新・太平洋艦隊 2 榛名
呉軍港の喧騒から離れた江田島・小用沖。
そこには松の木や網で入念な偽装を施され、島の影に溶け込むように佇む老兵の姿があった。金剛型戦艦四番艦、「榛名」だ。
姉妹艦たちが次々と戦いの果てに南の海へと散っていった中、レイテ沖海戦を生き延びた彼女は、燃料の枯渇により「浮き砲台」としてその巨躯を横たえていた。しかし、新太平洋艦隊の編成と兵站の回復を受け、榛名の心臓部には再び熱い火が灯ろうとしていた。
呉海軍工廠の岸壁。整備のために曳航された榛名の甲板に、全乗員が集結した。潮風にさらされ、幾多の爆撃に耐え抜いた鋼鉄の肌は、工廠の手によって磨き直され、鈍い光を放っている。
整列した乗員たちの前に、榛名の司令官・義積大佐が立った。彼は、自分たちの背後にある巨大な艦橋を見上げ、静かに、しかし力強い声で切り出した。
「諸君、見よ。我らが『榛名』を」
義積の視線は、一番砲塔から艦尾までをゆっくりと掃いた。
「金剛、比叡、霧島……。共に荒波を越えた姉妹たちは、すべて戦いの中で散っていった。残されたのは、この榛名ただ一艦だ。我々は、金剛型戦艦、最後の生き残りである」
義積大佐の声に、鋭い力がこもる。
「確かに、我が榛名は老成艦だ。アメリカの最新鋭戦艦のような、洗練された電子兵装や新設計の船体は持っていないかもしれん。だが、思い出せ。太平洋を縦横無尽に駆け巡り、ヘンダーソン飛行場への艦砲射撃、マリアナ、レイテと、常に最前線で敵を震撼させてきたのは、我ら金剛型ではなかったか」
乗員たちの背筋が伸びる。自分たちが預かっているのは単なる鉄の塊ではない。日本海軍が最も信頼し、最も酷使し、そして最も戦果を挙げた「武勲の血統」そのものなのだという誇りが、彼らの胸に再点火された。
「近代化改修を重ね、傷を負うたびに強くなってきたこの艦には、戦没した三艦の魂が宿っている。今、呉の工廠によって傷は癒えた。良質な重油が、乾ききったボイラーを満たしている。もはや、ここを動けぬ『警備艦』ではない」
義積大佐は拳を握り締め、全乗員を射抜くような眼差しを向けた。
「我々の任務は、この呉を守ることだけではない。今度こそ、この巨砲で日本を、そして我々の故郷を守り抜くことだ。敵の戦艦や空母が消え去ったこの海で、最後の一艦となった榛名が、真の勝利を刻む時が来た」
「榛名と共に、勝利を。日本を守り抜くぞ」
義積の叫びに応えるように、数千の乗員の喚声が呉の山々にこだました。
かつて松の木で身を隠していた「隠者」は、今、その偽装を脱ぎ捨てた。四基の主砲塔がゆっくりと旋回を始め、試運転の黒煙が空へと昇る。
金剛型最後の誇り、戦艦「榛名」。
彼女は、亡き姉妹たちの想いをその鋼鉄の骨組みに刻み込み、運命の南太平洋へと、その重厚な艦首を向けようとしていた。




