沖縄戦
慶良間諸島
3月26日早朝、慶良間諸島の島々は、水平線を埋め尽くす米第77歩兵師団の姿に凍りついた。
日本軍の想定では、米軍の狙いはあくまで本島。慶良間への攻撃は、本島上陸後の掃討戦か、あるいは単なる艦砲射撃に留まると楽観視されていた。
慶良間諸島は、本島上陸に先立つ3月26日に米軍の手に落ちた。この「前哨戦」の結果は、後の沖縄戦の推移を決定づけた。
慶良間海峡は、波が穏やかで広大な天然の良港。昔から沖縄本島と中国(明・清)や鹿児島を結ぶ航路の要衝であり、大型船の停泊地として利用されていた。米軍はここを即座に補給・修理拠点として活用した。傷ついた艦船がここへ逃げ込み、修理を受けて再び前線へ戻る。日本軍は慶良間を奪われたことで米軍に拠点を与えた。
軍民が混在した島々(渡嘉敷島・座間味島など)では、米軍の圧倒的な火力を前に追い詰められた住民たちの間で「集団自決」が発生した。これは沖縄戦全体を通じて繰り返される悲劇の、最も早い、そして最も残酷な事例の一つとなった。
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1945年4月6日、第一次菊水作戦が発動。
九州各地の基地から、零戦、彗星、九九式艦爆、さらには「赤とんぼ」と呼ばれた練習機までが、爆弾を抱えて南の空を目指した。
「菊水作戦」によって空から降り注いだ数千の「自爆攻撃兵器」が、アメリカ海軍という巨大なシステムにどれほどの傷を負わせたのか。その戦果は、米海軍史上、類を見ないほど凄惨で、かつ絶望的なものだった。
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先島諸島
宮古島や石垣島を含む先島諸島は、米軍の本島攻略を支援するイギリス太平洋艦隊(第57任務部隊)の主戦場となった。
日本軍の特攻機による必死の体当たりを受けながらも、イギリス空母は先島諸島への空襲を継続した。これにより、台湾からの特別攻撃隊の中継基地としての先島の機能は大きく制限された。
米軍は先島諸島への大規模な上陸作戦を行わず、「封鎖と飢え」を選択しました。その結果、先島諸島の日本軍(約3万人以上)は、本島が陥落し、戦争が終わるまでその場に釘付けにされた。
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沖縄1945年4月。
沖縄の空を覆うのは、初夏の陽光ではなく、絶え間なく降り注ぐ鋼鉄の雨——
首里城の地下、湿った冷気が漂う司令壕の中で、高級参謀・八原博通大佐は地図を睨んでいた。
彼の脳裏には、南方から届く絶望的な報告が焼き付いている。レイテ、そしてルソン。精強を誇った日本軍が、圧倒的な物量を誇る米軍の前に瓦解していく様を、彼は冷徹に分析していた。
「フィリピンが落ちた今、次はここだ。」
八原は独りごちた。かつてアメリカに留学し、その合理的思考を身に付けた彼にとって、この戦争はもはや「日本軍の想定していた戦争」で測れる段階をとうに過ぎていた。
かつて、沖縄防衛の要として期待された「精鋭・第9師団」は、フィリピンの戦況悪化に伴い引き抜かれていた。第9師団は台湾の防衛に回されたが、連合軍は台湾を占領はせずに直接、沖縄に乗り込んできた。そして、戦力は三分の二に激減。文字通り、第32軍は「片腕」を奪われた状態で、巨大な鉄の怪物と対峙することを余儀なくされていたのである。
「八原君、あまり根を詰めなさんな」
背後からかけられた穏やかな声。第32軍司令官、牛島満中将である。
牛島は、その場にいるだけで戦場の荒れ狂う兵たちの心を鎮めるような、不思議な徳望を持っていた。多くの将兵が彼に心服し、「この人のためなら」と思わせた。だが、その柔和な瞳の奥には、これから始まる地獄を冷徹に見据える覚悟が宿っていた。
八原は答える。
「閣下、航空による水際作戦は、もはや限界です。マリアナ、フィリピンの経過を見れば明白。我々が取るべきは、地下深く潜り、一分一秒でも長く敵をこの島に釘付けにする『戦略持久』のみです」
それは、華々しい「玉砕」を禁じ、泥にまみれて屈辱的な遅滞戦を強いる、非情な戦術だった。しかし、牛島は八原の知性を信じ、その地味で過酷な防衛案を全幅の信頼とともに受け入れた。
八原の手元の資料には、第32軍の「正体」が記されていた。総兵力11万人。数字の上では大軍だが、その内実はあまりに危うい。
本土派遣の戦闘部隊: 50,000名。彼らが実質的な戦力の核だ。
海軍陸戦隊: 3,000名。武器を扱える貴重な戦闘員。
後方支援部隊: 20,000名。
そして、35,000名もの「防衛召集」された沖縄県民。
昨日まで鍬を握っていた農夫、学問に励んでいた学生、そして家族を守ろうとする父たちが、にわか仕立ての軍服に身を包み、この鉄火場に立っている。
「73,000の兵隊と、3万5千の郷土兵か……」
八原のペンが地図上で止まる。
本土から送られた精鋭と、守るべき故郷そのものである県民が混在するこの軍隊は、もはや単なる「軍隊」ではなかった。それは、日本の、そして沖縄の命運を賭けた、運命共同体であった。
梅雨のぬかるみの中で、彼らは迫りくる世界最大の軍事力を見据えていた。勝利のために、ただ「一日でも長く生き延び、敵を止め、援軍の到来をもって反撃する」という、八原の理詰めの戦略を完遂するために。
「八原君、我が軍の柱石は、やはり彼らか」
牛島司令官の静かな問いに、八原は短く頷きました。
第32軍の要、それは満州・関東軍から転用された第24師団。彼らは広大な大陸で鍛え上げられた、文字通りの精鋭でした。何よりの強みは、その背後に控える強力な師団砲兵です。雨の中、沈黙を保つ重砲群こそが、米軍の物量に対抗しうる唯一の部隊でした。
一方、もう一つの主力、第62師団。
「彼らには大砲がない。だが、大陸打通作戦(一号作戦)を戦い抜いた、泥にまみれた経験がある」
八原は、本来は警備用だったこの師団が、中国大陸の数千キロを戦い抜いて得た「不屈の粘り」を評価していた。
海路、米潜水艦の攻撃で壊滅的打撃を受けた独立混成第44旅団。その穴を埋めたのは、千葉から一〇〇式輸送機で決死の空輸を敢行した独立混成第15連隊でした。彼らは、文字通り「空飛ぶ補充兵」として、急造の陣地へと放り込まれました。
機甲戦力に至っては、さらに悲惨でした。
戦車第27連隊に配備された戦車は、わずか30両足らず。巨大なM4シャーマンを擁する米軍に対し、それはあまりにも劣勢でした。
「閣下、もはや書類上の数字を数えても意味はありません」
八原の声が冷たく響きました。
彼は兵站部隊や船舶部隊を解体し、無理やり地上戦闘用に再編した6個の特設連隊を組織しました。さらに、軍司令部に居座る余剰人員さえも、八原の進言によって第一線へと駆り出されました。
「11万の兵がいると大本営は思っている。だが……」
八原は配備図から目を離しました。
「真に陸戦兵力として数えられるのは、約53,000。これが、我々が直面している冷酷な数字です」
11万人の数字の裏に隠された、53,000の兵士と、それを支える島民たちの群像。牛島は目を閉じ、深く頷きました。
「53,000、か。ならば、その53,000を最高効率で使いこなすのが、我々の仕事だ」
