静かなる攻撃:正規空母アンティータムの最期 1945年8月11日
1945年8月11日。マリアナ諸島グアム島沖。
最新鋭のエセックス級正規空母「アンティータム (CV-36)」は、太平洋を航行していた。艦橋には、最新の対空レーダーが捉える輝点が整然と並び、飛行甲板には出撃を待つF6F-5ヘルキャットが並んでいた。
アンティータムはマリアナ諸島を数隻の護衛艦と共に警戒航行をしていた。艦長であるミラー大佐は、航空指揮官のリード中佐と共に艦載機による警戒索敵飛行計画を艦橋で話し合っていた。
そして、海図を囲んで日本軍の動向を分析していた。
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机上の侵攻予測
「日本軍がグアムを狙うなら、まず潜水艦による補給線封鎖、次にパラオ方面からの航空攻撃が定石でしょうな」
リード中佐が、煙草の煙を吐き出しながら言った。
「あるいは、残存する戦艦による夜間砲撃か。だが、我が軍のレーダー網を潜り抜けるのは不可能だ。奴らの『九三式酸素魚雷』は脅威だが、射程圏内に入る前にこちらのヘルキャットが奴らの艦隊を沈める」
ミラー大佐は自信に満ちた声で応じた。
二人は、日本軍の行動を「自分たちが想定する戦術」で検討し、索敵飛行の範囲を広げる計画を詰めていた。レーダーに反応はなく、上空の直掩機からも異常なしの報告が入っている。グアムの防衛は完璧に見えた。
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深海からの雷鳴
「……方向1-8-0! 急速に接近する魚雷反応あり!」
突如、ソナー員の悲鳴に近い叫びが艦橋に響き渡った。
「馬鹿な、どこからだ! 潜水艦の音紋はなかったはずだぞ!」
ミラーが身を乗り出す。
「数、1……いや、2! 接近中! 接触まで10秒!」
「取り舵一杯! 回避しろ!」
ミラーの命令が完結するより早く、アンティータムの巨大な船体が、下から突き上げられるような凄まじい衝撃に見舞われた。
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壊滅
魚雷の数倍の破壊力を持つ、帰還艦隊の魚雷。その衝撃は、アンティータムの船底を正確に、そして容赦なく抉り抜いた。
凄まじい爆発が艦橋を揺らし、ミラー大佐とリード中佐は防弾ガラスに叩きつけられた。艦内電話からは悲鳴と怒号が溢れ出し、間もなくすべての通信が沈黙した。
「……各部署、損害報告! 動力はどうした!」
ミラーが顔の血を拭いながら叫ぶ。
「機関室浸水、全滅です! 補助動力も死にました! 艦の傾斜、右に15度……急速に増大中!」
ダメージコントロールを試みる余地は、最初から与えられていなかった。空母アンティータムは無残にも右舷へと傾き、飛行甲板からヘルキャットが次々と海面へ滑り落ちていく。
「総員、退艦……。救助を急がせろ」
ミラーの絞り出すような命令が、沈みゆく最新鋭空母に下された。
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深海からの雷鳴(乗組員視点)
最新鋭のエセックス級正規空母「アンティータム」の最下層、轟音と熱気が渦巻く機関室――あるいは、この艦の心臓部。数分前まで、そこは規則正しい機械音だけが支配する、完璧に統制された空間だった。
しかし、その静寂は一瞬で消滅した。
船底を直撃した、通常の魚雷の数倍の破壊力を持つ「帰還艦隊」の魚雷。その信じがたい爆発エネルギーは、分厚い装甲を紙切れのように引き裂き、室内のあらゆるものを爆風で吹き飛ばした。
高圧蒸気管が破裂し、華氏数百度の蒸気が一瞬で人間を破壊する。次の瞬間、切り開かれた巨大な破口から、狂ったような漆黒の海水が流れ込んできた。流出した重油、破壊された船体や機械の断片、そして断片と化した乗組員たちの身体が、暴れ狂う渦の中で区別もつかないほどぐちゃぐちゃに混ざり合い、すべてを飲み込んでいく。
「ギギギ……ギチチチチ!」
艦の最深部から、まるで巨大な怪物の断末魔のような、凄まじい金属のへし折れる音が響き渡った。アンティータムの背骨であるキール(竜骨)が、一撃でへし折られた音だった。
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「総員退艦! 繰り返す、総員退艦!」
ミラー大佐の絞り出すような命令が、途切れ途切れの非常用スピーカーから流れた。
通路は一瞬で地獄と化した。赤い非常灯だけが点滅する暗闇の中、生き残った乗組員たちが上層へ向けて押し合いへし合いしながら、狭い梯子へと殺到する。足元はすでに右舷へと大きく傾き始め、滑りやすい重油が容赦なく生者たちの足を奪った。
格納庫甲板にたどり着いた兵士たちが見たのは、重量物が転がりまわる危険地帯だった。固定を解かれた予備の主翼やエンジン、整備機材が、傾斜に合わせて耳障りな大きな音を上げながら激しく転がり、逃げ惑う人間を壁との間に押し潰していく。火災の煙が視界を遮り、呼吸することさえままならない。そして、船体が傾斜していき側面のシャッターが解放さていた空間から物や人が落ちていく。
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一人の若い乗組員が、息をきらせ、煤まみれになりながら、ようやく最上部の飛行甲板へと這い上がった。
しかし、そこに待っていたのは救いではなかった。
「ま、まずい……掴まれ!」
飛行甲板はすでに右舷に向けて35度ほども傾斜していた。水平線が狂ったように斜めに切り取られている。
甲板上に整然と並んでいたはずのF6F-5ヘルキャットは、その凄まじい自重に耐えかねて、タイヤを軋ませながら次々と海面へ向かって滑り落ちていく。
「助けてくれ!」
「手を離すな!」
自重で滑落する無数の航空機に巻き込まれ、しがみついていた乗組員たちが、まるで落葉のように次々と漆黒の海へと投げ出されていく。傾斜はさらに増大し、40度、45度へと達する。もはや滑る甲板の上で立っていることすら不可能だった。
その時だった。
バリバリと不気味な音が響いたかと思うと、破壊された甲板の下から、航空機用ガソリンタンクから噴き出た高揮発性の燃料が、滝のように海面へと溢れ出した。それに引火するまで、一秒の猶予もなかった。
――ドォォォォン!!
一瞬で視界が真っ白になるほどの、凄まじい大爆発がアンティータムの艦体を裂いた。炎の嵐が傾いた甲板を舐め尽くし、さらにその熱波が、内部に格納されていた爆弾や魚雷の弾薬庫へと到達する。
轟! 轟! 轟!
連鎖する連続の大爆発。最新鋭空母の誇りは、内側から激しく吹き出す炎の塊へと変わり果てた。
エセックス級「アンティータム」は、一度もその艦載機を敵に向けて放つことなく、無数の乗組員とヘルキャットを道連れに、マリアナの深海へと爆沈していった。
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《帰還艦隊》伊403潜水艦
アンティータムが爆発し黒煙を上げながら横転し、渦を巻いて海中に消えていく様子を、数キロ離れた深海から見つめる眼があった。
吸音タイルを纏い、動力を「極静音モード」に切り替えたその姿は、米軍の最新ソナーですら捉えることのできない。
「命中を確認。目標、完全に沈没。……離脱する」
艦長の静かな声が指令室に響く。伊403は、浮上することなく、マリアナの深い海へと音もなく滑り込んでいった。
グアム、そしてマリアナの海は、再び静寂を取り戻した。しかし、それは米軍にとって、もはやこの海に安全な場所はどこにも存在しないことを告げる、死の静寂であった。




