沈黙の鎖――西海岸封鎖作戦 8 燃えるロサンゼルス
1945年冬。ハワイを占領した日本海軍は、次なる一手として「K作戦(封鎖作戦)」を発動した。 主役は「シュノーケル吸気」と「高性能蓄電池」を装備し、4ヶ月に近い潜航時間を手に入れた伊号潜水艦部隊だ。
シアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルス、そしてサンディエゴ。 アメリカ西海岸の主要港の沖合には、「高感度パッシブ・ソナー」を備えた伊号400型改型潜水艦が、音もなく配置された。
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伊408号の艦橋
「敵輸送船、方位2-0。距離3000。……放て」
サンフランシスコ沖。霧の中から現れた数隻のアメリカ軍輸送船に対し、伊号潜水艦から放たれたのは音響誘導魚雷だ。 何の前触れもなく、輸送船の腹部が巨大な火柱を上げる。アメリカ軍は駆逐艦を繰り出すが、潜水艦側は敵のソナーを無力化する「吸音タイル」を艦体に纏っており、反撃の爆雷はむなしく深海へ消えていくばかりだ。
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ロサンゼルス・ブラックアウト
艦内の赤色灯が、隊員たちの顔を不気味に照らし出した。自動姿勢制御システムを搭載した艦載機を乗せた特種潜水艦『伊四〇〇号』の狭い格納庫内。そこには水上攻撃機『晴嵐改』と、それを取り囲む甲板員たちの姿があった。艦内装置で温められたエンジンオイルをエンジンに満たし、給油装置を外し、折り畳まれた翼を展開する。
「イナーシャ、回せッ!」
整備班長の鋭い声が響く。数人の甲板員が、慣性始動機のクランクへ取り付いた。
「キィィィィィィ……」
耳を劈くような高周波音が、鋼鉄の壁に反響する。フライホイールが限界まで回転を高め、金属の悲鳴がピークに達した瞬間、パイロットが始動レバーを叩き込んだ。
「ボウッブブウブブブウッブブブッブウブ」
ガツン、と激しい衝撃。エンジンが、重い黒煙を吐き出して目覚めた。「伊四〇〇号」の自動姿勢制御システムを搭載し安定した甲板から晴嵐は加速してレールの上のカタパルトから放たれた。同じ小隊の伊四〇〇号の2機の晴嵐改がそれに続く。
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カリフォルニア、ロサンゼルス北東の砂漠地帯と内陸を結ぶ要衝、ロサンゼルス郊外、カホン・パス(Cajon Pass)峠。大陸横断鉄道の動脈が走るその峻険な峠に、死神の羽音が近づいていた。
「……目標、サンタフェ鉄道の跨線橋。および隣接する高圧変電所」
『晴嵐改』の風防越しに、パイロットの目に街の灯が見えた。いや、それは灯というより、巨大な獲物の血管だった。潜水司令部の暗号を受け、アメリカ西海岸の物流を止めるための作戦が始まる。
「晴嵐改」は、金星七一型のエンジンを搭載し本来の高速性能を取り戻していた。夜陰に紛れるための防眩塗装が、ロス郊外の闇に溶け込む。
「一番、投弾用意……てッ!」
高度300メートル。機体から切り離された250キロ爆弾が、重力に従って吸い込まれていく。数秒後、夜の静寂を暴力的なまでの閃光が引き裂いた。
ドォォォォォン!