1945年4月。数字の虚飾を剥ぎ取られた第32軍は、剥き出しの意志だけで、迫りくる鋼鉄の軍勢を待ち受けていた。
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アメリカ軍上陸
沖縄中西部の海岸に上陸した米第10軍は、拍子抜けするほどの無抵抗に戸惑っていました。
「鉄の暴風」と謳われた艦砲射撃が島を耕し、海兵隊が砂浜を駆け上がっても、聞こえてくるのは波の音と自分たちの足音だけ。
日本軍が伝統的に得意としていた「夜襲」は、新兵器の登場によってその優位性を失いつつあった。
米軍部隊は、赤外線照射器を備えた「暗視スコープ」が装備されていた。
初の暗視装置「T3カービン」赤外線投光器と暗視スコープをセットにし、M1カービンに装着された。
漆黒の闇の中、音もなく忍び寄る日本兵の姿は、米軍のレンズ越しには鮮明な緑色の影として浮かび上がる。引き金が引かれるたびに、闇に紛れたはずの命が次々と刈り取られる。
洞窟陣地に対し、米軍は改良型M4中戦車(火炎放射戦車)を投入した。
これまでの火炎放射器とは桁違いの射程と火力を誇るその「ジッポー戦車」は、陣地の入り口から数百リットルのナパーム燃料を流し込み、地下深くの酸素を瞬時に焼き尽くす。
頭上から降り注ぐ砲弾も、恐怖の進化を遂げていた。
米軍が実戦投入したVT信管(近接信管)。それは、地表に触れる前に敵の頭上で正確に炸裂する信管。
「伏せろ!」と叫んだ時には、すでに空中で無数の破片が降り注いでいる。遮蔽物のない野戦では、兵士たちがどれほど深く地面にへばりついても、この「死の雨」から逃れる術はない。
さらに、日本軍が反撃の一発を撃てば、音波探知機が瞬時に発射位置を特定し、数分後には正確無比な対砲兵射撃が陣地を粉砕した。
前線の兵士たちは、重い大砲ではなく歩兵が携行できる中距離においる対装甲攻撃能力を手に入れた。
新兵器M18 57mm無反動砲やM20 75mm無反動砲を肩に担ぎ、かつては戦車でなければ破壊できなかったトーチカを、一人の歩兵が粉砕していく。
さらに、M2 107mm迫撃砲が、榴弾を絶え間なく送り込む。
アメリカの軍需産業は、デトロイトの工場から沖縄の最前線まで、一本の巨大なベルトコンベアのように繋がっていた。
日本軍に対し、第10軍は「装備、士気、補給」のすべてにおいて、文字通りアメリカ軍史上最強の軍団としてそこに君臨していました。
首里の地下で八原参謀が感じていたのは、敵の強さへの敬意ではなく、「戦争を生産し直す」かのようなアメリカという巨大なシステムへの、底知れぬ絶望だったのかもしれない。
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座間湾 アメリカ海軍沖縄上陸部隊
旗艦の艦橋で、海軍上陸軍司令官リッチモンド・K・ターナー中将は、手元の報告書に目を落とし、不敵な笑みを浮かべました。
「私の頭がおかしくなったのかもしれないが……」
彼は通信士を呼び寄せ、太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ大将へ向けて、半ばジョークを交えた電文を打ちました。
「当地における日本軍は、戦闘を行う意思がない模様である」
楽観的な空気が流れ、兵士たちは予定より遥かに早いスケジュールだった。彼らは信じたかったのです。日本軍の組織的抵抗は、すでに崩壊しているのだと。
しかし、遥か後方の司令部でその電文を受け取ったチェスター・ニミッツ大将の表情は、氷のように冷ややかでした。
彼はペリリューの、そして硫黄島の地獄を知っています。中川州男大佐や栗林忠道中将といった、日本の「精鋭」たちが、いかにしてアメリカの戦艦の大砲や航空機による爆撃に対抗してきたかを。
「報告書を訂正させろ。ターナーは敵を見誤っている」
ニミッツは、手元の海図を睨みつけました。
「日本軍は逃げたのではない。我々を『招き入れた』のだ」
ニミッツの確信。それは、日本軍が艦砲射撃の届く海岸線をあえて捨て、内陸の複雑な地形に潜り込んだことを意味していました。艦砲の届かない地下深く、泥濘の丘陵地帯。そこでアメリカ軍を出血多量で殺す——
その頃、沖縄中西部の海岸より南方25㎞、首里の地下壕。
八原博通大佐は、米軍が順調に進撃しているという報告を、完璧に思考を制御した将棋士のような顔で聞いていました。
「敵は喜んでいるようですな」
部下の言葉に、八原は短く答えました。
「喜ばせておけばいい。海岸から離れれば離れるほど、彼らの自慢の巨砲は無用の長物と化し、我が砲兵の射程内に踏み込むことになる」
沖縄の海岸では米軍の戦車隊が乾いた音を立てて内陸へと進む。
しかし、その行く手にある緑の丘は、実は数万の精鋭が潜み、彼らを叩き潰す「かなどこ」へと改造されていました。
「さあ、来い、防衛陣地も兵隊も砲も備えも十分だ、意気軒昂」
牛島満中将指令官は高級参謀八原博通大佐、参謀達を前に激励する。
太陽の光が届かない地下陣地で、400門の火砲と、そして「53,000の陸戦の精鋭」は戦闘準備は完了した。
アメリカ軍が「日本軍は戦う意思がない」と笑っていられた時間は、もうすぐ終わろうとしていました。
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「シュガーローフ」の悪夢
米第10軍司令官、サイモン・B・バックナー中将は、司令部の天幕を叩く激しい雨音を聞きながら、机上の報告書を叩きつけました。
「なぜだ? なぜ進まない! 硫黄島の倍以上の兵力を投入し、戦艦の巨砲で島を耕したはずだぞ!」
米軍のドクトリンは明快でした。圧倒的な火力で敵を粉砕し、戦車とともに蹂躙する。しかし、沖縄の地では、その「鉄の暴風」が空虚に響くだけでした。
八原博通という一人の参謀が描いた図面に基づき、日本軍は地下深く、ハチの巣のような反斜面陣地(丘の裏側に潜む陣地)を構築していました。
米軍が丘を占領したと思った瞬間、背後の洞窟から日本兵が現れ、至近距離から火を噴く。砲弾をいくら撃ち込んでも、岩盤に守られた「精鋭の日本の防人」を仕留めることはできなかったのです。
最前線の第6海兵師団の兵士たちにとって、シュガーローフ・ヒル(安里52高地)とは地上に現れた地獄そのものだった。
「奴らは狂っていない。それが一番恐ろしいんだ」
泥まみれの伍長は、震える手で煙草をくわえました。
この丘を守る第62師団の兵士たち、彼らは大陸で鍛え上げられた「待ち伏せの専門家」でした。
日本軍は硫黄島などの戦闘における戦訓を最大限に生かした戦術をここで発揮した。
米軍が前進すれば、正確無比な狙撃と手榴弾の雨が降り注ぎ、後退すれば、どこに隠されていたのか第24師団の重砲弾がピンポイントで頭上を叩く。
「まるで、我々が動くのをチェス盤の上で待っているかのようだ」
米軍の指揮官たちは、戦慄とともに気づき始めていました。自分たちが戦っているのは「狂信的な兵士」ではなく、徹底的に効率化された「殺戮のアルゴリズム」なのだと。
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泥濘に沈む
