北方防衛開放軍の誕生
「北の決戦」への集結
古村中将率いる「因幡乃白兎」艦隊に護衛された輸送船団は、南方の各島々から精鋭たちを吸い上げ、次々とマニラ湾へと辿り着いた。
兵士たちの眼前に現れたのは、かつてアメリカ軍の中枢であったフォート・マッキンリー基地だ。今やそこは、日本軍の手によって接収され、最新鋭の兵器と膨大な物資が山積する、東南アジア最大の兵站拠点となっていた。
「……ここが、新たに我々が再編成する場所か、まずは兵士達を休ませよう、それからだ。」
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「派遣軍」への再編
マレー、スマトラ、カリマンタン、そしてジャワから到着し、休息を終えた将兵を待っていたのは、アメリカ軍の最新装備の受領だった。そして、大規模な航空機と連動した戦術、攻勢防御戦術の説明と訓練があった。
フォート・マッキンリー:鍛錬場
基地内では、昼夜を問わず重厚な金属音が響き渡った。
南方でのゲリラ戦や防衛戦に特化していた部隊は、ここで解体され、その能力をさらに鍛え上げ、満州の平原や樺太の酷寒に耐えうる「機械化混成旅団」へと再構成されていく。
派遣軍の武装の強化
1. アメリカ軍から接収したM4シャーマン戦車。
アメリカ軍を代表する戦車である、攻撃力、防御力、機動力、生産性に優れた優秀な戦車である。
2. M36ジャクソン(対戦車自走砲)
特徴: 90mm砲という強力な火力を備え、アメリカ軍がドイツのパンターやティーガーに対抗するために投入した車両だ。満州の広大な平野で、ソ連軍の戦車群を射程外から仕留める「射程外戦法」の主役となる。
3. M18ヘルキャット(駆逐戦車)北方の機動戦において、ソ連軍の側面を突くための「快速戦車」だ。
特徴: 最高時速80km/hを超える圧倒的な機動性を誇る。
用途: 偵察および急襲用。ソ連軍の補給部隊や司令部を電撃的に叩き、混乱に陥れるための機動打撃部隊に配備される。
4. M24チャーフィー(軽戦車)
九五式軽戦車などに代わる、次世代の偵察・歩兵支援車両だ。
特徴: 軽戦車ながら75mm砲を搭載し、従来の日本軍の中戦車を凌駕するスペックを持つ。
無線機を搭載し、歩兵・航空部隊との密接な連携(諸兵科連合)を可能にした。
5. 特殊車両と工兵機械 北方の酷寒と泥濘を克服するための装備、迅速に戦線に移動し、陣地構築、仮設飛行場を作る。
M31 戦車回収車: 故障や損傷した戦車を迅速に戦線復帰させるための車両。
装甲ブルドーザー: ソ連軍が築く陣地を強行突破し、道を切り拓くためにこれらの大型重機はフォート・マッキンリーで整備される。
そして、北方派遣軍の主力といってもよい、大半の部隊が下記の装備を使う。
大量に鹵獲したダッジ WCシリーズ・小型から中型の多目的トラックで、特に「ウェポン・キャリア(兵器搬送車)」として有名なものを配備した。また、ダッジ WCは人員輸送、救急車、通信車などにも、戦場のあらゆる場面で活用されていた。速射砲搭載型や、ロケット砲搭載型、重迫撃砲搭載型、無反動砲搭載型、対空機銃搭載型があった、指揮通信型の通信機も信頼性が高く、遠距離の指揮指導も当然、以前より向上した。
その他にも、デュース・アンド・ア・ハーフと呼ばれる、GMC CCKW このトラックは第二次世界大戦中にアメリカ合衆国で開発・製造された、積載量2.5トンクラスの6輪駆動(6×6)軍用トラックだ。1941年から1945年の間に約56万台以上が生産され、第二次世界大戦における連合軍のロジスティクス(兵站)の主軸を担う。これを大陸での物資の移動、軍隊の移動など、様々な部門で使われる。
大陸への行軍装備の受領: 熱帯の南国の来た兵士たちに、大陸や樺太などの戦場で命を守るための装備と行軍の機材が支給される。
この再編の目的は明白だ。
満州、樺太、そして北方諸島。日ソ中立条約を無惨に踏みにじり、火事場泥棒のごとく侵攻を開始したソ連軍を、その根源から絶つための「武力」を鍛え上げることだ。
戦略的意義
これらの車両は、単に「強い兵器」というだけではない。
総合国家政治戦略企画機関は、これらを「船舶輸送に適したサイズと重量」、そして「部品の共通化によるメンテナンス性の向上」という観点で選別しました。修理用の部品も余剰分の車両を分解し、保管した。
フィリピンで武装を整えたこれらの部隊は、現状で少数の国産戦車に頼らざるを得なかった過去の日本軍ではない。アメリカ軍の工業力と、日本の運用思想が融合した、対ソ連軍用の「軍団」として北への出撃を待っている。




