インターミッション 4-9 総合国家政治戦略企画機関
そして、日本のかじ取りを担うのは《総合国家政治戦略企画機関》である。
この機関は、かつての国家総力戦研究所が持っていた人員と知見をそのまま引き継ぎながら、その位置付けを根本から変えた後継組織だ。新設されたこの機関は、軍や外務省の下部組織という地位を脱し、国の各省と並び立つ規模と権限を持つ独立した組織へと改組された。
情報の統合化: 各省庁が個別に抱えていた情報を一元化し、軍事・経済・外交を切り離すことなく、一つの「国家戦略」として構築する。
客観性の担保: 組織の保身や自尊心によってデータが歪められることを防ぐため、内閣や各省の指揮系統から独立した判断基準を持つ。
かつての「研究生」たちは、いまや一国の進むべき航路を算定する実務者として、前に立っていた。
彼らが手にするのは、精神的な高揚ではなく、あらゆる情報に幅広い情報分析と、二度と判断を誤らないという組織的な規律だ。
かつての「総力戦研究所」は、その殻を脱ぎ捨てて真の変貌を遂げた。
総合国家政治戦略企画機関。その本質を形作っていたのは、組織の規模や権限以上に、そこに集った新たな「人間」の質にある。この機関は一見すればどこにでもいる官僚、学者、軍人、実業家、そして民間人たちだ。しかし、彼らが「非凡」とされる理由は、その肩書きではない。国家という枠組み、軍人としての名誉、学問的権威、あるいは「日本は勝つべきだ」「米欧は敵だ」といった一般的な思い込み。彼らはそうした既存のイデオロギーや固定観念から、自らの精神を完全に独立させていた。彼らは、特定の政治思想に染まることなく、歴史や経済、精神をフラットな地平で融合させた。それは、既存のどの国家も到達し得なかった、「世界の在り方」そのものを理解しようとする試みだった。
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そして、統一した戦争遂行のため、陸軍、海軍をまとめる日本帝国軍統帥本部が設立された。1945年7月。日本は、一つの強靭な「生命体」として西洋国家群に再び立ち向かう。
インターミッション 終
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