4月初めの梅雨は、日本軍に味方した。
自慢のM4シャーマン戦車は泥に足を取られ、補給路は断たれ、米軍の負傷者は泥の中でうめき、戦意は確実に削り取られてた。
米軍は、このわずか数百メートルの丘陵地帯を抜けるために、ヨーロッパ戦線の激戦地に匹敵する出血を強いられていた。
「日本軍に、狡猾で凶暴な論理で戦争を組み立てる男がいる」
バックナー中将は、雨に煙る首里の丘を睨みつけました。そこには、精神論を捨て去り、純粋な「時間」と「損害」の計算だけでアメリカを足止めしようとする、冷徹な知性が潜んでいました。
沖縄の大地と山をくりぬいて作られた対抗陣地
那覇市の首里城の地下、約30メートルの深さに、5本のトンネルが連なる全長約1キロメートル。
首里司令部壕の奥深く、電灯の下で、八原博通大佐は地図上に細かな線を書き込んでいました。それは陣地の配置図ではなく、一種の「幾何学的な罠」の設計図でした。
「閣下、不可能を可能にする唯一の道は、強固な築城であり、洞窟戦法です」
八原の声は、熱を帯びることなく、冷ややかさを持っていた。
「敵の1トン爆弾も、艦砲の巨弾も、岩盤という強固な盾を貫くことはできません。我々が地に潜り、この島そのものと一体化すれば、敵の物量は無価値に等しくなります」
彼はこの戦術を、柔道になぞらえて「寝技戦法」と呼んだ。立ったまま華々しく散るのではなく、泥にまみれ、敵の足を取り、じわじわと体力を奪い去る。それは誇り高き皇軍の伝統とはかけ離れた、徹底して合理的な「死の延滞」でした。
アメリカ軍がこの島で最も驚愕したのは、日本軍がこれまでの戦場では見せなかった、組織的かつ圧倒的な「砲撃の質」でした。
第5砲兵司令部の指揮下には、当時の日本軍としては異例の400門を超える火砲が集結していました。重砲、野砲、迫撃砲、そして戦車第27連隊の機動砲。それらはバラバラに撃ち込まれるのではなく、八原の緻密な計算に基づき、一つの巨大な意志として運用されていました。
「これは、我々が知っている日本軍の戦い方じゃない……」
那覇から首里へ続く防衛線に足を踏み入れた米第6海兵師団の将校は、降り注ぐ正確無比な弾幕に戦慄しました。
一発一発が、まるで観測員が真横にいるかのように正確に、海兵隊の進路を断ち、指揮所を粉砕する。かつて経験したことのない「統制された火力」の前に、最強を自負する海兵隊の足が止まりました。
沖縄本島北部の戦い
伊江島の城山を仰ぎ見た米兵たちは、自らの目を疑いました。
そこにあるのは単なる山ではなく、無数の地下坑道と壕で結ばれた「巨大な人工の要塞」でした。各砲座や銃座は毛細血管のように繋がっており、一つの陣地を潰したと思えば、次の瞬間には別の穴から銃口が突き出される。
八原は、対戦車築城を徹底させました。深い掘割、対戦車壕、そして岩陰に潜む肉薄攻撃隊。どんなに強固な装甲を持つシャーマン戦車も、その突破力を生かせずに拠点を攻略できずにいた。
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歩兵第22連隊第1大隊、小城大尉は、泥まみれの部下たちを前に、静かに、しかし断固として告げました。
「いいか、これは『小銃の延長』ではない。我が大隊の『砲兵隊』だ」
通常、日本軍の歩兵小隊には、八九式重擲弾筒が3〜4筒ずつ分散配備されます。歩兵のすぐ側で火力を補うのが、陸軍の「教範」でした。しかし、小城はあえてその教範を破ります。
各小隊から擲弾筒を回収し、大隊直轄として一箇所に集める——その数、実に36筒。
それは、分散すれば「点」でしかない火力を、一つの大きな「面」へと変える、大胆かつ合理的な再編でした。
アメリカ軍第6海兵師団の兵士たちが、ぬかるむ斜面を這い上がってきたその時です。
「撃てッ!」
小城の鋭い号令とともに、36の筒口が同時に火を噴きました。
ヒュルヒュルという不気味な風切り音。直後、海兵隊の頭上で、そして足元で、36発の榴弾がほぼ同時に炸裂しました。
「砲撃だ! 敵の砲兵陣地を叩け!」
海兵隊の指揮官が叫びますが、それは見当違いの命令でした。
米軍が想定する「重迫撃砲」や「野砲」の陣地など、そこには存在しません。わずか数人の兵士が抱えて移動できる「小さな筒」が、岩影や地下壕の入り口に、蜘蛛の子のように潜んでいるだけなのです。
36筒による集中射撃は、米軍の「前進」を阻むだけでなく、その「退路」をも正確に遮断しました。
八九式擲弾筒は射程こそ短いものの、熟練した兵士が扱えば、ピンポイントで弾丸を送り込むことが可能です。小城大尉は、地形を完全に把握し、米兵が隠れそうな窪地、あるいは前進せざるを得ない隘路に、正確に火力を集中させました。
「奴らの砲兵を沈黙させろ!」
泥の中に顔を埋めた米兵たちは、戦慄しました。
頭上の艦砲射撃は、日本軍を沈黙させるどころか、岩盤を削って彼らの隠れ家をより強固にしているかのようでした。そして、自分たちが一歩動くたびに、計算されたかのように「小火力の嵐」が正確に自分たちの頭上に降ってくる。
首里の司令部でこの報告を受けた八原博通大佐は、薄く笑みを浮かべました。
「小城大尉か。面白いことをやる。武器の多寡ではない、使い方の効率だ」
それは、八原が提唱する「持久戦」の理想的な形でした。
限られた資源を、最も効果的なタイミングで、最も効果的な場所に集中する。
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灼熱の迷宮
首里の司令部壕。八原は沈痛な面持ちで、中央部の戦況報告を受け取っていました。
日本軍の当初の構想は、沖縄南部での迎撃でした。しかし、米軍は守備の薄い中部・嘉手納海岸へと押し寄せていた。
上陸した米軍は、焦土と化した大地を南部、首里に突き進んできた。米軍は大地そのものを物理的に消滅させる、圧倒的な「面」の破壊兵器で日本軍を撃破していった。
「我々の遅滞戦術は効果を上げているが、しかし、アメリカ軍はそれを上回る突破力をもっている…」
八原が「不落」と信じた地下陣地に、米軍の凄惨な戦術が襲いかかる。それが「ブロートーチ(溶接バーナー)と栓抜き作戦」でした。
まず、戦艦の巨砲とロケット砲の雨が丘を「栓抜き」のようにこじ開け、陣地の入り口を露出させます。そこへ、悪魔の火を吐く火炎放射戦車と精鋭歩兵部隊が肉薄する。
「火だ! 火が来るぞ!」
地下壕の奥深く、日本兵たちの絶叫が響きます。入り口から放たれた千数百度の炎は、迷路のような坑道を舐め尽くし、酸素を一瞬で奪い去りました。航空機のナパーム弾が地表を海に変え、ロケット弾が岩盤を砕く。八原の「築城」は、逃げ場のない「巨大なオーブン」へと変貌していきました。
さらに米軍の攻撃は非情を極めました。
彼らは陣地の隙間に黄燐弾を投げ込み、煙で逃げ道を塞ぎました。そして、換気口や爆破孔から大量のガソリンを流し込み、火炎放射器で焼き、手りゅう弾を投下する。皆殺しの「トーチ&バーナー」
八原の耳には、地響きとともに陣地が一つ、また一つと沈黙していく音が届いていた。
地下防御陣地は、米軍の「ガソリンと火炎」という野蛮なまでに合理的な戦術の前に、崩れ去っていく。