変電所の大型トランスが連鎖的に爆発し、空に向かって巨大な青白い電気の柱が立ち昇った。絶縁油に火がつき、夜空がオレンジ色に染まる。眼下を走っていた大陸横断鉄道の蒸気機関車のヘッドライトのみが煌々と光っていた。夜の荒涼としたカホン・パスの峠の乾燥した、起伏がある、草原に覆われた大地を照らす。
「直撃。変電所沈黙。鉄道網、寸断」
「66号線の跨線橋の橋梁を破壊し、鉄道線を封鎖」
後席の暗視装置を付けた航法観測を担当する搭乗員が報告する。しかし、攻撃は終わらない。旋回した『晴嵐改』は、暗闇に沈んだロスの市街地へと機首を向けた。
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「次は、港湾部の送電網だ。今日、この街から電気が消える」
操縦桿を軽く倒し、機首を太平洋側——不気味なほどの光を放つロサンゼルスの大都市圏へと向け直す。その時、風防の脇を通り過ぎる影があった。
暗視装置の緑色の視界の中に、漆黒の防眩塗装を施した同型機の鋭利なシルエットが浮かび上がる、別海域に展開していた姉妹艦『伊四〇一』および『伊四〇二』から発進した『晴嵐改』の編隊であった。互いに無線封鎖を維持したまま、機翼をわずかに上下させて視信を送る。夜陰に乗じた死神たちの合流だった。
「二番機、三番機、三位一体の突撃体勢に入ります。目標、ロサンゼルス港湾部のシールビーチ火力発電所およびロングビーチ巨大油槽所!」
金星七一型エンジンの重厚な咆哮が夜空を震わせる。通常の晴嵐とは一線を画す絶大な出力が、機体を時速六〇〇キロを越える超高速へと押し上げていた。
市街地上空に到達すると同時に、美しく輝いていた格子状の街の灯りが、一気に真下へと迫ってきた。
「全機、突入ッ!」
急降下に移る晴嵐改の群れ。地上からは遅ればせながら警戒警報のサイレンが吹き荒れ、パシフィック海岸通り沿いに配置された米軍の対空探照灯が青白い光の束を夜空へ放射し始めた。四〇ミリ対空機関砲の橙色の曳光弾が放射状に交錯する。
しかし、金星七一型を叩き叩き直した晴嵐改の圧倒的な速度の前に、米軍の無規則な対空砲火はただ虚空を穿つのみであった。
「三番機、油槽所へ投弾! 一番機、発電所ボイラー棟へ集中爆撃!」
高度二〇〇メートルの超低空侵入。探照灯の光軸を速力で振り切り、主人公機が操縦桿を引き絞る。
「てッ!」
機体が軽く跳ね上がり、腹下に抱えられた二五〇キロ爆弾が滑らかに切り離された。直後、二番機・三番機からも同時に爆弾が投下される。
数秒の静寂の後、ロングビーチの臨海工業地帯が爆発した。
ドガァァァァンッ!!
直撃を受けたシールビーチ火力発電所の巨大なタービンと高圧ボイラーが内部から吹っ飛び、眩閃が夜の港を白日の中に晒し出した。続いて油槽タンクの群れが連鎖爆砕を起こし、数千トンの重油が灼熱の火の海となって海面と埠頭を呑み込んでいく。
そして、決定的な瞬間が訪れた。
発電所の破壊と、先刻のカホン・パス変電所の爆砕が相乗効果を起こし、巨大都市ロサンゼルスの「神経」が完全に焼き切れたのだ。
ビシシ……と電線が暴れ狂う青白い火花が送電線網を駆け巡り、次の瞬間——。
ハリウッドの丘からダウンタウンの高層ビル群、サンタモニカの海岸線に至るまで、燦然と輝いていた無数の灯火が、まるでドミノ倒しのように一斉に吹き消された。
光の海だった世界が、一瞬にして完璧な「底なしの暗黒」へと変貌する。
信号機が消え、街頭が消え、港のクレーンの灯りが消えた。暗闇に包まれた市街地からは、何千、何万という自動車のクラクションと、パニックに陥った住民たちの悲鳴が波のように押し寄せてくる。上空から見下ろせば、かつてのアメリカ西海岸の大権現は、いまや黒々とした死の街へと成り果てていた。
「ロサンゼルス全域、ブラックアウト確認。……作戦、大成功だ」
闇の中から連続する爆発音の余韻が、今度はロスの住民たちの悲鳴となって夜風に混ざり合った。
翌朝の新聞は、これを「ロスの暗黒の火曜日」と呼ぶことになるだろう。晴嵐改の操縦士は母艦に帰投しながら考えた。
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ロサンゼルス沖の洋上 伊400号
晴嵐改の操縦士は休息を取り、温めたうなぎの缶詰とあったかいホクホクの缶詰の赤飯を美味しそうに食べ、緑豆春雨とワカメの酢味噌和えも美味しく頂く、もちろん羊羹のデザートも平らげた。
英気を養いながら次の出撃を待つ、
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経済の窒息
この徹底的な封鎖により、アメリカ西岸の動きは停止した。軍事行動、船舶の物資の移動、 資源の枯渇:ゴム、錫などの戦略物資が外洋からの供給が途絶えた。
西海岸の孤立:日本軍の複数の潜水空母「伊四〇〇型改」から発艦した特殊攻撃機「晴嵐改」が、夜陰に乗じてロス近郊の鉄道網や変電所をピンポイントで爆撃。アメリカ西海岸は、暗闇の中に放り込まれた。
アメリカ人にとって、太平洋はもはや「自由の海」ではなく、どこから牙を剥くかわからない「死の海」へと変貌した。 海岸線には日本軍の上陸を恐れる市民が溢れ、パニックが全土へ広がる。ワシントンの政府は、前線へ送るべき兵力を、本土防衛のために引き戻さざるを得なかった。
沈黙の鎖――西海岸封鎖作戦 終
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