航空軍の栄光)を守るために、自分たちを無意味な消耗戦の駒として使い潰そうとしているのではないか、という疑念を拭えずにいた。