*****
首里北方、標高150メートルほどの無名の丘。第62師団の歩兵たちが地下壕の暗がりから外を覗き見たとき、水平線のかなたから「青い点」が数えきれないほど湧き出してくるのが見えました。
米海兵隊のF4Uコルセア。
逆ガル翼という独特の形状をしたその戦闘機は、急降下に移ると翼の間を抜ける風が不気味な高音を奏でる。日本兵たちはそれを戦慄とともに叫んだ。
「アメリカ航空隊の爆撃が来るぞ!」
次の瞬間、耳をつんざく爆音とともに、コルセアの翼下から高速航空ロケット弾が放たれました。それは大砲の砲弾とは比較にならない速度で飛び来たり、岩盤に築かれた銃座を、岩ごと粉砕した。
航空攻撃の真の恐怖は、爆弾の破壊力だけでは無かった。
爆音とともに投下された、ずんぐりとした銀色のタンク。それが地上に触れた瞬間、爆発的な轟音ではなく、ベチャリという不快な音とともに、オレンジ色の火炎が「波」となって地表を走った。
ナパーム弾、ゼリー状の可燃物質は、岩肌にへばりつき、壕のわずかな隙間から中へと流れ込みます。
「火だ! 火が流れてくる!」
地下壕の奥では、熱気によって空気が奪われ、兵士たちはもがき苦しんだ。地表の緑は一瞬で消え去り、そこには生物の存在を許さない、ただの「焼けた岩の塊」だけが残された。
日本軍にとって最も忌々しかったのは、戦闘機の後ろで優雅に旋回している小型機L-5「グラスホッパー(バッタ)」でした。
武器らしい武器も持たないその連絡機は、八原参謀が誇る砲兵陣地のわずかな「煙」や「光」を見逃さない。
「あの観測機に見つかったら、5分後には地獄が降ってくる」
グラスホッパーが無線で座標を伝えると、待機していた米海軍の艦載機群が瞬時に飛来する。
1,000ポンド爆弾が首里の丘を揺らし、地形そのものを変えていく。八原がどれほど緻密な防御計画を立てようとも、空からの圧倒的な「視界」と、尽きることのない「弾薬」という物理の暴力が、それを紙細工のように破り捨てた。
奪われた空
日本軍の兵士たちは、空を見上げる自由さえ奪われていました。
かつて大陸で見せた組織的な対空砲火も、米軍の圧倒的な機数の前には焼け石に水。
一機、また一機とコルセアが去った後には、焼け焦げた土の匂いと、酸素を失った地下壕の静寂だけが残されていました。
「空さえ、空さえ我らにあれば……」
首里の地下、八原博通は泥に汚れた拳を握りしめ、頭上で鳴り止まない爆音に耐えていました。32軍を打ち砕いたのは、戦略でも戦術でもなく、沖縄の空を埋め尽くした「星条旗の翼」だったのです。
誇り高き精鋭たちが死守してきた前衛陣地は、もはや形を留めていませんでした。
「5万の陸戦兵力」は、連日の火炎攻撃と爆破によって確実に削り取られ、生存者たちは血と煤にまみれた。
首里の大日本帝国陸軍の第32軍司令部の地下壕にも、うっすらと焦げた匂いが漂い始めていました。
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沖縄本島の北西に浮かぶ平坦な島、伊江島にアメリカ軍の巨大な影が迫る。中央にそびえる「城山」だけが、その島の誇りのように突き出していました。
米軍にとっては沖縄全域を制圧するための「レーダー基地」と「航空基地」となるべき場所でした。
米軍第77歩兵師団は、慶良間諸島を制圧した経験から、小島の攻略を容易だと考えていた。しかし、彼らが上陸した瞬間に見たのは、島全体が「ひとつの生命体」となって襲いかかってくるような異様な光景でした。
守備隊の核となるのは、独立混成第44旅団第2歩兵隊第1大隊。わずか650名の精鋭の兵士たちでしたが、彼らの周りには、竹槍や擲弾を抱えた1,000名を超える沖縄県民の特設部隊が固まっていました。
「ここを抜かせば、次は本島だ。一歩も引くな!」
大隊長・井川少佐の激が飛ぶ中、島民たちは兵士たちと泥にまみれて戦った。
伊江島飛行場を巡る戦いでは、米軍の戦車に対し、地元出身の防衛隊員たちが爆薬を背負って肉薄攻撃を仕掛けました。そこには兵士と民間人の区別など無かった。島を守るという一念が、狂気と紙一重の勇気となって米軍を戦慄させた。
城山
米軍の圧倒的な物量により、海岸沿い街並みは数日で消滅した。生き残った兵士と島民たちは、島の象徴である城山へと追い詰められた。
標高172メートルのこの岩山は、「要塞」。岩肌には無数の銃座が掘られ、複雑な地下坑道が迷路のように張り巡らされていた。
米軍は丘の一つ一つを「栓抜き」作戦で潰していかなければならず、伊江島の攻略だけで、硫黄島に匹敵するほどの高密度の出血を強いられた。
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伊江島の南岸、波に洗われる断崖の懐に抱かれたニャティヤ洞。
かつては「千人洞」と呼ばれ、村人たちの憩いの場であり、祈りの場でもあったその巨大な自然洞窟は、1945年4月、多くの島民の命の「箱舟」となっていた。
洞窟の入り口から差し込むわずかな光も、立ち込める土煙と人々の熱気で濁っていた。外では米第77歩兵師団の砲撃が、伊江島の平坦な大地を執拗に叩き続けている。
御嶽洞窟の奥、村の祭祀を司る高齢女性のノロが震える手で、古い石の香炉を守っていた。
「火ヌ神」の依り代。
この島が戦禍に落ちるまえの平和な時のことを思い出す。
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「おばあ、今日も行くの?」
孫の蓮が尋ねると、ハルは静かに頷いた。彼女の手には、丁寧に洗われたウブク(供え物)と、包みに入った線香がある。
「これはね、ただの石じゃないんだよ。村の火を守り、ごせんぞさまと人の命を繋いできたモノだから」
ハルが香炉の前に膝をつくと、洞窟の空気がひんやりと、肌に感じる、波の音と洞窟の中の静寂、そして、自分の呼吸と鼓動。連綿と続くもの、そして、その中の自分のいのちを意識させた。
彼女は香炉の中に残る、幾世代にもわたって積み重なった白い灰を指先で整える。その灰は、かつてノロが焚き上げた線香の名残であり、この集落の記憶そのものだ。
香炉は、一見すれば無機質な石の器に過ぎない。しかし、ハルが火を灯した線香を立てると、そこには確かな「熱」が宿る。
石の静寂: 荒波に削られた琉球石灰岩。
灰の記憶: 祈りが形を変えた、清浄な白。
煙の道: 天と地、神と人を繋ぐ唯一の梯子。
「火ヌ神様、今日も一日、村が穏やかでありますように。海へ出た者たちが、無事に戻ってきますように」
低く、しかし凛とした声が、地中へと染み込んでいく。蓮はその光景を背後で見守りながら、目に見えない何かが、この洞窟の空間を通じて自分たちを守っているような錯覚に陥った。
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「トートートゥ、御先祖様……どうか、この子たちをお守りください」
彼女の呟きは、絶え間なく響く地響きにかき消されそうになりながらも、洞窟の岩肌に染み込んでいくようでした。沖縄の人々にとって、死者は遠い存在ではなく、いのちを継ぎ、何代も連続したいのちを受け継ぎ、宇宙的なものにもつながる、常に傍らで見守ってくれる者でした。家族の位牌を抱きしめる者、先祖の名を必死に呼ぶ者。
