危急を告げるーーーソヴィエト共産主義者達の胎動
昭和20年7月31日。満州の平原の地平に沈む夕日は空をオレンジ色に染め、頭上に現れた夜空と夕焼けの境界線のグラデーションが周りを包む。
ハルビン市、極東のパリと称される街の一角。重厚なレンガ造りのハルビン特務機関内部は、外部の喧騒とは隔絶された異常な熱気に包まれていた。
地下の受信室では、受信機が熱を放ち、真空管の焼ける匂いが鼻を突く。ヘッドホンを耳に押し当てた通信兵たちは、瞬きすら忘れてダイヤルを回していた。
「――聞こえたか、今の変調」
ベテランの班長が鋭く声を上げた。
ソ連軍が発する「不自然な静寂」の裏側で、極めて微弱な、しかし規則的な信号が空を裂いていた。それは暗号化された移動指示。高度な解析法を駆使し、紙に殴り書きされた文字が、破滅の足音を浮かび上がらせた。
時を同じくして、ソ連国境に張り付く各特務機関からも、悲鳴のような報告が次々と飛び込んでくる。
満洲里特務機関。
遮るもののない大平原の最前線で、指向性アンテナがソ連領内からの猛烈な電波の嵐を捉えていた。
「戦車師団、無線封止を解除! 複数のコールサインが交錯しています! 指向方向、バイカル湖東方!」
北方の黒河では、対岸のブラゴヴェシチェンスクの夜を徹した灯火と、舟艇を組むような金属音、そして異常なほど高出力で発信される演習用の偽装電波を嗅ぎ取っていた。
南東の要塞、東寧。
コンクリートの厚い壁に囲まれた掩体の中で、兵士たちは震える指で記録を取っていた。
「前線の索敵班からの報告・・・重砲兵連隊、前進準備。これは……演習ではありません。攻撃陣形です!」
これら北満州全域から発せられた緊迫の情報は、電波に乗って日本海を越えた。
日本国内、埼玉県新座にある大和田通信所。
巨大なアンテナ群が、シベリアから発せられる長波・短波をすべて吸い込んでいた。ここは、大陸の各機関から寄せられる断片的な情報を、ジグソーパズルのように組み上げる最終検分所だった。
「満洲里、黒河、東寧より一斉入電! ソ連軍、全線にわたって総攻撃の兆候あり」
通信兵が震える手で差し出した紙片には、歴史を動かす一文が記されていた。
『日ソ中立条約破棄の予兆あり』
「直ちに参謀本部へ。総司令部に緊急電を打て!」
ハルビン、国境、そして、日本。
張り巡らされた無線の蜘蛛の巣が、帝国最後の日を告げる振動を捉えた。
その極秘電は、暗闇を切り裂く電光のように、東京の日本軍総司令部へと突き刺さったのである。
一方、カリマンタン島北端、ブルネイ湾に位置するムアラ海軍基地は、静かな、潮騒の音を背景にゆったりとした光景が広がっていた。
カリマンタン島大空戦で米軍を退け、この地に安息をもたらした三隻の《帰還艦隊》の正規空母――「翔鶴」「瑞鶴」「大鳳」に、日本軍総司令部より緊急かつ重大な命令が下った。
「ソヴィエト、不戦条約破棄の兆候あり。直ちに北上し、新・連合艦隊に合流し、北の脅威を邀撃せよ」