ノロは、幼い孫娘に手を引かれて、時折岩の隙間から見える空を仰ぎました。
「おてんとさま……。私たちは、何か悪いことをしたのでしょうか」
沖縄の太陽は、生命を育む慈悲の象徴です。しかし今、その太陽の光を浴びるのは、無慈悲に降り注ぐ爆弾と、空を覆い尽くす銀色の翼だけでした。
「おてんとさまが見ているから、悪いことはできない」——そう教えられてきた子供たちは、母親の胸に顔を埋め、見えない「おてんとさま」に救いを求めていました。しかし、洞窟の外で繰り広げられているのは、人間が作り出した最悪の「地獄」そのものでした。
洞窟内にある、持ち上げると子宝に恵まれるという伝説の石「力石(ビジュル石)」。かつては喜びとともに触れられたその石の周りに、今は力なく座り込む人々が集まっていました。
しかし、ここに集まった人々にとって、ニャティヤ洞は先祖と繋がり、理不尽な運命に対して「生きたい」という最後の意志を繋ぎ止める砦だった。
先祖への祈りと、未知の敵への恐怖。老婆は最期の祈りを捧げるように、静かに目を閉じました。遠方では城山が、激しい衝撃に揺れていました。
のろのまごむすめは、おばあちゃんのそばで、おびえながらいのりました。
「おてんとさま、たしゅけてください、このしまにいきる、わたしたちのいのちを」
****
その時、伊江居島の攻撃の音がやんだ。遠くから別の音が、沖縄の澄み切った青空に響くのが聞こえてきた。
彼方から爆音を響かせながら9機の戦闘機が洞窟の上空を飛行していった。
その後に「キィーーーーーーーーン」という甲高い音があとから聞こえてきた。
****
沖縄近海 深度300m 攻撃型改伊401号
ソナー員「複数の艦艇を確認しました、艦種は輸送艦、タンカー」
艦長「水雷長、水雷攻撃を開始する」
水雷長「水雷攻撃開始」
目標探知・追尾
射撃計算: 射撃指揮装置 接続
注水: (魚雷発射管内)
前扉開: 準備完了、(外側の蓋を開放)
データ入力:完了
発射: 艦長の「撃て!」の号令とともに、水雷長がスイッチを操作。圧縮空気を用いて魚雷を押し出す。
****
アメリカ軍沖縄占領軍司令部 アメリカ陸軍のサイモン・B・バックナー・ジュニア中将
1945年4月7日
アメリカ海軍第58任務部隊からの無秩序な通信を受け取っていた。
「多数の飛行部隊が壊滅した」 「複数の空母と護衛艦隊が壊滅した」 「救援をもとむ」 「本国に敵の増援部隊が現れたと伝えてくれ」 などの通信がノイズまみれに聞こえてきた。 状況を聞こうとしても、混乱していて、まともな状態ではなかった。
バックナー司令官と司令部内部はこの状況に混乱していた。
そこに通信兵が報告をした。
「2隻のビクトリー型輸送艦が撃沈」
さらに複数の沖縄に展開するアメリカ軍の監視の目であるレーダーピケット艦の駆逐艦の反応が消えており。さらに沖に停泊してた巨大な輸送船(中に大量の弾薬や食料や物資を満載)や巨大なタンカーがなんの兆候もなく爆沈しているという情報があがっていた。
その時、日本軍のモールス信号を傍受していた通信員が自分の耳にノイズにまみれた信号が聞こえてきた。
「-・- --- ・・・ -・-・・ ・・・- ---・- ・- --・・ ・・ -・ ・- -・・・ -・・- -・・-・ ・-・ ・・・- ・-・・・ -・-・・ ・-・ -・- -・-・ ・・-・・ ・--・ -・-・ ・・- ---・- -・--・ -・・- -・ ・---・ -・ ・-・ -・- --- ・・・ -・-・・ ・・・- ---・- ・- --・・ ・・ -・ ・- -・・・ -・・- -・・-・ ・-・ ・・・- ・-・・・ -・-・・ ・-・ -・- -・-・ ・・-・・ ・--・ -・-・ ・・- ---・- -・--・ -・・- -・ ・---・ -・ ・-・ 」
アメリカ軍の参謀に報告する「先程から連続で同じ通信を繰り返しているのを傍受しました」
参謀「内容はなんだ」
通信員「平文(暗号ではない)で『我々・・・菊水部隊はまもなく・・・沖縄に突入する・・・待たせたな・・・・』以上が繰り返されています」
「なんなんだ、これは、状況を確認しろ」
アメリカ軍司令部はこの状況を確かめるために四方に連絡を始めた。
その状況を帰還艦隊の潜水艦部隊の司令は傍受し、アメリカ軍の情報を逐次、日本艦隊に報告した。
****
首里 第32軍司令部壕の通路は、湿った赤土の匂いと灯油の燃える臭いが混じり合い、天井からは絶えず結露した水滴が滴り落ちていました。頭上を揺らすのは、米軍の戦艦が放つ16インチ砲の爆撃の衝撃。それは巨大な怪物が地下を這い回るような、不気味な震動でした。
高級参謀・八原博通大佐は、すでに発電能力が落ちて電気を電信など主要部に回しているので消灯した電灯の代わりのカンテラの灯りの火の下で戦況図を睨んでいました。
アメリカ軍の新型無反動砲、火炎放射戦車、そして、砲撃——。日本軍が積み上げた防衛線は、アメリカという巨大な工業力の奔流に削り取られつつあった。
「……我らの陸戦兵力は残り2万を切るか。この数は、残酷すぎる」
八原が独りごちたその時、軍服を泥と汗で汚した若い通信兵が、よろめくように壕内へ飛び込んできました。
「閣下! 参謀、これを!」
差し出された受信記録を、八原がひったくるように受け取りました。通常、重要な軍事通信は暗号化されるのが鉄則です。しかし、その記録用紙に記されていたのは、あまりに無防備で、あまりに剥き出しの「言葉」でした。
「先程から、平文で……暗号もかけず、この通信が繰り返されています」
通信兵の声は震えていました。
八原はその文面に目を落とし、わずかに眉をひそめました。そこには、軍事的な座標も、戦術的な指示もありませんでした。
『我々……菊水艦隊はまもなく……沖縄に突入する……待たせたな……』
「待たせたな、か」
奥から静かに歩み寄ってきたのは、司令官・牛島満中将でした。
その物静かな佇まいは、絶望的な戦況の中にあっても、将兵たちに「この人の下であれば」と思わせる不思議な静寂に満ちていました。
牛島は八原の手から紙を受け取り、その言葉をなぞるように見つめました。
沖縄救援艦隊が今まさに雲を突き抜け、鋼鉄の防風が吹き荒れる沖縄の海へと、彗星のごとく飛び込もうとしている。
暗号をかけない平文。それは、敵であるアメリカ軍にも、そしてここにいる自分たちにも届くように放たれた、反撃の咆哮でした。
「八原君」
牛島が静かに口を開きました。
「彼らが海を裂いて来る。ならば我々は、この岩の下で応えねばならんな」
八原は、感情を押し殺すように眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせました。
「ええ。理屈ではありませんな。我らが稼ぐ一分一秒を、地上で千金の価値に変えねばなりません。たとえ、それが全滅への行進であっても」
頭上の爆音が一際激しく鳴り響きました。
地下司令部に届いたその「声」は、絶望の淵に立たされた第32軍にとって、何よりも残酷で、そして何よりも福音のように響いていた。
****
首里司令部壕の奥深く。本来ならば、南部・喜屋武半島への撤退計画が承認されるはずの時刻だ。しかし、八原大佐が手にした鉛筆は、撤退ルートの矢印をなぞるのを止め、一点を強く突き刺しました。
「閣下、撤退は……無意味です。南部へ逃れれば、敵の追撃に晒され、野戦で全滅を待つだけです。ならば、この強固な地下要塞こそを、我らと敵の終焉の地にすべきです」
牛島司令官は、灯りの火を見つめていました。先ほど届いた「菊水部隊、沖縄突入」の平文通信。沖縄救助艦隊が暗号さえ捨てて自分たちに呼びかけている。
「……八原君。作戦を変更する。南部撤退を撤回。全軍、現位置にて徹底抗戦。一歩も引くなと伝えなさい」
司令部の決断は、断線しかけた電話線や、命懸けの伝令を通じて、最前線の迷宮へと駆け巡った。
「軍司令部より達! 南部撤退は中止! 各部隊、現位置を死守せよ!」
「救援艦隊……間に合ってくれ。頼む、間に合ってくれ!」
通信兵は、熱病に浮かされたような顔で、手垢にまみれた受話器に叫び続けました。
「各部隊に連絡! 増援が来た。 救援艦隊が! そのまま、辛抱されたし! 我らの背後には、まだ日本がある!」
首里北方の前衛陣地。
そこには、火炎放射戦車の熱風に眉毛を焼かれ、銃弾で耳を削がれた兵士たちが、死を待つだけの虚ろな目で転がっていました。
しかし、その「連絡」が届いた瞬間、壕内の空気が一変しました。
「おい……聞いたか。増援だ。空から、九州から、俺たちを助けに来るぞ」
一人の歩兵が、泥にまみれた三八式歩兵銃を杖にして立ち上がりました。彼の足は、米軍の砲撃で負傷し、赤黒く血が滲み、止血をした箇所は痛々しい。その瞳には、先ほどまでの絶望を焼き殺すような鋭い光が宿っていました。
「……待たせたな、と言ったんだな。あいつら」
兵士たちは、血で滑る手で再び擲弾筒を握り、擲弾を胸に抱きました。
さっきまで、ただ死ぬためだけに戦っていた男たちが、今は「生きるため、そして勝つため」に引き金に指をかけました。
****
対峙する米第6海兵師団の指揮官は、戦慄とともに双眼鏡を置きました。
「何が起きている……? 奴ら、さっきまで崩壊寸前だったはずだ」
目の前の丘は、火炎放射で真っ黒に焦げ、1,000発以上の砲弾で形さえ変わっていました。しかし、その黒焦げの穴の中から、再び日本兵が這い出してきたのです。それも、以前よりも遥かに凄まじい、殺気に満ちた叫び声を上げながら。
アメリカの最強の装備、最強の物量、精鋭の兵士たちが、日本兵の胸に灯ったたった一つの「希望」という名の狂気に、押し戻されようとしていました。
「頼む、間に合ってくれ……!」
兵士たちのいのりと執念。
首里の丘は、一分一秒を「千金」の価値に変える、人類史上最も激しい「持久戦」へと突入した。
兵士たちは血や煤や泥にまみれながらその希望を胸に戦い続けた。
****
沖縄座間湾
米艦隊のソナー員たちは、ヘッドホンのノイズに眉をひそめていました。
「……何も聞こえない。海が死んだように静かだ」
彼らのソナーが探知できるはずのスクリュー音は、そこには存在しませんでした。深海を征く10隻の巨大な黒い影。その船殻は特殊な防音タイルで覆われ、アクティブ・ソナーの音波を吸い込み、内部の駆動音を一切漏らしません。
心臓部は、最新鋭の高性能電池と電磁モーター。機械の唸りすら消し去った「無音航行」が、史上最強の米艦隊の直下にまで、死を運んできた。
ソナー員「多数の空母を確認しました」
エンタープライズ
ホーネット
ヨークタウン
エセックス
イントレピッド
ベニントン
帰還潜水艦隊、旗艦・伊400改の司令室で、艦長が冷徹に命じました。
「敵艦隊を確認した、各艦、合戦だ」
潜水艦隊総司令官は10隻の各艦に目標を指示した。
改伊400号艦長が水雷長に告げる
「目標、米空母『エンタープライズ』。距離12,000」
「1番から4番、発射!」
鈍い振動とともに、誘導魚雷が発射管を飛び出しました。しかし、それはこれまでの魚雷とは決定的に異なりました。魚雷の尾部からは、蜘蛛の糸のような細いワイヤーが伸び、潜水艦の火器管制盤へと繋がっています。
「進路修正、右5度。深度維持。敵駆逐艦のソナーを回避せよ」
オペレーターがジョイスティックを操作するように、魚雷を「操縦」する。
目標まで残り1,000メートル。
「ワイヤー切断。あとは……お前に任せる」
水雷長の呟きとともに、ワイヤーが切り離された。その瞬間、魚雷頭部の高性能ソナーが覚醒する。
「目標。自律追尾開始」
魚雷は自ら意志を持った生き物のように、空母の巨大なスクリュー音を目指して加速しました。電磁モーター特有の高周波が、深海に一瞬の殺意を刻みます。
ドォォォォォンッ!
突如として、米空母の右舷で巨大な水柱が立ち上がった。
アメリカ海軍航空母艦群は魚雷攻撃で甚大な被害を被った。
続いて第二攻撃に移る、目標、座間湾に展開し、日本軍を海から砲撃する戦艦群。
アメリカ海軍の旧型戦艦群
アイダホ
ニューヨーク
テキサス
第七艦隊派遣艦
コロラド
テネシー
ミシシッピ
テネシー
護衛艦隊、そして、レーダーピケットの駆逐艦。
「魚雷だ! どこから来た!? 潜水艦はどこだ!」
米艦隊はパニックに陥りました。ソナーには何の反応もなく、レーダーにも映らない。ただ、深海から「見えない死」が正確無比に心臓部を貫いてくる。
****
第五・第七艦隊の終焉
「雷跡確認! 右舷30度、距離500! 回避不能!」
米空母『エンタープライズ』の艦橋に、絶望的な叫びが響き渡る。しかし、その報告すら遅すぎた。伊400改から放たれた魚雷は、巨大な空母のスクリューが発する特有の低周波を正確に捕捉。磁気信管が船底の直下で作動し、海水を一気に突き上げる「バブルジェット」現象を引き起す。
ドォォォォォォォンッ!!
数万トンの巨躯が、見えない巨人の手で持ち上げられたかのように浮き上がり、次の瞬間、自重に耐えかねて竜骨が真っ二つに折れ曲がりました。燃え盛るガソリンと艦載機を甲板に乗せたまま、『エンタープライズ』は断裂した心臓部から大量の海水を飲み込み、急速にその姿を消した。
続いて『ホーネット』『ヨークタウン』。かつてミッドウェーで日本海軍を葬り去った名艦たちが、今度は「音も姿も見えない敵」によって、なす術なく深海へと引きずり込まれた。
空母群の壊滅を確認した帰還潜水艦隊の次なる標的は、座間湾を埋め尽くす戦艦群だ。
真珠湾の泥の中から蘇り、再び日本を焼き尽くさんと現れた『テネシー』『ペンシルベニア』『コロラド』。それら旧式戦艦の重厚な装甲も同様に。
「続けて、目標、戦艦『アイダホ』『ニューヨーク』。雷撃用意」
伊400改の火器管制盤で、光の点が規則正しく並びます。
「5番から8番、放て!」
放たれた魚雷は、米駆逐艦が必死に投下する爆雷の層を、深深度潜航で易々と潜り抜けました。アクティブ・ソナーを無効化する吸音タイルを纏った魚雷は、もはや回避不可能な死神の指先でした。
「ソナーに反応なし! 敵はどこだ! どこを撃てばいいんだ!」
米駆逐艦の艦長たちは、狂ったように爆雷を投下し続けました。しかし、海面に上がるのは無意味な水柱ばかり。
その直後、戦艦『テネシー』の左舷中央部に三本の魚雷が吸い込まれました。
一発目が水雷防御を破壊し、二発目が装甲を貫通。そして三発目が、主砲塔下の火薬庫へ到達しました。
――カッ!!
夜の座間湾が、真昼のような白い閃光に包まれました。
数千トンの主砲塔が玩具のように宙を舞い、戦艦『テネシー』は艦体の中央部から真っ赤な火柱を吹き上げ、一瞬で海面にその痕跡を失いました。
「第7艦隊……全滅か」
炎上する駆逐艦の甲板から、脱出した米兵たちが呆然とその光景を見つめていました。
最強を誇ったアメリカ海軍の威信は、わずか数十分の間に、深海からの一方的な「雷撃」によって打ち砕かれた。空母は沈み、戦艦は鉄屑となり、護衛の駆逐艦は守るべき主を失って右往左往するばかり。
レーダーピケットラインも、対潜哨戒網も、《帰還艦隊》潜水艦隊の前では、味方を守る壁にはならなかった。
「第七艦隊司令部本部に連絡、上陸支砲撃援艦隊は壊滅、、、」
沈みゆく旗艦の通信室で、最期の電文が途絶えました。
****
「戦果確認。敵主力艦隊、戦闘能力喪失」
伊400改の艦橋。潜水艦隊総司令官は、モニターに映る「死の海」を冷徹に見つめました。
「各艦、潜航。これより本隊(新連合艦隊)と合流し、マニラへ向かう」
10隻の黒い影は、再び静寂の深海へと消えていきました。
後に残されたのは、燃え盛る重油の臭いと、アメリカ艦隊の無惨な残骸。
****
首里の地下壕。通信兵が震える手で電文を書き写しました。
「閣下! 潜水艦隊より入電! 『敵主力空母、戦艦、撃沈。敵艦隊、混乱。我、これより第二次攻撃に移る』……やりました! 海から援護が来ました!」
八原大佐は、牛島満中将に向かい合いました。その視線には、確かな勝利への手応えが宿っていました。牛島中将は軽くうなずいた。
「……菊水艦隊はこの沖縄の戦いに間に合った。諸君、攻撃を続行せよ、」
****
天翔ける「橘花」
与論島の沖合。米軍が「安全な後方」と信じていた海域に、あり得ないシルエットがあった。
ミッドウェーやマリアナで沈んだはずの、あるいは傷ついたはずの帝国海軍機動部隊の精鋭たち――空母「翔鶴」「瑞鶴」して装甲空母「大鳳」。
歴史の彼方から甦ったこの「帰還艦隊」の甲板上で、異様な形の航空機が翼を並べていました。プロペラがない。代わりに、翼の下に吊るされた細長いエンジンから、鼓膜を引き裂くような金属的な咆哮が響き渡っていました。
史実で海軍が極秘裏に開発し、間に合わせた日本初のジェット戦闘攻撃機。
だがこれは違う、次元の彼方からやってきた技術で作られた「橘花改」。
「第一次攻撃隊9機、発艦!」
カタパルトが作動し、従来のレシプロ機とは比較にならない加速で、9機の「怪鳥」が空へと弾き出されました。その推力は、これまでの常識を覆す大型爆弾の搭載を可能にしていました。
****
この攻撃には、確たる「標的」が存在した。
先立つ潜水艦隊による攻撃で、米軍のタンカーや輸送艦が次々と撃沈された際、パニックに陥った米軍の通信網に多くの通信が飛び回った。
『第10軍司令部より、各艦隊へ! 状況を知らせたし、至急……』
この悲鳴を傍受した伊号潜水艦の通信士たちは、発信源の電波強度と方向を執拗に解析。ついに、沖縄本島陸上に設置されたアメリカ第10軍司令部の正確な位置を特定した。
その座標は、直ちに潜水艦から、空母群へと打電されました。
作戦名は「断頭作戦」。敵の頭脳を物理的に粉砕する、乾坤一擲の一撃です。
沖縄本島上空。米軍の対空砲兵たちは、耳慣れない高周波音に空を見上げました。
「なんだあの音は? グラマンじゃない、コルセアでもない!」
雲の切れ間から現れたのは、彼らの視覚認識速度を遥かに超える物体でした。
時速800キロ超。プロペラの抵抗から解き放たれた「橘花改」の編隊は、地上から撃ち上げられる対空砲火が炸裂する場所を、遥か後方に置き去りにして突き進みました。
「速すぎる! 照準が追いつかん!」
米軍自慢のVT信管も、未来の速度で移動する物体を捉えきれず、空しい花火を空に咲かせるだけでした。
「目標、敵第10軍司令部。全機、突撃!」
隊長機の号令とともに、9機のジェット機は緩降下に移りました。眼下には、アンテナが林立する偽装された施設が見えます。
米第10軍司令官、サイモン・B・バックナー・ジュニア中将は、幕僚たちと地図を囲んでいる最中でした。外の異様な騒ぎに顔を上げた瞬間、彼の人生で聞いたことのない轟音が、頭蓋骨を直接揺さぶりました。
「なんだ、この爆音は、敵の爆撃機がなぜ飛んでいる?」
それが彼の最後の言葉になりました。
9機から投下された大型爆弾は、吸い込まれるように司令部施設へと命中。
ドォォォォォンッ!
巨大な爆炎が沖縄の大地を揺るがしました。
プロペラ機による急降下爆撃のような生易しいものではありません。高速で侵入し、運動エネルギーが乗った重爆弾の直撃は、強固な掩体壕ごと司令部を粉砕しました。
****
爆煙が晴れた後には、直径数十メートルのクレーターと、瓦礫の山だけが残されていました。
バックナー中将を含む、第10軍の主要な幕僚たちは全員、瞬時に排除されました。
ジェット音を残して去っていく銀色の翼を見上げながら、生き残った米兵たちは呆然と立ち尽くしました。
「我々の司令部が……やられた」
圧倒的な物量を誇るアメリカ軍という巨人は、その頭脳を唐突に失い、沖縄の戦場で立ちすくむことになる。
補給線破壊、そして空からの司令部「断頭」、日本軍32軍が地下で耐え忍んだ時間が、ついに「逆転」への巨大な奔流となって動き出しました。指揮系統を失い、混乱の極みにある米軍に対し、首里の地下壕から牛島司令官の全軍反撃命令が下されようとしていた。
****
1945年4月16日。バックナー中将を失い、指揮系統が混迷を極めるアメリカ第10軍の頭上に、さらなる鉄槌が降り降ろされた。
これまで沖縄の空を支配していたのは、星条旗を掲げたコルセアやヘルキャットでした。しかし、その絶対的な静寂を切り裂いたのは、本土から、そして「帰還艦隊」から飛来した、かつてないほど力強いエンジンの咆哮でした。
蒼穹の支配者 烈風の咆哮、零の進撃
雲を割り、逆光の中に現れたのは、これまでの日本機とは明らかに一線を画す機影だった。
艦上戦闘機『烈風改』。そして、伝説の名機に最新の改造を施した『零戦64型改』の編隊です。
「……日本軍の新型機だ! 速い、速すぎる!」
米軍のレーダーピケット艦はすでに撃沈され、アメリカ軍は急襲攻撃に対応できない。
烈風改の2000馬力級エンジンが空気を震わせました。
烈風改は、その圧倒的な上昇力と旋回性能で、米軍のF4Uコルセアを次々と背後から捉えます。これまで「脆い」と言われた日本機の弱点は、重装甲と大出力によって克服されていました。4門の20mm機銃が火を噴くたび、空の王道であったはずの米軍機が、黒煙を上げて沖縄の海へと墜ちていきました。
空の支配権(制空権)は、再び「日本」へと戻ったのです。
****
制空権の確保を確認し、海の上から急速に接近する重厚な編隊が現れました。
艦上攻撃機『流星改』。
爆撃機並みの兵装と戦闘機並みの速度を併せ持つ、この「万能機」が、地上で地獄を味わっていた日本軍守備隊にとっての「空飛ぶ鉄槌」となりました。
「標的、敵砲部隊群。全機、投弾!」
首里の陣地を執拗に叩き続けていた米軍の誇る155mmカノン砲――通称『ロングトム』。その巨大な砲身が並ぶ陣地に、流星改の800キロ爆弾が吸い込まれた。
轟音とともに、鉄の巨砲が飴細工のように捻じ曲がり、爆発の連鎖が大地を揺らす。
****
攻撃はそれだけに留まらない。
流星改の編隊は、機銃掃射を浴びせながら米軍の戦車部隊を急襲した。
「ブロートーチ」戦術で地下壕を焼いていたM4中戦車たちが、空からの20mm機銃とロケット弾の雨に晒される。装甲の薄い天板を貫かれた戦車は、次々と鉄の棺桶と化し、逃げ惑う米歩兵たちをさらなる絶望が襲う。
「後方の集積所が燃えている! 弾薬も、燃料も、すべてだ!」
流星改の数機は、米軍の生命線である物資集積地を正確に爆撃。
アメリカ軍史上最強を誇った第10軍の兵站は、潜水艦隊、そして空から航空攻撃隊によって、完全に断ち切られました。
「……見ろ。俺たちの、俺たちの飛行機だ」
首里の泥濘の中、血まみれで横たわっていた日本兵たちが、一人、また一人と顔を上げました。
頭上を駆け抜ける烈風改の風圧。敵の砲声が止み、代わりに聞こえてくるのは、米軍集積所が爆発する勝利の音。
「間に合った……本当に間に合ってくれたぞ!」
八原大佐は、地下壕の入り口に立ち、夕日に映える流星改の銀翼を見つめていました。
「最強の軍」という仮面を剥がされ、背後の海を火に染められたアメリカ軍。
今、沖縄の戦場は、史上最大の「逆襲」の刻を迎えようとしていました。
****
1945年4月17日
水平線の彼方、慶良間諸島の島影が燃えるような夕日に溶け、東シナ海は深い藍色へと塗り替えられようとしていた。
しかし、その静寂はアメリカ海軍の最精鋭艦の到来によって引き裂かれる。
最終決戦——那覇沖の決闘
慶良間諸島から那覇へ向けて、海を割って進む巨体がありました。
精鋭のアイオワ級戦艦『ミズーリ』『ニュージャージー』『ウィスコンシン』。そして、新型サウスダコタ級戦艦『サウスダコタ』『マサチューセッツ』。アメリカの工業力の粋を集めた16インチ砲の林が、沈みゆく太陽を背に黒い影となって迫る。
上空では護衛空母『サンガモン』『スワニー』『シェナンドー』から発艦した艦載機群が、雲を覆い尽くさんばかりに群舞していた。
対するは、新連合艦隊。
水平線の向こうから、帰還艦隊の『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』の4隻の空母が、そして、戦艦『陸奥』時空を超えて、あの日届かなかった「勝利」を掴むために姿を現した。その前を先導するのは、この世界の超弩級戦艦『大和』。
謎の帰還艦隊司令長官は艦橋の司令部で告げる
「……全機、発艦。空の守りは、一機も通すな」
赤城の甲板から烈風改の編隊が飛び立ち、夕闇を切り裂く大空戦が始まりました。
迎撃戦
米軍の雷撃機アベンジャーが、海面スレスレを這うように大和へと迫る。しかし、その前に立ち塞がったのは、防空駆逐艦『秋月型』の艦隊でした。
「電探連動、照準固定。撃てッ!」
かつての日本軍にはなかった、精緻なレーダー誘導による10センチ連装高角砲が火を噴きました。空中に正確な破片の壁が作られ、米軍機は次々と火だるまになって海面へ激突していきます。
一方で、日本の攻撃隊『流星改』も米艦隊へ肉薄。爆弾と魚雷がミズーリの甲板を、サウスダコタの側面を次々と抉り、米戦艦自慢のレーダーアンテナや射撃管制装置を無惨に破壊していきました。
****
深夜の巨砲、火を噴く
完全に日が落ち、世界が黒一色に塗りつぶされた頃。那覇沖の海面は、数マイルの至近距離で両軍の巨大な戦艦が対峙する、歴史上あり得なかった「決闘場」と化していました。
すでに日本海軍空母群はこの海域から避難している。
アメリカの戦艦群は、これまでの空襲により、自慢の「目」であるレーダー連動機能を大幅に弱体化させていました。闇の中、手探り状態で巨砲を向けるアメリカ艦隊に対し、(帰還艦隊)最新鋭の『陸奥』の射撃能力を共有した大和と陸奥は静かに、しかし確実な殺意を込めて主砲を旋回させます。
「陸奥からの射撃情報受信」
伊藤艦隊司令長官は告げる
「合戦、艦長、砲撃開始!」
砲術長
「方位、ヨシ。距離、ヨシ……。打ち方始め」
大和の46センチ主砲が咆哮した。
ドォォォォォンッ!
一発の斉射が夜の海を白昼のように照らし出します。
続けて『陸奥』の主砲斉射が開始された。
アイオワ級戦艦『ミズーリ』の1番砲塔に、大和の徹甲弾が吸い込まれるように直撃。1トンの鋼鉄の塊が、アメリカのプライドを粉砕した。続いて『ニュージャージー』も火柱を上げ、『ウィスコンシン』は波間にその巨体を沈めた。
アメリカ軍の16インチ砲弾が大和の側面に命中し、鋼鉄の破片が飛ぶ。しかし、不沈の巨艦は揺らがぬ。
大和の第2、第3斉射。さらに続く。
最後の米戦艦『マサチューセッツ』が、激しい爆発を最後に沈黙した。
那覇の沖合を埋め尽くしていたアメリカ海軍史上最強の戦艦群は、すべてが大破、あるいは波の下へと消え去った。
第5艦隊 レイモンド・スプルーアンス提督が指揮し、沖縄攻略戦(アイスバーグ作戦)の海上作戦全体を統括していた。その艦隊は深海から食い破られ、炎上する空母の光が夜の海を真っ赤に染め上げて、そして、最新鋭の戦艦も大和の砲撃によって、撃滅された。
戦場を支配したのは、大和の機関の重厚の音と、燃え盛る残骸の爆ぜる音だけでした。
大和の艦橋から、強力な拡声器と国際通信波が、波間に浮かぶ米軍の生存者と、沖合の残存艦隊に向けで放たれました。
“...This is the Imperial Japanese Navy. We address the remnants of the American fleet. Your command headquarters has been destroyed, and your main fleet has been defeated. To avoid further senseless bloodshed, surrender immediately.”
「……こちら日本海軍。アメリカ残存艦隊に告ぐ。貴軍の司令部は壊滅し、主力艦隊は撃破された。これ以上の無益な流血を避けるため、直ちに降伏せよ。」
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水平線の向こう、慶良間諸島から昇る煙が、静かに夜空を覆っていきました。
日本軍32軍と沖縄県民が地下で耐え、特別攻撃隊がを敵艦を裂き、岩を切り抜き作った防御陣地で敵を迎え撃って、それでも壊滅寸前だった。
だが、時空を越えた空母艦隊と潜水艦隊とそして菊水艦隊の大和がやってくれた。
1945年4月18日 東の空に朝日が昇る。
沖縄は救われた。
「地獄の終焉」へと向かっていた沖縄の戦いは、今、「戦争を終わらせるための煉獄」へ扉を開いた。
那覇の海岸線。
一人の兵士が、波打ち際に流れ着いた米軍の鉄帽を拾い上げ、そっと砂浜に置きました。
沖縄の海は、どこまでも深く、蒼く輝いていた。
八原は手帳に記した、家族への「遺書」を、静かに斜線で消した。
彼らが守り抜いたのは、単なる「領土」ではなかった。この島に生きる人々、連綿と続く文化、尊厳、ありのままの自分を大切に思う心、そして未来へと繋がる希望そのものだった。
「……さあ、始めよう。本当に、もう一度」
何処かの集落で誰かが奏で始めた「暁節」の三線の音が、波の音に混じって聞えてきた。
その音色が、戦い終わった沖縄のすべてを包み込んでいった。




